俺はロリコンじゃない!
これが俺とアイの出会いだ。
アイとの生活は、初めは困惑の連続だった。長い間竜王機関で研究され続けたアイは俗世に疎く、常識の欠片も持ち合わせていなかった。さらに感情の起伏も見せることがなかったので、どのように接するかすら悩みどころだった。
一つ一つ丁寧に、幼稚園児に教えるように常識を少しずつ学ばせていった。
幸いにしてアイは呑み込みが早く、俺の言うことはどんどん理解してくれて、今では常識のほかに、ある程度の勉強もできるようになった。大地とはえらい違いだ。
初めて会った時とも違い、自分の意見も多少ながら持つようにもなった。そして、初めは俺に対して無感情に接していたが、今では多少ながら女の子らしい反応も見せ、俺に好意的に接してくれているのが分かる。
この調子で行けば、アイも普通の女の子として生きていくことが出来るだろう。
だが、そう簡単にも行かない。アイは竜王機関で研究されていたのだ。それも秘密裏に。今はまだ竜王機関の魔の手は及んでいないが、それも時間の問題だろう。いずれアイの居場所は特定され、ここに押しかけられる可能性が高い。
その時までにやれることはやっておきたいが、相手はあの竜王機関、その影響力は世界中にすら及ぶ巨大組織だ。一般人である俺がどうこうできる問題ではない。
そんな俺のやれることと言えば、竜王機関に所属するレイという人物と接触することだ。
アイの話によれば、レイという人間はアイを竜王機関から逃がしてくれた存在だ。俺の味方になってくれる可能性は十分にある。それにレイの情報についてある程度は容易に収集することが出来た。
レイは3年前、世界で史上3人目の、高2にしてランクSに上り詰めた女性だ。
本名、轟霊、高校3年時に竜王機関に入った天才だ。彼女の能力はテレポート、自身を含めたあらゆる物を瞬間移動させる能力者だ。その能力を使い、アイを竜王機関から逃がしてくれた。もしもレイが味方になってくれれば、こんなに心強いことはない。
だが、問題はレイが無事かどうかということだ。アイを逃がしたことがばれていれば、ただでは済まないだろう。よくて監禁、最悪の場合は処刑すら考えられる。
レイとの接触はあてには出来ない。つまり現状、俺にできることなど皆無ということだ。
ということで、アイと遊ぶ道を選んだわけだ。事情が事情だけにアイを連れまわすことは好ましくないが、アイが楽しくなければ意味がない。
せっかく竜王機関から逃げ出してきたのに、退屈な日々を送るのであれば本末転倒、レイのやったことは全く持って無意味なことになる。
そんなことは決してしない。
俺はアイを、心の底から楽しませる。少なくとも、普通の少女としての感性を持たせてやるぐらいのことはしてやりたい。
ということでプールにやって来ました。
「アキト……ここは、何をするところ?」
全身水着に身を包んだアイが聞いてきた。
アイの来ている水着はダイバーなどが着る、体全体をすっぽりと覆える水着だ。本当ならもっと可愛らしい水着をアイに着せたいが、アイには人様には見せづらい傷跡がある。
腕にはもちろん、おなかや胸、背中の部分にもかなりの傷がある。ここまでする必要があるのかと、俺は傷を見る度に竜王機関への怒りを増すほどだ。
そんな体で普通の水着を着れば、アイが奇異な目で見られることは確実だ。
「お水がいっぱい……研究、するの?」
「違うよ。ここは水の中に入って遊ぶところだ」
アイは水を見る度に竜王機関で研究されていたことを思い出すらしく、お風呂に入れた時にも研究するのかと聞いてきたほどだ。
当初はアイのトラウマになってしまっているのではと思っていたが、アイ自身は水自体にはなんのトラウマもなく、むしろ水は自身の傍には当然あるものであり、無い方が落ち着かないというほどだ。
そんな習慣は早めに無くそうとは思っていたが、生活するうえで水は欠かせないもの、どうあっても生活と切り離すことは出来ない。ならばいっそ、開き直ってしまえということだ。
「ほら、あそこの子供用プールに行こうか」
アイを連れて、数多くあるプールの中で小さいプールにアイを連れて行く。何人かの子供たちが戯れていて、その近くで母親と思しき女性たちが優しく見守っている。
その中にアイは入っていく。
「……冷たい」
アイは呟いた。研究で使っていたのは基本温水であったらしく、プールの冷たい水には慣れていないようだ。
プールに入った後は戸惑いの表情を見せ、何をしていいか分からないといった感じだ。
「アイ、ああいう風に泳ぐんだよ」
俺は近くでバタ足して泳いでいる少年を指さして、アイにそう言った。
アイはそれを見て、顔を水面につけて、思いっきり足をバタバタと動かし始める。
「……見事なまでに動かないな」
アイの体はその場から全く動くことはない。
それもそのはず、アイは足を水中にはもっていかず、水面に足が付いた時点で引き揚げてしまうのだ。水は勢いよく飛沫を上げるが、見た目の迫力だけすごいだけで、その光景は何とも微笑ましい。
