蘇る記憶と感情
「来たわね全国大会! アキト、同じ地区の人間は決勝まで当たらないから今のうちに言っておくことがあるわ。決勝で会いましょう」
「死亡フラグだ」
わざと言っているのではないかと思うほどにテンプレだ。
「ていうかお前、ここは俺の控室なんだが?」
「いいじゃない。1人だと緊張するのよ」
緊張癖、まだ抜けてなかったか。最初の大会に比べたら全然マシだが、それでもまだ肩の力が抜けていないらしい。
「ま、俺の戦いでも見て気を紛らせ」
俺は初戦の試合、富山県の代表選手との戦いだ。
全く情報がない。他県の人間だからしょうがないが地区で2番以内に入った学生の情報が全くないとなると、さすがに不安だ。もしも見村のように俺の天敵だったらどうしよう。また骨を折るぐらいのことをしなくちゃ勝てないぞ。
「アキト、ファイトよ! この私が応援してあげるから!」
「あんがとよ。おっと、もう時間か。そんじゃ、がんばってくるよ」
控室を出て、会場に向かう。全国大会の試合会場は地区とは違い、1辺が30メートルの四角いリングだ。といっても場外はなし。ルールは地区大会と一緒だ。
俺の能力との相性は、はっきり言って微妙だ。
何のギミックもない分、遠距離攻撃が強みになることは言うまでもない。
俺の能力は近接がメイン、相手が遠距離なら俺にとって分が悪い。
まあ、結局は運だ。運で俺が勝てるかどうかが決まる。
「さて、全国大会の会場に今、1歩を踏み出す」
己の気持ちを高ぶらせるために下手くそなナレーションを入れ、会場入りする。
中では、すでに対戦相手が待ち構えていた。
『さあ、今年も始まりました全国大会! 日本中の猛者どもが集まる祭典! 観客ども、盛り上がる準備は出来ているかアアアアアァァァァァ!』
『オオォォォォォ!』
アナウンスの煽りを受け、この場にいる人間すべてが立ち上がって歓声を上げる。
会場全体が震えあがる、そんな感じだ。
この盛り上がり、全国大会ならば、俺の頭の中のモヤモヤも解消されるかもしれない。
最初の大会が終わってから俺を支配し続ける、謎のモヤモヤを。それも対戦相手次第か。
俺の対戦相手は、名を志村拳人、能力の詳細は分からないが、空手の道着に身を包んだ厳かな男、見た目は強そうだ。
寝巻用のジャージで試合に臨んでいる俺とは雲泥の差だ。
『なんと両者、2大会連覇した強者だ! これは激戦が期待できるぞ!』
ほー、大会を2連覇したのか。なら強いことは確実だな。しかも能力は割と汎用的な物だろう。どうか、俺のこのモヤモヤを取り払ってくれることを期待だな。
「佐藤アキト、お主のことは知っているぞ」
志村が俺を指さして何か言ってきた。
「激戦区といわれる東京で2大会連覇した強者、能力の詳細は竜王機関の情報操作によって知れ渡らないようになっているが、実績だけでお主の力は十分に予想できる」
古いな。これが志村を見た俺の正直な感想だ。
言葉遣いも見た目も、今の時代には似つかわしくない。
あれだ、剛力と同じ類の人間だ。
「今宵はこの対戦を楽しみにしていた。間違いなく心躍る戦いとなるだろう」
「期待に沿えるように善処するよ」
『両者、構えを取った! さあ、この対戦の勝者となるのは、一体どちらになるのか!?』
アナウンスに反し、会場はしんとする。今から始まるこの戦いを、一時すらも見逃さないために。
「レディ…………ファイッ!」
試合が始まった。
志村は……動く気配はない。その場で構えを取りながら、こちらの出方をうかがっている。この時点で、遠距離の能力は除外していいだろう。
まあ、道着を着てる時点で近距離専門なのは目に見えているが。
「来い。お主の力、全力を持って受けよう」
「そんじゃお言葉に甘えて」
俺は両手を構え、志村に向かって徐々に歩き始める。
どんな能力を持っているかはわからないが、接近戦なら俺の独壇場だ。見村のような能力ではない限りは。あんなこと、そうそう起こることではない。
「ふ、この時点ですでに心の臓の鼓動が鳴りやまぬわ。お主は一体どのような戦いを見せてくれるのか」
戦闘狂だな。戦うことだけに喜びを感じる、俺みたいなタイプとは一生相いれないだろう人間だ。俺は平和が一番だもの。
俺と志村の距離がかなり詰まった。ここで一気に跳び、志村との距離を一瞬で詰める。
能力の射程内だ。いくらこいつの手が早くても、ここから俺の能力を掻い潜ることは不可能、俺の勝利は確実だ。
「くらえ!」
これで終わり、何とも呆気ない結末……。
「はっ!」
志村は動きに何の精細も欠くことなく、綺麗な型で正拳突きを繰り出した。
「げっ!?」
能力を使って体を引っ張り、正拳突きをギリギリのところでかわす。
見村戦以降、体を操作することもある程度練習しておいたことが功を奏した。
「ほう、あの距離で我が正拳を躱すか」
志村はニヤリと笑いを浮かべ、喜びを隠そうともしない。
というか、俺の攻撃で気絶するはずだったんだけど!?
