俺は、誰にも負けない!
俺はバイクに乗り、部屋の窓から外へ出ようとする。
「よしアイ、しっかり捕まってろよ」
「うん……!」
今はロープがないから、俺とアイをつなぎ止めておくものがない。
華奢なアイの腕では、あまりスピードを出し過ぎるとどこか遠くへ飛ばされてしまう可能性がある。しかもヘルメットもない状態、もしも落ちたら怪我じゃすまないな。
まあ落ちたら落ちたでヘルメット程度じゃどうにもならんが。
「周りに敵は……いないな。とりあえず目指す本命は、アメリカだ。そこならうかつなことはしてこないだろうからな」
俺は力を込め、バイクを宙に浮かす。俺のバイクとは違うので重さが若干の違和感を覚えさせるが、とりあえす問題なく動かせる。スピードは時速50キロぐらいで様子を見て、アイがきつそうならスピードを落とそう。
バイクで宙を駆け抜け、俺はアメリカを目指す。
辺りに敵の様子はなく、騒然とする民衆だけが見える。
さきほどのアイの動画データを見て、少なからず動揺を見せているようだ。
無理もない。国のトップが女の子1人を、世界平和の大義名分があるとはいえ痛めつけていたのだ。信用は地の底、完全になくなったとみていいだろう。
ていうか広まるの速いな。轟霊の拡散度合、恐るべしだ。
「アイ、大丈夫か? きつくないか?」
「う、ん……だい……じょうぶ……」
大丈夫じゃないな。
俺はスピードを若干緩め、安全運転に移行する。
敵の姿がない今、そこまで無理をする必要はない。
無論、遅いより早い方が良い事は確かだが、それでアイが飛ばされてしまっては意味がない。俺の行動目的はあくまでも、アイを守ることなんだから。
「ちょっち、疲れるな……」
子供でも無理なく走らせるのは、中々に骨の折れる作業だ。
今までは結構本気で走り続けていたが、力を制御しながら動かすことがこんなに大変だったとはな。人相手の手加減は得意なのだが、なぜか物に関してはついつい本気を出してしまう。
「ん? おお、海が見えてきた」
曇り空のせいか、灰色のどんよりとした海が目の前に広がる。
俺がいるのは街の様子からして関東地方、この海の上を翔けて行けば、アメリカ大陸に着ける確率はかなり高い。
あとは敵にさえ見つからなければ……。
そんな俺の淡い期待を砕くように、周辺に戦闘機が徘徊している。
「マジかよ。戦闘機って、もしかしなくても俺を殺すためのものか」
人ひとりに対してずいぶんと大掛かりなことをするものだ。
これだけでいくらの予算が使われているか。そんな金があるのなら恵まれない子供に寄付をしろっての……まあ、それ以上の価値をアイに見出しているってことなのだろうけど。
「アイ、ちょっとスピード上げるぞ。しっかり捕まっていろ!」
俺がそう言うと、アイは結構な力で俺をぎゅっと力を込めて抱き着いてくる。
おおおおおおおお! 力が沸いてくるぜ!
俺がなりふり構わずバイクを走らせると、戦闘機から大きな音で俺に語り掛けてきた。
「佐藤アキト、止まれ! 今なら命ぐらいは許してやる! と、竜王義景様はおっしゃっているぞ!」
「止まるかよ!」
竜王機関の最終勧告を無視し、俺はアメリカを目指して全速力で駆け抜ける。
それを見た兵士たちは、俺の説得を諦め、攻撃に移るようだ。
さて、どんな攻撃をしてくるか。アイを殺すような攻撃をしない。俺だけを殺す攻撃。そんな都合の良いものがあるか? ないだろう。
敵は俺を攻撃してくることなど……。
「ってライフル!?」
兵士の一人が手にライフルを持って、戦闘機のドアを開けてこちらに構えている。
バカな、そんなもの、狙いが安定するわけが……。
俺のそんな考えを吹き飛ばすように、兵士の一人は強風に晒されながらも、微動だにせずに俺を狙い撃とうとする。
おそらく何かしらの能力を使い、体を固定しているとみて間違いない。
「くそっ、あんなの反則だろ!」
俺は的にならないように、上下左右、縦横無尽にバイクを動かしながら逃げる。
このスピードで動き回れば、いかに歴戦の兵士といえども狙い撃ちするの無理のはず。
「アキ……ト……! 手が……」
アイがつらそうな声をあげる。
見てみると、アイの手が徐々に離れ、今ではもう指だけで俺を掴んでいる状態だ。
極限状態で気付かなかった。
こんな曲芸飛行、子供のアイに耐えられるはずがない。
俺は慌ててバイクのスピードを落とし、平常運転に移行する。
「こうなったら、俺の能力で全部受け切ってやる!」
バイクから片手を離し、敵からの攻撃に備える。
片方はバイクを運転、片方は俺を殺す攻撃に備える、超絶鬼難易度だ。
だがやるしかない。それしか生き残る方法がないのだから。
「くっ、うまくバランスが……!」
片手でバイクを動かすなど初めてのこと、まっすぐ運転することすら難しい。
「でも、後ろにも集中しなきゃ……うおっと!」
バランスを崩してバイクが横に傾きかけた。それを調整しようと集中をバイクに戻そうとすると、その瞬間を狙ってライフルの銃弾が俺に襲いかかる。
「くっ……!」
迫りくるライフルの弾を、俺は横に受け流す。
