44.迷惑な話
初平4年(193年)12月 司隷 河南尹 洛陽
「朕は帝位を、その方に譲りたいと思う。新しい国を作ってはくれんか?」
陛下に呼ばれて参内してみれば、禅譲の申し出をされてしまった。
薄々予想していたとはいえ、権力に興味のない俺にとって、それは迷惑な話でしかない。
「……恐れながら陛下。臣は早めに引退して、田舎でのんびり過ごすのが夢なのです。できればそのようなお話は、遠慮させていただきたいのですが……」
すると劉協が、泣きそうな顔で訴える。
「しかし孫堅。鳳凰がそなたを、嘉したのだぞ。その方は軍事だけでなく、政治でも実績を残しておる。そのような者が瑞兆を受けたと知れば、誰もが皇帝になってほしいと思うのではないか? それに引きかえ朕は、なんの力も持たない子供だ。このまま朕に皇帝を続けろと言うのは、酷な話だと思わぬか?」
「……」
その切実な問いに対し、適切な言葉を思いつかなかった。
別に劉協が無能だとは思わないし、これから力をつけていけばいい。
なにしろ彼は、まだ若いのだから。
しかし何かにつけて彼はこの先、俺と比較されて生きていくことになるだろう。
そしてその人生は、決して平坦ではない。
おそらく豪族は言うことを聞かないだろうし、異民族の襲撃や天災、飢饉など、さまざまな問題がのしかかる。
その時に、”孫堅だったらなんとかしてくれたんじゃないか”とか、”あの時、禅譲しておけばよかったのに”なんて言われるのは、想像にかたくない。
いくら聡明だとはいえ、この時代のただの人間である劉協にとって、それは辛いものであろう。
そんな状況ではいずれ、歴代の皇帝のように政治に興味を失い、遊興に逃げたりするかもしれない。
それは本人にとっても、中華の民にとっても、不幸に違いない。
そう思うと、下手なことを言えなくなっていた。
はたして俺は、どうすればいいのだろうか?
「少し考えさせてくれませんか? 配下の者たちと、相談したいと思います」
「……そうだな。この場では決断もできんであろう。しかし今日言ったことは、正真正銘、朕の本音だ。見捨てないでもらいたい」
「はっ、失礼します」
結局、俺は結論を先送りにして、宮中を辞した。
実際問題、独りで考えるより誰かに相談した方が、良い考えも浮かぶだろう。
そう思って俺は、帰路を急いだ。
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自宅へ帰りつくとすぐ、周瑜に賈詡、程普、黄蓋、黄忠を呼び出した。
「お呼びと聞きましたが、何かありましたかな?」
「ああ。今日、陛下から参内の指示があってな、先ほど行ってきた」
「ほう、それで?」
程普がおもしろそうな顔で、続きをうながす。
「昨日の鳳凰が俺を祝福したと認め、禅譲したいと言われた」
「おおっ、それはめでたい!」
「ほほう、さすがは孫堅さま」
「なんと、禅譲とは……」
三者三様に騒ぐ武将たちを横目に、周瑜が冷静に訊ねる。
「それで孫堅さまは、どうお答えになったのですか?」
「少し考えさせてくれと言って、帰ってきた。正直な話、俺にとっては迷惑だからな」
「フフフ、孫堅さまらしいですね。しかしこのお話、断れると思っておいでですか?」
「……いや、難しいだろう。下手に断れば、また国が荒れる」
「でしょうね。当面は孫堅さまが支えたとしても、その先は危うい」
さすがに俺も、それぐらいは分かる。
しかし禅譲なんか避けたいのも、また事実なのだ。
するとそれまで黙っていた賈詡が、おもむろに口を開いた。
「そうなると、答えは決まっているようなものですが、受けるのですか? このお話」
「……分からない。受けざるを得ん気はするが、俺が皇帝になるっていう未来が、想像できない」
「ふむ、やはりそうですか。それならば、我々と一緒に考えてみてはいかがでしょう。孫堅さまが皇帝となって、この中華をどうしていくか、どうしたいのかを」
そう言う賈詡の表情は、温和で真摯なものだった。
すると他の者も、彼の言う意味を察し、口々に賛同する。
「フハハ、そうですぞ、孫堅さま。決してお独りにはさせませぬ。我らが全力で支えましょう」
「うむ、たしかに国を興すとなれば、天下の一大事。不肖、この黄蓋も微力を尽くしますぞ」
「然り。この黄忠も命つきるまで、たとえ地獄まででもお供しましょう」
「わ、私も同じです。ぜひ新たな国造りを、手伝わせてください」
「お前たち……」
まるで当たり前のように協力を申し出る彼らを見て、ちょっとウルッときた。
そうだ、俺は決して独りなんかじゃない。
共に戦場を駆け抜け、そして一緒に地盤を作り上げてきた、仲間がいるじゃないか。
そう思ったら、それまで感じていた恐怖や不安が、一気に軽くなった。
もちろんまだ不安はあるが、それはおいおい考えていけばいい。
大事なのは、俺には信頼できる仲間が、大勢いるってことなのだ。
「分かった。お前たちの気持ち、とても嬉しく思う。俺も覚悟を決めるから、それを支えて欲しい」
「「「御意」」」
こうして話の方向性が定まると、賈詡が切りこんできた。
「して、孫堅さま。新たな国は、いかようなものになりましょうか?」
「そうだな……基本的に漢王朝の制度を継承するつもりだが、首都は遷したいな」
「ほほう……それはいずこの土地でしょうか?」
「それはもちろん、俺の故郷である江東だ」
「「「江東!」」」
その言葉に程普たちは驚いたが、さすがに賈詡と周瑜は動じなかった。
周瑜はニヤリと笑いながら、俺の意図を推測する。
「なるほど、江東ですか。それはただ故郷であるというだけでなく、別の意図がおありですね?」
「ああ、基本的に華南の地は、華北に比べて人も少なく、開発の余地が大きい。だから江東に腰をすえて開発に取り組んだ方が、この中華は安定すると思うんだ」
「ふむ、しかし洛陽はどうするのですか?」
今度は賈詡が問う。
「洛陽は副都にして、華北の統治に活用すればいい。どの道、すぐには変えられないからな」
「なるほど……実に壮大な計画ですな。華南であれば水路を整備して、物流を増やすのに都合がよい。さすれば今以上に商業が盛んとなるでしょうし、灌漑で田畑も作れます」
「ああ、そうだ。しかし豪族の反発や、異民族との衝突など、障害も大きいだろう。それを打開するには、皆で力を合わせねばならん。それでもついてきてくれるか?」
そう言うと、全員が嬉しそうにうなずいた。
「もちろんですぞ。我らが孫堅さまの矛となって、障害を切り開きましょう」
「おう、実に胸が踊るわい」
「フハハッ、まことにな。この年になって、このような気持ちになるとは」
「フフフ、お任せください。この周喩、全身全霊をもって取り組みましょう」
「私もです。ぜひ孫堅さまの覇業を、お手伝いさせてください」
皆が顔を輝かせながら、助力を申し出てくれる。
それを聞いて、俺の不安もさらに軽くなった。
「よし、せっかくだから、もうちょっと新たな国のことを考えるか。みんなも知恵を貸してくれ」
「「「はい」」」
こうしてその日は遅くまで、新たな国の夢を語りあった。