目には見えない不可視の攻撃、回避も防御も迎撃も不可能のはずだった。それなのにまるで意に返さずに迎撃してきた。こいつ、いったいどんな能力を使ったんだ?
まさか見村同様にテレキネシス…………いや、それなら何かしらの違和感を感じたはずだ。なのに、俺は何の違和感も感じることはなかった。
「私の能力について、考えているようだな」
俺の思考を呼んでいるかのように、志村は言った。
「無駄だ。お主の能力は私に触れることで発動する類の物、違うか?」
正確には、能力自体で触れることだから違うが、それでも似たようなものだ。
「その能力では、お主と私は能力で戦うことはない。完全な五分五分だ」
そう言いきり、志村は俺との距離を詰め、今度は回し蹴りをしてきた。
「くっ……!」
今度は能力を使うことなくそれを回避し、攻撃に移行する。
が、回し蹴りの直後だというのに志村は即座に体勢を立て直し、隙のない構えを取った。
俺は攻撃を躊躇し、動きが一瞬硬直した。それを見逃す志村ではなかった。
「デヤッ!」
無駄が一切ない動きで、俺の腹部に正拳突きをする。
これは、逃げられない。
「決まりだ!」
志村の拳が俺の腹部に埋まる。
その瞬間、俺は気付いた。
「ぐふ……!」
その場に跪き、首を垂れる。胃の中の物が逆流するかのように気持ち悪い。呼吸すら困難だ。だが、そんな苦しみ以上に、俺は大切なことに気づいた。
「分かった……分かったよ」
「ほう、私の能力に気付いたか。そう、私の能力は…………」
自身の武士道によるものか、志村は跪く俺を追撃しようとしない。それどころか自分の能力について説明まで始めた。
だがもう、どうでもいい。志村が何を言おうが、俺がこの勝負に負けようが。
しかし、俺に気付かせてくれた礼だ。志村に、全身全霊を持って戦ってやろう。
「オラアアアアアアアアッ!」
俺は石で出来たリングに向かって思いっきり拳をぶつけた。
「な、何のつもりだ? まさか、自棄になったわけでもなかろう」
俺の行動の理由が分からない志村は、目を点にして驚いた。
俺はそれを無視し、能力を使って石のリングの一部をえぐり取る。
そしてそれを、能力を使って宙に浮かせる。
「なんぞ策を思いついたのやもしれぬが、私には効かんということは身をもって知っただろう。愚かな真似はよせ。小細工に頼るなど男のすることではない」
自分ルールを俺に押し付けるな。小細工結構、俺は勝てるなら何でもやってやるさ。
「俺は負けねえよ」
立ち上がり、志村との距離を空ける。警戒の姿勢を見せる志村との距離は約20メートル、俺の能力は完全に射程範囲外だ。だが、攻撃手段は俺の手にある。
「くらいな」
手中に収めたリングの一部をさらに細かく切り分ける。その数、30はくだらない。
そしてそれを、全力で志村めがけて発射する。
「無駄だ! 私の能力があれば…………ガッ!」
志村の頭に、高速で撃ちだされた石が直撃する。わけが分からないといった表情を志村は見せ、その後の攻撃もことごとく直撃する。
「ぐっ……がっ……なぜ……?」
「それは俺の力の範囲外だ。お前の力でも無効化できないよ」
そう、志村の能力は能力の無効化。触れた能力を一瞬で消し去るというもの。
それで俺の攻撃は通じなかった。だが、いま撃ちだした石は違う。
これは、ピストルと同じだ、能力をピストルと考えた場合、そこに込められる銃弾は正確にはピストルじゃない。つまり、能力とは関係ないということだ。
おそらく能力による攻撃を受けた経験がないんだろう。志村は何の対処法も打てない。
俺の勝利は火を見るより明らかだ。しかし……。
「ゴフッ! くっ……さっきのダメージか」
