アイの可愛い姿が見たい
「ハハハ、あんなにアキトが慌てるなんてね。3年ちょいの付き合いで、初めて見たわ」
プールサイドで笑うほむら。
あのあと、結構大変なことがあった。本当に監視員が駆け付けたのだ。
必死の弁明を繰り返す俺をほむらはニヤニヤしながら見つめ、俺が連れて行かれそうになってようやく自分の勘違いでしたと、男の警備員に色目を使って退散させたのだ。
まったく、とんだ災難だ。
「アキト……わたしの、せい?」
「ちがうよ。あの女のせいだ。アイはなーんも悪くない」
「ちがうわよアイちゃん。ロリコンのアキトが悪いのよ」
この女、どこまでも俺のことをロリコンにしたいのか。
「ロリコンって……なに?」
「そうねえ、小さな女の子のことが好きで好きでたまらない人のことを言うのよ」
「だから俺はロリコンじゃないっての。別に小さな女の子なんて好きじゃないって」
ロリコンであることを認めてしまえば人としてどうかしている。あんな人種、人類の汚点以外の何者でも……。
「アキト……わたしのこと、きらい、なの?」
アイが涙目でこちらを見やる。
しまったな。今の言い方じゃ、幼い女の子であるアイのことを蔑ろにした発言とも取れてしまう。
俺は慌てて弁明する。
「違うぞアイ! 俺はアイのこと大好きだぞ! さっきのは言葉のアヤというかなんというか、誓ってアイのことが嫌いなわけじゃないからな!」
「アキト、小さな女の子に向かって大好きだぞと宣言。これはロリコンと認めたも同然であると私は解釈します」
「解釈すんな! いいか、俺はアイのことが好きだ。だけどそれはさっきも言ったように、親の感情みたいなもので、これっぽっちもやましい気持ちはない」
はずだ。心の中で自信なさげな言葉をつぶやく。
どうしてだろう。アイに関して特別な感情を抱いていないと言うと、何か違和感がある。
心のどこかにとっかかりがあるみたいな、奥歯にものが挟まったみたいな、歯がゆい感じが。
いや、気のせいだ。
俺は邪念を取り払うかのように頭を左右にブンブン振り回す。
「それよりもほむら、お前はこんなとこで遊んでていいのか? 2週間後には大会だろ。対策とか練らないでいいのか?」
「ああ、私それには出ないわよ」
「へあ?」
予想外の言葉につい間抜けな声を出してしまった。
大会に……でない?
「なんでだ? ケガでもしてんのか?」
ポイントを稼ぐための大会に出ないのは、よっぽどのことがない限りありえない。
俺や大地のように特別な事情がある場合は別だが、ほむらにはそんな事情がまるでないはずだ。ケガをしていたとしてもこのご時世、治癒の能力者に直してもらえる。
「私はあんたと大地の出場停止処分が解けるまで大会には出ないわ。ま、私なりのけじめってやつよ」
ああ、そういうことか。
「お前な、あれはどっちにしても俺と大地の停止処分は免れなかったんだぞ。お前が責任を感じる必要は……」
「何言ってるのよ。あれは私がやり過ぎたせいで、あんたと大地は目立たずに処理しようとしていたでしょ? いや、そこまで考えていたのはあんただけか」
「それはそうだが……」
ほむらが言っているのは、俺と大地が出場停止処分になった理由、Bランクの学生を能力を使って傷つけたことだ。
あの時、実は俺と大地のほかにもう一人いた。それがほむらだ。
ほむらは自身の能力、炎の力でBランク学生たちをそれはもう見事なお手前で次々に撃破していった。それでなぜ俺と大地だけが出場停止処分になったかというと、ほむらはその時、激昂しており、力の制御をする気がなかった。
それゆえに、学生たちだけでなく自分の衣服すら燃やしてしまい、裸の女の子ということで、被害者だと勘違いされてしまったのだ。
つまりあの時の事件の真相は俺に大地、そしてほむらが加害者の学生たちをとっちめて被害者の学生を助けたのだが、その事実は歪曲され、ほむらも被害者として扱われたのだ。
無論ほむらは真実を述べたが、俺と大地がほむらの友人で庇っていると判断され、その訴えはまかり通らなかった。
そのことに関してほむらは責任を感じているようだが、俺と大地はそんなこと気にしていない。ほむらがやらなくてもどうせ俺と大地は暴れていただろうし、出場停止処分にはなっていただろう。
むしろ、ほむらだけでも大会に出れることをラッキーだと喜んだものだ。まあ、俺はほどほどでやめるつもりだったけど。
「私は誰に何と言われようともあんたたちの出場停止処分が解けるまで大会に出ない。だから夏休みは思いっきり遊ぶことにしたのよ。ちなみに今日一緒に来たのは中学の時の部活の後輩と大会なんてどうにかなるって思ってる人たちよ」
「ああ、そうですか」
