記憶を忘れた俺 孤独のアイ
大会が終わった次の日、俺は家でなにもせずにただボーっとしていた。
「大会がないと、やることねえな」
俺は大会で優勝して、病院で怪我を直してもらった後、ずっと家にいる。
大会で有名になった影響か、帰り道で見知らぬ人に話しかけられた。正直ウザったい。
「それにしても、朝からなんか、頭が痛ぇな」
目覚めてからずっと、頭痛が治まらない。頭痛薬も一応飲んだのだが、一向に効果が現れない。
「今日は1日、ずっと寝てようかな」
やることもなく、調子が悪いのだ。寝る以外にやることなどない。
俺はベッドに入り、目を閉じた。
目を閉じると、昨日のことが鮮明に思い出される。見村との試合はまさしく激戦だった。
骨すらも代償にして勝ち取った、正直かなりうれしい。
そういえばそのあと、轟霊さんにあったんだよな。変わった人だけど、優しかったな。
そんでもらった紹介状を持って行ったら、霧崎さんはため息をついて治療してくれたっけ。ちょっと悪い気がしたな。
でもまあ、有意義な1日だった。
気持ちのいいまま就寝につこうとすると、ドアをドンドンと、ノックにしては激しすぎる勢いで叩く音が聞こえた。
「アキト、いるでしょ! クラスで打ち上げやるのよ! 昨日あんた帰っちゃったし、私も大地も疲れてたから、今日打ち上げやんのよ!」
「うるせえな! 俺は寝たいんだよ!」
「何言ってんの。主役が打ち上げに参加しないなんてありえないでしょ。ほら、準備する」
ほむらが無理やり俺の部屋に入ってきて、無理やり着替えさせられた。
お前は俺の母さんかっての。
「じゃ、行くわよ」
「うぅ~、頭いてぇ~」
そんな俺の言葉を無視し、ほむらは俺の手を持って歩かせた。
「さ、バイクに乗せて」
「歩け。能力使う気分じゃないんだよ」
「もう、それが楽しみだったのに。まあいいわ。歩いてもここから10分だし」
住宅街を抜けた先に、打ち上げ会場があるらしい。そんなものに興味はないが、ドアをあんなに強くたたかれるのは迷惑だ。頭痛がさらにひどくなる。
「あ、見てよアキト、小学生よ。体育の時間かしら」
「何でそんなにテンション高く言うんだよ」
「だってあなた、ロリコンでしょ?」
「ちげえよ! 何だその情報? どこのバカが流しやがった」
「あんたって子供好きだと思ったのに……あれ、どうしてそう思ったのかしら?」
「ボケてんのかよ。勝手に人をロリコンにすんな」
ったく、どうして俺が小学生を好きになるんだよ。見ても何とも思わな……。
校庭で体育をしている小学生を見てみると、頭にもやっとしたものを感じた。
「……アキト? 小学生をじーっと見て、どうしたの? まさか目覚めた?」
「い、いや……なんかちょっと……うっ!」
頭痛の激しさが増してきた。小学生を見たからだろうか?
いや、何で小学生を見たら頭が痛くなるんだよ。うるさかっただけさ。
自己完結して、俺はそそくさと打ち上げの場所に向かった。
ほむらは、いまだにどうして俺をロリコンだと勘違いしたのかを不思議そうにしている。
「ほら着いたぞ。間違っても俺のこと、ロリコンとか言うなよ」
「ホント、どうしてロリコンだと思ったのかしら?」
全く失礼な勘違いだ。名誉棄損で訴えてもいいぐらいだ。
その日、打ち上げで朝から次の日の朝までどんちゃん騒ぎだった。
頭痛が激しさを増したのは言うまでもない。
*
それから時は流れ、次の大会が開催された。
今度の大会は個人戦、ブロックごとに分かれて大会を行う。基本このブロック分けはランダムなのだが、前回大会の優勝特典により、俺と大地、ほむらの3人は別ブロックで大会を行うことになっている。
「さあ気合入れていくわよ。私たちでトリプル優勝、いっちゃうわよ!」
「おお!」
大地とほむらは気合満々の様子で大会に望んでいるが、俺はどうもやる気が起きない。
あの日の頭痛、もうすでに治まっているのだが、どうも頭に霧がかかっているような不思議な感覚がある。それが気になり、俺は日常生活においても不快感が募るばかりだ。
「アキト、大会で思いっきり暴れればスッキリするわよ」
「そんな脳筋キャラじゃねえよ」
しかし、激しい動きが頭をスッキリさせるかも、という意見は割かし賛成だ。気は進まないが、思いっきり暴れてみようかね。
そんな軽い気持ちで大会に臨んだのだが、結果は何と優勝してしまった。
幸いにも見村のような相性の悪い相手と当たる機会がなかったとはいえ、拍子抜けするほどあっさりと優勝してしまった。