俺は口から血を噴き出し、攻撃の手を止めた。石による地味な攻撃が止んだ瞬間、志村は恐る恐る俺の様子をうかがう。そして俺が血を吐く姿を見た時、自分の勝利を確信した。
「私の正拳をモロに喰らったのだから、それも仕方あるまい。しかし、次はお主には勝てぬだろうな。私の能力を打ち破ったお主には」
「ふっ、次は負けねえよ…………参った」
勝負はついた。先程のダメージにより戦闘不能……を、うまく演出できた。
本当は能力を使って体内の血を口から噴射させただけだ。だけってのは語弊があるな。これかなりきつい。体内の血を無理矢理出すわけだから、体への負担が半端ではない。
しかし、これが今のベストだ。
俺に気付かせてくれた志村への礼と、竜王機関を欺くためのベストな方法だ。
ありがとう、志村拳人。お前の能力無効化の能力のおかげで、俺の記憶は戻った。
これで、愛する人を助けに行くことが出来る。
俺は会場の外に出ようと、その場を離れようとした。
だが試合会場から出た直後、ほむらが俺のことを待ち構えていた。
「アキト、どうして負けたの?」
それは、怒っているともとれる顔つきだ。おそらく俺がわざと負けたことに、感づいているのだろう。
「……あいつが強かったから負けた。それだけだ」
「嘘ついたわね」
「……ついてない。俺が弱かったから、あいつに負けた」
「また嘘ついた! なにあんた、大地も出たがってた大会にわざと負けるって、何様のつもりよ!? あの志村ってやつや、大会に出てる全員を侮辱してるようなもんよ!」
侮辱、か。確かにその通りだ。俺の行いは真面目にこの大会に取り組んでいるすべての学生をバカにしているような行為だ。ほむらにとって、許せるものではない。
だが俺は、この大会に出ている学生どころではない。この日本という国を敵に回すようなことをするのだ。いまさら大会に情熱を持てと言われても無理な話だ。
すでに俺の情熱は、別のところに向いているのだから。
「今から行くとこがあるんだ。そこをどけ」
「イヤ。1発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まないわ」
「ならさっさとすませろ。俺も暇じゃないんだ」
有無を言わずに頬を差し出す俺の態度がほむらには気に入らなかったのか、拳を振り上げることもせず、剣幕で俺に詰め寄る。
「大会以上に大事なことって何よ? 私たちの将来がかかっているのよ、分かってる? みんなここで優秀な成績を収めて、華やかな将来を夢見ているのよ」
「分かってるさ。俺以外の全員が、竜王機関やそれに類する企業への入社を求めている」
「……俺以外って、どういうことよ?」
「俺は竜王機関が大っ嫌いだ。ぶっ潰してやりたいほどにな」
「どうしたのよ。あんた、そんなこと一言も言わなかったじゃない」
「さっき思い出したんでな。いい加減そこをどけ。殴らないんなら、俺はお前に用はないし、お前も俺に用はないだろ」
「っ!」
俺の態度に、ほむらは怒りの中に悲しみの感情を宿しているのが見て取れた。
悪いな。悲しませるつもりは、無かったんだがな。
「そうだほむら、最後に一つだけアドバイスしてやるよ」
「……なによ、いまさら。この大会なんて、あんたにとってどうでもいいんでしょ?」
「大会がどうでもいいからって、お前がどうでもいいわけじゃないさ。志村と戦う時、絶対に体に触れられないようにしろ。もし触れられそうになったら、速攻でリタイヤしろ」
「冗談じゃないわ。何があろうと、私はリタイヤなんてしないわ」
「そうか」
できればほむらには、いや、すべての人間には、思い出してほしくなかった。どういう経緯かは知らないが、竜王機関は俺の周りのすべての人間の記憶を書き換えている。