こうなったらほむらの意思を変えることは不可能だ。俺の言葉では変えることは出来ない。大地ならもしかすれば可能かもしれないが、生憎と奴は補習中。夏休みの大半は学校にいるから無理だろうな。
「てことで私はそろそろ友達のとこに行くけど、せっかくだしアキトも一緒に遊ばない?」
「やめとくよ。俺はそういうのはガラじゃないし」
「そう? じゃあアキトはほっといて一緒に行きましょ、アイちゃん」
そう言ってほむらはアイの手を取り、何食わぬ顔でアイを連れて行こうとした。
「ちょっと待てい! アイをどこに連れて行く気だ!?」
「どこって、まずは更衣室に連れて行って着替えかしら。あんたね、こんなに可愛い子に全身水着って、馬鹿じゃないの? 私がもっと可愛いのを選んであげるわ」
……確かにアイに全身水着なんて似合わないさ。もっと似合う、可愛い水着があるのも事実さ。だが、その水着を着れない理由があるのだ。いくら可愛くするためとはいえ、アイに普通の水着を着せるわけにはいかない。
「ほむら、ちょっとまて。それはダメだ」
「ダメって、何が?」
「アイ、ちょっとごめんな」
俺はほんの少し考えて、アイの着ている水着の腕の部分を捲った。口で言うより見せる方が早い。それにアイもこの傷に対してはあまり深く考えていないので、見せても問題ないだろう。
「な……!? 何よこれ!」
アイの腕に付いている明らかに他者に付けられた無数の傷跡を見て、ほむらは驚きの声をあげる。
傷跡をまじまじと見つめ、怒りが募っていくのがよく分かる。
ほむらは正義感の強い女性だ。こんな傷跡を見せられて、黙っていられる奴じゃない。
「誰よこんなことした奴は!? ぶっ殺してやるわ!」
ほむらの両手からメラメラと炎が燃え盛る。
うん、炎はまだ赤い。ガチでキレる一歩手前、といったところか。
……いや、若干変色して見えなくも……。
「ほむら、アイにこんなことしたやつはここにはいない。ま、そう言うわけだからアイに水着を着せようなんてするな」
「…………いやよ」
「いやよって、お前な。言っとくけど体の方にだって傷はいっぱいついているんだぞ」
「それでもよ! こんなに可愛い子が普通の水着を着れないなんて間違ってるわ!」
「お前の言いたいことは分かるし、俺だってアイに普通の水着を着せてやりたいさ。だけどな、十中八九、奇異な目で見られるだろ」
「そんな奴ら、私が消し炭にしてやるわ!」
本当にやりそうで怖い。そこまでやってしまえば、出場停止処分では済まない。最悪の場合、牢獄にぶち込まれてもおかしくはない。
「アイちゃんはどうなの? もっと可愛い水着を着たくない?」
「……わたし……わからない」
アイはほむらにじっと見られ、怯えたようにそう答える。
オシャレとは無縁の生活を送ってきたアイだ。可愛い服を着たいかどうかといわれても、困惑するだけだ。俺個人の願望としてはアイの可愛い水着姿は全財産を払ってでも見たいが…………家の中で来てもらえば!
本物の変態だな。
「ほむら、無理強いはするなよ」
「…………分かった。水着は諦めるわ」
ふー、納得してくれて何より…………水着は?
俺はいやな予感を感じ、それは見事に的中する。
「なら街に繰り出してオシャレショップでアイちゃんをコーディネートよ!」
「お前、水着だろうが普通の服だろうが、肌を露出する服は認めないぞ!」
「何よ、あんたアイちゃんのお父さんか何か?」
「いやそうじゃなくてだな、傷が見える格好なんて俺はやめた方がいいんじゃないかって……」
「じゃあアイちゃんがこの先オシャレしたいって言ったら、我慢させるの?」
「うっ、それは……」
確かにその可能性は無きにしも非ずだ。
今は竜王機関から逃れて日が浅く、俗世に疎いアイだが、世間のことを知って自分も可愛い服やアクセサリーを身に着けたいと思うかもしれない。
というか普通の女の子ならその考えに至ることは必然だ。
「で、でも、それならアイがオシャレしたいって言いだしてからでもいいんじゃ……」
「あんたがそうやってオシャレから遠ざけてたら、興味すらわかないでしょ」
「ごもっともです」
ほむらの剣幕に押され、俺は街に出てアイを着飾ることを了承した。
「でもお前、友達と来てるんだろ? いいのか?」
「大丈夫よ。私が解散って言えばすぐに解散するわ」
まるで暴君だな。自分勝手にもほどがある。
「それじゃあもう帰るって市子たちに言ってくるから、あなたたちは更衣室の前で待ってなさい」
そう言って、ほむらは急ぎ足で友人の元へと向かった。強引な奴だ。
「はあ、しょうがない。アイ、プールで遊ぶのはここまでで、街に行こうか」
「うん」
まあでも、アイの可愛い姿が見られるのならそれで良しとするか。




