大会の始まり
そして月日は流れ、2週間後、大会本番だ。
「いつつ……まだ少し痛いな」
あの3人がこの家に来た日のガチバトルによるダメージにより、俺の体には幾多もの痣が至る所にある。骨にひびでも入っているんじゃないかという疑うほどに痛く、正直、今日の大会に行きたくない。
そう思っていると、俺のスマホに連絡が来た。
『あと30分で予選が始まるわよ』
ほむらから来たメールを見て、俺はアイ用の朝昼の飯の仕度をして、家を出る。
「アイ、行ってきます」
「……いって、らっしゃい……」
……行きたくない。
だがそんなわけにもいかず、俺は家の下に置いておいたバイクにまたがる。
「さてと、これに乗るの久しぶりだな」
何の変哲もないバイク。それどころか旧時代の、最新式と比べるとあまりにも貧相なバイクだ。これでは数十キロ以上も離れた大会会場には間に合うはずもない。
俺以外ならな。
「そらよっと」
俺が力をこめると、バイクの車体が持ち上がった。というよりは、宙に浮いた。
ありえないことだ。いくら最新式のバイクだとしても、空を飛ぶ機能なんていまだ実現していない技術だ。
なのに俺のバイクは浮いている。つまりこれは俺の能力の一端というわけだ。
「ヒャッホー!」
掛け声とともに、宙を浮くバイクはハイスピードで駆けだす。
久々の感覚だ。アイが来てからはこれに興味を持たないように乗ることを控えていたが、やはりいい。
風を切り、空を切る。この感覚は何物にも代えることのできない至福の時だ。
翼を持たない人類が、空を翔けているのだ。これほどまでに嬉しいことは、アイとの触れ合いを除いて他にない。
「イーヤッホー!」
久しぶりのバイクでテンションが上がった俺は、いつもよりも早く、無駄な回り道をして目的地へと向かう。
ああ、この時が無限に続けばいいのに。とは思っても、どんなものにも終わりは来る。
わずか15分ほどで大会会場に着いてしまった。
帰りはもっと遊んで……いや、アイのために早く帰ろう。
「おはよう諸君。眠たそうな顔をしているね」
バイクの到着地点には俺の学校の面々が揃っていた。
俺のバイクを羨ましそうに眺め、次々に俺への愛にあふれた言葉を投げかけてくれる。
暖かくも厳しい、罵詈雑言にも似た言葉を。
「おはようロリコン!」
「今日もロリとよろしくやったのか?」
……みんなの言葉が、言の刃として俺の心を切り刻む。
ゆっくりとほむらの方を向くと、慌てた表情で首を横に振る。
大地の方を向くと、わざとらしく口笛を鳴らし、月野先生の方を向くと、すまし顔でそっぽを向いた。
お前らか!
「どんな風にアイのことを言った! 正直に吐け!」
「別に、幼女と2人、屋根の下で楽しくよろしくやっていると」
「よろしくってなんだよ!」
「こうだろ?」
月野先生が親指を人差し指と中指の間に入れて、上下に小刻みに揺らす。
「よーし分かった。教師だろうが女だろうが知ったことか。ぶっ殺してやる」
「ふん、2週間前の決着がまだついていなかったからな。相手になってやる」
「ちょっと先生! アキトも! これから予選が始まるってのに、何する気よ!?」
「殺戮」
「抹殺」
「怖いわ!」
ほむらが俺と月野先生の間に割って入る。それを楽しそうに眺めるクラスメートたち。
しかしまあ、大切な予選の前だ。目の前の敵への憎しみを抑え込む。
「決着は大会が終わってからだ。首を洗って待ってろ」
「舐めるなよガキが。返り討ちにしてくれる」
月野先生とメンチを切りながら会場内へと入っていく。そこでクラスごとに控室へと連れていかれ、大会が始まるまでただひたすら待つ時間が始まる。
俺たちが出る大会は東京大会。各地方で大会は行われるが、東京はまさに激戦区だ。
出場校がそもそも多い。そんな東京大会のルールはこうだ。
まずは予選があり、その予選は合計42戦行われる。各クラスの人数は男女合わせて42人、つまり14チームが存在する。
予選は各高校でのバトルロワイヤルで、クラスから1チームが選出され、1回の戦闘では約600チーム、つまり1800人が一斉に戦う。
そのバトルロワイヤルで3人を倒すごとに1ポイント得られ、それを3日間繰り返す。
そして予選終了後、ポイントの合計数が多いチーム、ベスト256まで選出され、本選に移る。
本選は予選とは違い、1チーム対1チーム、3対3のトーナメント方式だ。