思い出さない方が良い。そのほうが、きっと幸せだ。
「俺はもう行く。お前はお前で頑張れ」
その場にほむらを残し、俺は歩み始める。それをほむらは、黙って見送りはしなかった。
「待ってアキト、最後に一つだけ、言わせて」
「…………」
ほむらに背を向けながら、俺はその場に立ち止まる。
おそらくこれがほむらとの、友人との最後の対話だ。最後なんだ。それがたとえどれだけ俺を罵倒する言葉でも、聞き逃してはならない。
「無茶……しないでね」
「っ!」
俺は覚悟していた。ほむらからの軽蔑の言葉を。それだけのことを俺はしたつもりだ。本来ならほむらに、心の底から嫌われてもおかしくないはずだ。
なのにほむらは、俺がしようとしていることを直感的に感じ、案じてくれた。
無茶……しないで、か。
俺は振り返って、ほむらの目を見てこう言った
「……ああ、無茶はしないさ。安心しろ」
そして、俺は会場を出て行った。バイクに乗り、目的地へと向かうために。
その様子を眺めながら、ほむらは呟く。
「ばーか、嘘ついてるってバレバレなのよ。あんだけ申し訳なさそうにして」
かすかに笑みを浮かべながら、ほむらは見送った。
*
「さて、どうやってアイを救い出そうか」
バイクで空中を翔けながら、俺は考えていた。
真っ向からぶつかって勝てる相手ではない。そんなことをすれば5分ともたずに俺は捕らえられ、またしても記憶を書き換えられるのがオチだ。
そして竜王機関のネットワークを用い、志村のような能力者と二度と出会うこともなくなるだろう。そうなればアイとも会えなくなる。
今の状況は偶然が呼び起こした、たった一度の最後のチャンスなんだ。
気持ちだけでどうにかなるとは思ってはいけない。力の限りを尽くし、知恵の限りを尽くす必要があるのだ。ほむらには悪いが、無茶をするのは前提なのだ。
「アイの所在は、やっぱ地下が妥当だよな」
竜王機関は何十階とある巨大ビルだが、いくらなんでも大量殺戮兵器と思っているアイを日の当たる場所に置いているとは考えにくい。普通ならば地下で厳重に管理しているはずだ。それは間違いない。
となれば、どう潜入するかだ。玄関から入って地下に行く、なんてのは論外だ。
いくら竜王機関が俺の記憶が書き換えられていると思い込んでいるとしても、俺という存在を警戒しているはずだ。本部を徘徊していれば、それだけで捕まってもおかしくないほどに。
となれば、方法は2つしかない。
1つは爆弾でも何でも使って騒ぎを起こし、潜入をしやすくするか、だ。何の罪もない一般人を巻き込むことになるから、出来れば使いたくない手だ。
それに成功率もそこまで高くはない。爆弾による騒ぎなど能力者がはびこるこの世界では当然警戒してしかるべきもの。対処法も心得ているはず。騒ぎは一瞬の物で、俺が竜王機関に忍び込み、アイを助け出す時間を稼ぐことは出来ないだろう。
となれば必然的にもう一つの方法、地下からの潜入がベストか。
俺の能力を用いれば穴を掘り進めるなんて簡単なことだ。比較的容易に竜王機関の地下までの穴を作ることは出来る。そして作った穴から忍び込み、アイを助け出す。
最も現実的な手だ。
問題は、地下のセキュリティがどうなっているか、という点だ。
もし俺が踏み込んですぐに警報が鳴る仕組みであったりしたら、その時点で詰む。アイを助け出して俺が掘った穴で地下から逃れる時間は、おそらくない。
しかしこれら以外に何の手も浮かばない。地下からの潜入を、実行するしかない。
願わくば、地下からの潜入に関するセキュリティがザルであることを祈るばかりだ。
そんな確率、ほとんど0パーセントであろうが。