『佐藤選手、2大会連続制覇! これで全国大会の出場資格が得られました!』
しまった、そうだった。年末には各地域から優秀な成績を収めた学生2名を集めた全国大会があったのだ。
2大会連続で優勝した俺は間違いなく全国大会にエントリーされてしまう。
大地とほむらはこの大会で優勝を逃したみたいだし、まず間違いない。
めんどくさいから全国大会になんか興味はなかったんだが、さぼるわけにもいかないな。
「やったなアキト、全国大会だぜ! おめでとう!」
自分が負けたというのに、素直に俺の優勝を褒めてくれる大地。その称賛は、素直にうれしい。だが、何か物足りない感じがしてしまう。
友人の称賛を物足りないと感じてしまうなんて、俺は最低だな。
「ま、全国大会、がんばってくるよ」
「おいおい、まだ俺が選ばれる可能性も無きにしも非ずだぜ」
「そうだな」
などというやり取りをしながら、俺たちはまたしても打ち上げで24時間ぶっ続けてどんちゃん騒ぎを繰り返しました。
ちなみに、全国大会の選抜にはほむらが選ばれました。
*
「佐藤君は順調じゃないか」
ここは竜王機関本部最上階、竜王義景の部屋だ。
手にワイングラスを持ちながら、優雅な微笑みを浮かべて大会の様子を鑑賞していた。
「では、アイの様子でも見に行くか」
竜王義景はエレベーターに乗り、地下へと向かった。
地下は暗く広大だった。500平米はゆうに超えているほどの空間だ。
その広大な敷地の中にポツンと存在する、強化ガラスで出来た檻の中に、アイはいた。
「調子はどうだ?」
「はっ。現在、被検体の脈拍、血圧、心拍が著しく低下。これより感情を昂らせる作業に入るところです」
「そうか。本当に佐藤君には感謝だ。アイの感情を取り戻しただけでなく、感情を自由に操るための道具まで用意してくれたのだからね」
アイの目の前に、とある衣服が持ってこられた。それは、アイにとって大事な人が買ってくれた、大事な物。
それを見た瞬間、アイの感情は大幅な起伏を見せる。
「やめて……! もう……破か、ないで……!」
アイの叫びもむなしく、衣服はビリビリに引き裂かれた。
「あ……ああ……アキトが、買ってくれた、のに……」
深い悲しみに打ちひしがれるアイ。それを見て、この地下にいる人間のほとんどが笑みを浮かべる。実験が順調に進めるからだ。
「脈拍、心拍、血圧、上昇を確認」
「アイ、能力を発動しなさい」
竜王義景が直々に命令した。
それにアイは従い、近くにおいてあるナイフで自分の手のひらを傷つける。
ポタポタと流れる血を、桶に入った少量の水に混ぜ合わせる。
血と混ざり合った水が、宙に浮く。そしてそれは、激しい動きを見せて辺り一面に飛び散る。圧縮された水は、銃弾の貫通力以上の兵器と化した。
アンチマテリアルライフルですらヒビ一つ付かない特別製の強化ガラスに、傷をつけて。
「いつみてもゾッとする威力だね。平常時と今のこの力の差はどんな感じだ?」
「順調に埋まっています。このペースで行けば、1年以内に最大限の力を常時発動させることが可能になると予測します」
これがアイで行っている訓練だ。
能力とは、感情の昂ぶりによって力が増大する。怒った時のほむらのように、常時使っている能力の何倍もの力を発揮する。火事場の馬鹿力、というやつだ。
竜王機関はアイの感情をわざと昂らせ、強力な能力を常時発動させている。そうすることによってアイがこの力に慣れ、怒った時と同等の力を常時発動させよう、という狙いだ。
この訓練は、最初はアイを痛めつけていた。激しい痛みによってアイの感情を操作していたのだ。しかしアイは痛みに次第に慣れていき、感情があまり変化しなくなった。
そして次に試みたのが、動物を殺させることだ。アイに猫や犬などの小動物を与え、仲良くさせる。その後、その動物たちに特別な薬を注入し、アイを襲わせ、殺さざるをえない状況を作りだす。
初めは順調だったのだが、これが失敗だった。アイはこれで完全に心を閉ざしてしまったのだ。どのようなことをしても一切の反応を見せず、感情が動くことがなくなった。
アメリカを打ち倒すときに感情を殺そうとしたのだが、焦り過ぎた。もっと慎重に事を進めるべきだった。
しかし、佐藤アキトがそれを解消した。普通の生活がアイに再び感情を取り戻させ、それどころかアイが悲しむための道具まで作り出すことになった。
かくしてアイは、竜王機関の掲げる世界平和の犠牲となったのだ。