敵の攻撃する箇所は大体予想できている。
俺の背中にはアイが張り付いている。心臓当たりの急所は狙えない位置取りだ。
だとすれば、敵が狙えるのは俺の腕、頭、そのどちらかだ。
片腕は内側に引っ込めて死角にすれば狙われるのは左腕と頭だけで済む。それならばなんとか対処できる範囲だ。
来る場所が分かっていれば、能力を壁にしてライフルを受け流すぐらいのことは出来る。
「けど、さすがに多すぎだ……!」
俺を狙う戦闘機が増えた。その数は実に10機、そのすべてにスナイパーがいる。
前方後方左右あらゆるところに配置されている。これを避けるのは無理……いや、やってやる。全部を受け切ってやる。
「オラオラオラオラ!」
迫りくる銃弾の嵐、片手だけでは足りない。所々でバイクの操縦をやめ、両手での迎撃、そしてバイクの運転、攻撃に合わせて攻守を切り替える。
目まぐるしく切り替わる戦況、そのすべてをたった一人で受け切る。並大抵の作業ではない。時間が経つにつれ精神が摩耗し、多量の汗を噴き出す。
「これじゃ……ジリ貧だ……」
やられるのも時間の問題、このままでは俺が撃ち抜かれる未来がそう遠くないうちに実現する。逃げているばかりではだめだ。何か攻撃をしなければ、この状況は打破できない。
だけど、攻撃しようにも手段がない。
俺の能力の範囲内に敵を入れようとすれば、敵は俺を狙いやすくなる。この状況ですら、アイに銃弾をかすらせることもなく、俺へのヘッドショットを可能にする腕前だ。
近づきすぎれば能力を使っても撃ち抜かれる可能性がある。
ならば俺もスナイパーのように能力で何かを撃ちだすか?
無理だ。弾がない。
「ああクソ! 轟さんに瞬間移動させられなきゃ、財布に入ってた小銭でも使えたのに!」
助けてくれた恩を仇で返す様なことを言いながら、この場の打開策を必死に考える。
何か使えるものは……バイク! はバランスが崩れるから使えない。
爪でも剥いで……ダメ、痛い!
靴でも飛ばして……いや、柔いから無理だな。
というか何で靴はいているんだろ? 瞬間移動では触っていたものの触っていた物は移動できないはず……ん?
この感触……靴下に穴が開いているな。
「ってそんなことどうでもいい!」
ピンチな状況だっていうのに、何を悠長なことを考えているんだ俺は。
ほら、今だって敵はライフルで俺を狙って…………
その時、俺にある考えが浮かんだ。
「いやいや、自殺行為すぎる。失敗したら即死だ」
いま思い浮かんだアイデアは、一歩間違えば一瞬で死亡だ。やるにはリスクが高すぎる。
……だが、それ以外に方法は思いつかない。
そうだ、どうせこのままじゃ俺はいずれ撃ち抜かれる。だったら、最後の最後まで泥臭くあがいてやろうじゃねえか!
「こいよオラァ!」
俺はバイクのスピードを露骨に遅くする。これで敵は俺を狙いやすくなったはずだ。
無論、罠だと思われる可能性が十分にある。だが、どうせ敵には俺を狙撃するという選択肢以外に何もない。どんな行動をしようが関係ないのだ。
「アイ、祈っててくれ。俺の勝利を」
「……うん。アキト……がん、ばって……」
勇気がわいてくる。アイの俺にかけてくれた一言で、なんだってやれそうな気がする。
不思議だ。圧倒的な絶望が目の前に迫っているというのに、死ぬ恐怖が微塵も感じられない。死ぬなんて微塵も思わない。
俺は、誰にも負けない!
ライフルの銃口が俺に向けられる。
神経を研ぎ澄まし、この場のすべてを意識下に置く。
敵が狙うのはヘッドショット、それは今までのやり方から容易に推測できる。
場所さえわかれば、あとはタイミングと力。
大丈夫、俺ならばできる。
何度も心にそう言い聞かせ、全神経を能力に集中する。
集中力を極限まで高めた時、ライフルの銃声が鳴り響く。
『『バン!』』
示し合わせたかのように、幾多もの銃弾が俺を一斉に襲い来る。
認識することすらままならない音速の弾丸、だがなぜか、俺にはスローモーションに感じた。目で追うことすら不可能な銃弾が、俺の能力の射程圏内に入った時、時が止まったかのような感覚になる。
力を込め、イメージする。俺の能力は見えざる手、銃弾すらもつかみ取る無敵の壁。
今の俺の領域で俺を傷つけるなど、誰もいやしない。
分厚い鉄板ぶち抜くライフルであろうとも、俺を傷つけることなどできない!
ゆっくりと目を開けると、俺は自分が賭けに勝ったことを確信する。
10発の弾丸が、俺の目の前で止まっている。
弾は手に入った。あとはこれを、撃ち抜くだけだ!
「貫け!」
掛け声とともに、敵から奪い取った銃弾を能力により射出する。
そのスピードはライフルから撃ちだされた銃弾とも遜色ない、音速の一発。
その一つ一つは的確に戦闘機を捉え、機体に穴をあける。
「うあああああああああああ!」
戦闘機に乗っていた敵が叫び声をあげる。先端を下に向けて落ちゆく戦闘機だが、死にはしまい。下は海、ケガをしても生き残ることは確定だろう。
しかし、俺たちを追いかける手立てはないはずだ。
逃げ切った。さらなる追手が来る気配もない。
俺は……勝ったんだ!