うーん、抱きしめたくなるな。
だがここは公共の場、さすがに高校生が10歳の少女を抱きしめるわけにもいかない。
「アキト……何が楽しいの?」
アイがキョトンとした顔で聞いてきた。
そりゃあ、その場で全く動かず、足をバタバタさせているだけじゃつまらないだろう。
「いいかアイ、足を蹴るように、水の中まで持っていくんだ」
そう言うと、アイは言われた通り、今度は足を深くまで下げてバタ足を行う。
おー、まあまあの速さで進むな。動物を殺すなんてしていたから、多少は運動能力は高いのかもしれない。
そう思いながら、アイがぐいぐい進んでいくのを眺める。
10mぐらい進む、とアイは足を底につけて顔を上げた。
「アキト……やっぱり、面白く……」
そう言いかけた時、アイは目の前に俺がいないことに気づいた。右に左と顔を動かして、キョロキョロする。
「アキト……どこ……?」
アイは目にうっすらと涙を浮かべ、なおも顔を左右に振る。
俺は後ろにいるのだから、それでは一生見つからない。
この光景も可愛いが、アイの泣き顔を見るのは心苦しい。
「おーい、アイ。俺はここだよ」
俺が声をかけると、アイは勢いよく振り返って、水をかき分けながら俺の方に歩いてくる。
そして無言で俺に抱き着いてきた。
「いいな……」
少女に抱き着かれてそんな発言をした俺を、凝視する人間が一人いた。
だが俺はその視線には気付かなかった。竜王機関のこともあり、周囲の状況については気を配っているつもりだったのだが、アイが可愛すぎてその注意力も散漫になってしまっていたのだ。
「アキト、あんた何してんの?」
軽蔑の感情が込められた言葉を聞いて、俺はやっとその視線の主に気付いた。
振り向くとそこに、赤く長い髪を一つに束ね、赤いビキニを着ている赤満載の、顔見知りの女の子が立っていた。
「おー、ほむらじゃないか」
その女性の名は青峰ほむら、俺の同級生で大地の幼馴染だ。
「何してんだこんなとこで?」
「私は友達と遊びに来たのよ、というか、何してんだはこっちのセリフよ」
明らかに目が汚物を見るようなものになっている。ヤバイ、これは誤解しているな。
「見ての通り、少女と遊んでいるだけだが?」
タイミングが悪かっただけなんだ。アイに抱き着かれている瞬間を見られてしまったから軽蔑の目を向けられているに過ぎない。ちゃんと説明すれば分かってくれるさ。
「監視員さーん、ここにロリコンがいまーす」
わざとらしく大きな声で監視員を呼ぶほむら。俺はそれを慌てて止める。
「ちょっと待て! 違うぞこれは。俺はただアイと遊んでいただけで、何もいかがわしいことは……」
「それであんなにいやらしい顔してたの?」
しまった、そんな風に見える顔をしていたのか。
確かにものすごくハッピーで幸せだったが、ちょっと浮かれすぎた。
「あれは違うぞ。親が子供に対して浮かべる微笑みと同義というか、決してやましい気持ちはなくてだな、というか俺16歳、この子10歳、冷静に考えたらわかるだろ。やましい気持ちなんて……」
「冷静に考えて、アキトがロリコンってことでしょ?」
「違う! ロリコンと子供好きは違うだろ!? 俺は子供好き! NOロリコン!」
俺は必死に弁明をする。
そうさ、俺はアイに抱き着かれて変な顔をしていたかもしれないが、興奮はしていない。
幼い子供に性的興奮を覚えるような末期患者とは違う……はずだ。
「ていうか本当にその子誰? あんた兄貴と弟しかいないって言ってなかったっけ?」
「…………」
正直に言えるはずもない。やましいことは何もない、だが真実はそれ以上に厄介だ。
竜王機関で研究されていた子供、そう言ったとしても信じてくれないだろうし。
「……親戚の子だよ。わけあって、夏休みの間だけ預かることになってな」
「嘘ね。あんた今、ちょっと考えたでしょ」
くっ、俺よりも成績悪いくせに妙なところで勘が鋭いな。だがどうする、嘘だと悟られた時点でほむらの奴、俺のことを性犯罪者だと思ってしまうんじゃ……。
「とりあえず、いい加減だきつくのやめたら?」
「あ、ああ……」
ほむらにそう言われ、俺はそっとアイに回していた腕を戻す。
何とかしなければ俺がロリコンだという風評被害を受けてしまう。前時代的就職活動を強いられている俺にとって、それはあまりにも痛い。
最悪、一生フリーター生活になってしまう。
「なあほむら、本当にいかがわしいことはないんだ。確かにさっきは嘘をついたけどさ、それはそれで特別な事情があるんだ。決して変な意味はない」
「本当に?」
「本当さ。俺の目を見てくれ。嘘を言っているような男の目か?」
真摯な目でほむらを見つめる。これ以上ない誠実な目のつもりだ。
きっとほむらだってわかってくれるさ。なんたって俺たちは友達……。
「監視員さーん、ここにロリコンがいまーす」
「ほむらさあああああああああん!」




