出会い
俺たちの出会いは、およそ常識とはかけ離れている物であった。
「あと1ヶ月で夏休みか。何しようかなあ」
自分がテストで大失敗していることなど、この時はまだ知らない。他の学生と違ってランク上げが絶望的なので、どう遊ぶかを楽しみにしながら街を徘徊していた。夏のために、どんな店があるかを確かめながら散策する。その過程でだれもいない路地裏にまで足を運んでいた。
「……さすがに、こんな場所には何もないか」
もしかしたらという精神でこんなところにまで足を運んだが、アミューズメントな店はおろか、誰もいない。あるのは不法投棄されたゴミ山だけだ。
穴場とかあったら面白いのになあ、と思いながら、この場所には何もないのだと確信して、商店街の方にでも足を運ぼうとした。
その時、
『ドサッ!』
何かが落ちる音がした。音のした方を振り向いてみると、そこにはゴミ山しかなかった。
普段ならゴミ山なんてたとえ気になるものがあったとしても素通りするところだが、今回はなぜか素通りできなかった。
何かを感じた。
ここで素通りすると、何かを失ってしまうかのような、そんな感じだ。
うん、勘だね。
「何があるのかなあ」
期待半分、そんな気持ちでゴミを漁る。
「ん? なにか暖かいな」
ゴミ山に突っ込んだ手に、暖かくて柔らかい何かを感じた。ふにふにと柔らかくて、気持ちのいい感触だ。
「ひゃっ!」
「……へ?」
今のは間違いなく人の声だ。それも割と幼い系の女の子の声。俺は両腕を突っ込んで、急いでその何かを引き抜いた。
それは、
「女の子?」
真っ白な肌が特徴的な、結構、いやかなりの可愛さを誇る美少女だ。
「……あなた……だれ?」
少女が息も絶え絶えな声で聞いてきた。
「えっと、アキト、です」
「アキ……ト? ここ……どこ?」
「どこって言われても……どこだろうな」
来た道は分かるが、ここがどういうところかは自分にもわからない。知らない店を訪ねてきたのだからそれも致し方ない。
「君の名前は?」
「わたし? わたしは……アイ」
「そうか」
この子、もしかしたらテレポートの能力者かな。
突然の事態でも俺の頭は比較的冷静だった。この少女が今この場でいきなり現れたのはさっきの音から判断して間違いない。とすれば瞬間移動してきた、そう考えるのが自然だ。
幼い子が能力を使って遊んでいたら、こんなところに飛んできてしまった。そんなところだろう。
「家はどこかな?」
「いえ……おうち? おうちは……りゅうおう」
「なるほど、りゅうおう…………竜王!?」
竜王ってもしかして竜王機関か? いやそんな馬鹿な。竜王機関のトップ、竜王義景には確かに子供がいたが、それは確か息子で、今年で20歳のはずだ。だからこんな幼い少女のはずがない。
「……アキト?」
アイが無表情で俺を見つめる。その目を見ると、一切の感情が感じられない。感受性豊かな子供からは想像できない冷たさを感じた。
「どう……したの?」
「ああいや、別に……」
竜王機関の関係者だとしたら、下手に扱ったら俺の首が刎ねられることは確実だ。ここは無視をするのが得策…………名前を言ってしまっているのだから、俺のことを特定することなど造作もないか。
今ここですべきことは、この子の機嫌を損ねないように丁重に扱うことだ。
「アイ……さん。いまからお家に帰ろうか」
「……だめ。レイに、帰っちゃダメって……いわれた」
「レイ? 家族か?」
アイは首を横に振る。
「レイは、私を、研究……」
「研究?」
「たくさん……痛いの。殺したの……」
少女の口にはとても似合わない殺したという発言、それを聞き逃すことが出来なかった。竜王機関に研究、そしてアイの殺したという言葉、本来なら一般人が踏み込んでいい世界ではないということはすでに推測できる。
なにかヤバイことがこの子にはある。そう思っている。だがそれでも、聞き流すことなどできなかった。
「君の能力はなんだい?」
考えたくないことだが、竜王機関はこの子を研究していると考えるのが自然だ。とすれば、さっきはテレポートという推測は外れで、ほかにもっととんでもない能力がこの子にはあるのだ。研究する価値のある能力が。
「能力って……なに?」
「あーっと、いつも何してた?」
「いつも? いつもは、叩かれたり……動物を……殺してた」
「……どうやって殺してた?」
「……お水」
「水?」
水とは、何とも拍子抜けな能力だ。そんな能力などざらにある。俺の周りにも水を扱える人間は存在しており、確かに強くはある。だが水という能力の関係上、氷を扱う大地には決して勝てない能力だ。凍らせてしまえば水など操っても意味はないからな。
なのに水を操る能力を研究とは……。
「ちょっとやってみてもらえるか?」
「……今は、むり。水もないし……血も出せない」
「血? もしかして、水に自分の血液を加えると操作できるのか?」
「……うん」
確かに少々特殊な能力ではある。普通の水使いの能力者は自身で水を生成、操作する。そう考えればアイの能力は完全な下位互換、研究する価値もないと思うが……。
「ん? ちょっとまて、手を見せてみろ」
俺は不意にあることに気づき、アイの腕を取る。
手の甲まで伸びている服の裾をめくると、その腕には無数の傷跡と注射の痕が残っている。
「……やっぱりか」
研究する意味は分からないが、どう研究するかは分かった。血を流させて水を操らせる。それが竜王機関がこの子でやってきたことだ。もしかしたらこの服の下はもっと酷いのかもしれない。
「アキト……痛いよ……」
俺はそう言われ、自分がアイの手を握りしめていることに気づいた。すぐに手を離し、申し訳ないと思うと同時に、悲しくなった。
アイは痛いと言った時……無表情だった。
「痛いの……いやか?」
この質問の答えは至極当然なものであるはずだ。誰に聞いたとしてもほとんどの人間が嫌だと答える。特殊な趣味でもない限り誰しも痛いのはいやなことだ。
そう、そのはずだ。
「……わからない」
「……そうか」
やるせない。そんな気持ちが俺の心を支配する。
「アイ、家に帰れないなら、俺んちに来るか?」
「アキトの……おうち?」
「ああ、どうする?」
「……わたし……わからない」
「じゃあ、俺の家に来い。命令だ。それでいいな」
「…………うん」
アイはほんの数瞬の思考の後、俺の命令に頷いた。幼い少女に命令など心が痛むが、しょうがない。自分で物事を判断できないのであれば、こう言う他ない。
「じゃ、行こうか」
俺は右手をアイに差し出した。
「……?」
差し出した右手に対し、アイは疑問符を浮かべる。
「手を繋ぐんだよ。ほら」
俺はアイの手を無理矢理握った。アイの手はほんのりと暖かく、傷のせいで違和感のある障り心地だった。