「もしも轟霊が手伝ってくれたのなら、潜入と脱出なんて容易だったんだが」
ない物ねだりしても仕方がない。あの人も俺同様に記憶を書き換えられており、アイの記憶を有していない。竜王機関に潜り込むために力を貸してくださいと言っても、当然聞き入れてくれるはずもない。
結局は俺が、俺一人の力でどうにかしなきゃいけないことなんだ。
そうだ、好きな女を助け出せないで、何が男か。
勇気を出せ。たとえ俺の潜入がバレて多数の竜王機関の人間に囲まれたとしても、倒せばいい話だ。向かってくる敵を倒し、倒し、倒し続ければ、俺はアイを救出できる。
国を守るために高校の時から優秀だった、何百っていう敵を、たかが一高校生である俺が倒せるとも思えない。1人だって危ない。
だけど、やるしかない。たとえそれが、どれだけ無理で無茶で無謀だとしても、俺はアイの為、1人の愛する女のために、この命を投げ出す覚悟はある。
「待ってろアイ。今すぐ俺が、助けてやる!」
時は進み、俺は今、地下をバイクで駆け抜けていた。
竜王機関本部から約5キロ離れたところから能力で穴を掘り進めて行き、大して時間をかけることもなく目的地まで着実に近づいて行く。
「そろそろついてもいいころ……っと、ここだな」
掘り進めた穴の奥には、行く手を遮る鋼鉄以上の硬度を持った板があった。
まあ、ここは竜王機関の地下、隔てる壁があっても不思議ではない。
「さてと、ここのセキュリティはどんなもんかね」
目の前の壁は、いとも簡単に消えうせて行く。竜王機関が誇る、大砲すら傷つかない無敵の防御力を誇ると言われている壁も、俺の能力から見れば無意味だ。それが物質である以上、俺の行く手はさえぎれない。
壁を取り外すと、そこは暗く、広大な空間だった。
恐る恐る足を踏み入れてみると、警報が鳴る気配はない。それどころか俺に気付いた様子すらもない。どうやら、あの壁を過信してそこまでのセキュリティは講じていないのだ。
俺にとっては好都合だ。あとは人の目につかないように、ゆっくりと散策するだけ……。
「あ……いた……」
探す意味すらないほどに、分かりやすい位置にアイはいた。
立方体のガラスの中で、1人膝を抱えてポツンと座っているアイを見て、嬉しさがこみ上げてくると同時に悲しみも俺の心に渦を巻く。
俺はもっとしっかりしていれば、アイをこんな目に合わせないですんだんだ。
俺が大会なんかに出ないでアイと一緒にい続けていたら。
アイを匿うと決めた時、竜王機関から逃れるためにどこか遠くの地へと逃げれば。
もしもの話を考えていればきりがない。俺が正しく行動していれば、アイは今ここにはいないで、俺と一緒に楽しく笑い合っていたんだと、意味のない後悔であると分かっていたとしてもせずにはいられない。俺は、間違えまくったんだ。
だけど、もう失敗しない。俺はもう、アイを悲しませることなんてしない。
音を立てないようにバイクを浮かせて移動して、俺はアイの入っているガラスの前に立つ。アイは俺に気付いている様子はない。下を向いて、顔を上にあげようとしない。。
その様子が非常にやるせなく、俺にえもしれない罪悪感を抱かせる。
すぐに助けてやる。そう思い、ガラスに手を当てて、それを霧散させる。
音もなくガラスは崩れ去り、粒子となって消えていく。
これでもう、アイを隔てる壁はなくなった。
俺とアイの行く末を阻むものがいたとしても、俺は諦めない。
たとえ竜王機関という途方もなく巨大な組織だとしても、俺はこの命に代えてもアイを守り抜き、アイを笑顔でいさせてあげるんだ。
だから俺は手を伸ばす。
アイと、ここから逃げ出すために。
「アイ、迎えに来たぞ」