これで勝ち続ければはれて優勝、倒した人数分と優勝ボーナスのポイントが得られるというわけだ。
そして予選開始、記念すべき我がクラスの先陣を切ることになったのが、
「よし行け! チームロリコン!」
「あんた本当この大会終わったら覚えておけよ!」
月野先生の熱烈すぎる激励を受け、俺と大地、ほむらの3人が戦闘場に移る。
「ほー、広大だな」
大地が感想を漏らした。確かに言う通り、かなりの大きさだ。
フィールドの大きさはディズニーランド1個分、東京の敷地をぜいたくに使っている。ように見えるが、実は空間操作系の能力者が竜王機関には存在し、そいつが作り上げた実際は東京ドーム1個分ほどしかないフィールドだ。
それでもこの場の空間は確かにディズニーランド1個分になっているので、大きいことに変わりない。この大きさにするために長い期間、能力を行使し続けたらしい。
ここで1800人が一斉に争う。この戦闘がわずか30分で行われるのだ。
強さだけでは勝ちきれない、冷静な判断力も必要とするまさにサバイバルだ。
「ま、負けても竜王機関のスピード自慢たちが助けてくれるから、安心していこうぜ」
救済案として最低限の安全は保障されているから、怪我はしてもそこまでの怪我はしない。というか、怪我をして人数が減れば、今後のポイントの獲得数がほんの少しとはいえ減るから、少し手加減して戦うのが通例だ。
「んじゃ、作戦の確認をするぞ。まずは大地がこの場所にでかい氷塊を作り出して敵を誘導。近づいてきたところをほむらが周囲を炎で覆って退路を断つ。あとは俺が接近戦で敵のプレートを破壊する。分かったな?」
俺は胸に付いている番号付きのプレートを見せながら確認する。
予選での勝利条件は、敵を戦闘不能にすることではなく、敵の胸に付けられているプレートを破壊することだ。
これを破壊すれば竜王機関のスピード自慢たちによる強制退場が行われる。
『えー、それでは大会が始まりますが、その前に現竜王機関トップ、竜王義景様からご挨拶があります』
アナウンスが聞こえてきた。
普通こういうのってさ、出場者たちが一斉に介した時に行うもんじゃないの?
なんで最初のチームたちが配置されたときに言うんだよ。
と、竜王機関へのつっこみを心の中でしていると、開会の言葉が聞こえてくる。
『えー、今回は1年生最初の東京大会ということで、みな緊張していることと思います。しかし安心を。竜王機関の精鋭たちが募っているので大事には至らないはずです』
そんなことで緊張している奴はいないだろ。
みな、敵がどんな能力を持っているかを思案し、もしかしたら自分の天敵になりうるものかもと考え、緊張しているのだ。
『年長者の話など退屈でしょうからすぐに大会を始めましょう。それでは選手の皆さんに最後に一言』
もう最後の言葉に突入する。
竜王義景が思いっきり息を吸い込んでいるのがよく分かる。
5秒ほど息を吸って、その後、耳鳴りをもたらすほどの大音量で一つの言葉と、試合開始の合図が飛び出る。
『試合開始!』
怒ってるんじゃないかと思うほどの怒号で試合開始の合図を送った。
俺たちはそれを聞いて即座に作戦を初め……
「うおおおおおお! 敵はどこだああああ!」
大地が最初に決めた作戦もお構いなしに走り始めた。
それを追って、ほむらも走り始める。
「大地! 私も一緒に戦うわ! 私を見て!」
「ばかああああああああああああああああ!」
3人の大声がフィールド中に響き渡る。
あとから聞いた話によると、こんな愚行を犯したチームは俺たちのチーム以外にはいなかったらしい。
「くそ、あのバカども! あとでお仕置きだ!」
いきなりチームメイトの元を離れて、負けてもおかしくないぞ。よかった、アイにこんなとこを見せなくてすんで。
地上波での放映は本選からだから、アイにかっこ悪い所は見せなくて済む。
「……ひとますは、様子見だな」
大地とほむらは戦えば1発で分かるはずだ。戦い方が馬鹿だからな。
それに、大規模な攻撃で誘導するという俺の作戦と同じ行動をする奴もいるかも……
『ドオオオオオオオン!』
言った傍から大規模攻撃をしたやつがいる。
と思って音のした方を見てみると、そこには巨大な氷塊と火柱が立っていた。
あいつらのあれは、作戦とかじゃないんだろうなあ。




