38.野良犬の最期
初平4年(193年)4月下旬 兗州 陳留郡 酸棗
呂布との一騎打ちに勝利すると、敵の騎兵隊は士気を喪失し、我先にと敗走していった。
それを尻目に呂布の身柄を確保すると、馬の背にくくりつけて本陣へ戻った。
すると心配していた配下たちが、わらわらと寄ってくる。
「ご無事ですか? 孫堅さま」
「ああ、俺は大事ない。戦況はどうだ?」
「はい、呂布の敗北により、敵は守りに入ったようです。おそらく時間を稼いでいるうちに、戦力を増強するつもりでしょう」
「フン、そうはさせるか。まずはこいつを片づけてから、引導を渡してやる。おい、こいつをふんじばれ」
身近な兵士に命じると、呂布を馬から降ろして縄で縛りはじめる。
俺はその間に汚れを落とすと、改めて呂布の前に陣取った。
「起こせ」
「はっ」
「うぐっ……はっ、孫堅! 俺は、俺は負けたのか……貴様、俺をどうするつもりだ?」
目を覚まして状況を理解すると、呂布は俺をにらみつけて凄んだ。
俺もヤツをじっと見据え、試すように声を掛ける。
「どうするかは、お前しだいだな」
「そ、そうか……ちょっと縛り方がきつすぎて、痛いんだ。ゆるめてもらえないか? この期に及んで、逃げはしないから」
「フン、虎を縛るのに、きつすぎるということはないだろうよ」
「そ、そこをなんとか。腕が痛くてたまらないんだ。頼むよ」
ヤツは同情を引くように、哀れっぽい声を出した。
しかしそんなもので騙されはしない。
「丁原や董卓も、痛かっただろうな。せっかく目を掛けていた部下に、背かれたんだ」
「ぐぬ…………そ、それはほら、あれだ。あいつらが弱かったからだ。しかし貴殿は違う。俺を倒すほどの豪傑なんだからな。降参だ。このとおり降参する。だから命だけは助けてくれ」
「ハッ、とても信用できないな。またぞろ寝首をかかれても困る。ここはスッパリと首を落として、晒しものにするのがいいと思うんだが、どうだ?」
すると呂布は、血相を変えて命乞いをする。
「ま、待て! 俺は役に立つぞ。俺が騎兵を率いれば、中原で敵うものはない。この中華を手に入れることだって、不可能ではないだろう」
「ほほう、やけに自信があるんだな?」
「当然だ! 俺はこの日のために鍛えてきた。そうだ、俺は孫堅どのに仕えるため、今まで生きてきたのだな。これからは心を入れ替えて――」
「いや、ダメだ」
俺は呂布の言い訳を遮ると同時に、ヤツの首筋を掻っ切った。
すると勢いよく血が吹き出し、呂布は愕然と目をみはる。
「が、ガハッ……な、なぜ?」
「董卓という盟友を、殺されかけたんだ。それにお前は危険過ぎて、信用できない」
「ば、かな。こんな、ところで、おれ、が……」
そんな言葉を残して、ヤツは息絶えた。
呂布 奉先、享年38歳。
三国志きっての豪傑と言われた男の、あっけない最期だった。
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初平4年(193年)5月中旬 兗州 陳留郡 酸棗
ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
呂布という大きな柱を失った反乱軍は、その後も精彩を欠いたまま、戦闘を続けていた。
しかし呂布の首を掲げて攻勢を掛けると、敵はやがて敗走し、酸棗の城に立てこもった。
高い城壁に守られ、数万という兵力がこもった城を落とすのは、容易ではない。
そこで俺は、また別の新兵器を投入してやった。
「放て!」
掛け声と共に機械が動き、重さ百キロはありそうな石が、うなりを上げて飛んでいく。
それは400メートルも宙を飛び、派手な土ぼこりを上げて地面に落ちた。
「近すぎるな。照準を修正しつつ、次弾装填」
「「「はっ!」」」
荊州からやってきた部隊が運用しているのは、新たに開発した投石機だ。
それもこの時代に使われていたようなチャチなものではなく、もっと未来で生まれるはずの、平衡錘投石機である。
これは西洋ではトレビュシェットと呼ばれる兵器で、人力の代わりに巨大な錘の位置エネルギーを利用している。
おかげで人力では絶対に無理な巨大石を、遠くへ飛ばせるようになった。
しかしこれは本来、西洋でも12世紀ごろに開発されるもので、中国では13世紀まで現れない。
中国での初登場は、モンゴル帝国が南宋を滅ぼすきっかけになった、襄陽・樊城の戦い(1273年)である。
なかなか進まない襄陽の攻略にいらだったフビライ・ハーンが、ペルシアから技術者を呼び寄せ、この投石機を作らせたという。
そのため”襄陽砲”とか、”回回砲”と呼ばれるものだ。(回回とは西アジアの意味)
つまりこの平衡錘投石機は、史実より千年も早く開発された、オーバーテクノロジー兵器になる。
しかし原理さえ分かっていれば、作るのは不可能でもない。
幸い、前世で小説を書く時に勉強していたので、その知識が役立った。
まさか本当に使う事になるだなんて、思いもしなかったけどな。
そして俺は長沙にいる頃から、知識を職人に伝えつつ、これの開発を指示していた。
その開発を主に指揮してくれたのは、腹心の張紘だ。
最近の彼は南陽で兵の募集や兵站の整備、そして兵器の開発と大活躍だ。
さすがは洛陽で学んだ英才だけあって、マネジメント能力に優れている。
そんな彼と職人の努力によって、この投石機もようやく実用化にこぎつけたのだ。
今回、酸棗の攻略が明確になった時点で、バラバラに分解した投石機を取り寄せていた。
そして1週間ほどで組み上がったのが、ついさっきのことである。
やがて何回目かの投射で、とうとう城の構造物に命中し、その一部が破壊される。
「おお、とうとう命中しましたな」
「ああ、見事なものだ。よくやってくれたな、張紘」
すると張紘はゆっくりと首を横に振り、謙遜する。
「いえ、私は孫堅さまの指示を、ただこなしただけ。私よりもむしろ、職人たちの手柄でしょう」
「ととと、とんでもねえ。張紘さまには、いろいろと無理を聞いていただきましただ」
「そうでさあ。それにこんな珍しい物を作れて、俺たちの方こそ感謝してるんですよ」
一緒についてきている職人たちも、同様に謙遜しているが、俺はそんな彼らを絶賛した。
「いや、予想以上の見事な出来だ。本当にみんな、よくやってくくれたな。後ほど褒美を出すから、遠慮なく受け取ってくれ」
「「へへ~っ」」
そんな話をしているうちに、巨石がどんどん城壁に当たるようになってきた。
さすがに1発で崩れることはないが、徐々にひびが入っていく。
そしてそれ以上に、城内の人間への衝撃が大きいはずだ。
巨石は壁だけでなく、木造の檣楼などに当たり、盛大に音と破片を撒き散らしていた。
おそらく城内では、かなりのパニックが起こっていることだろう。
ちなみにこの時代の城壁は、版築と呼ばれる土の壁だ。
これは枠に入れた土を丹念に突き固めたもので、なかなか馬鹿にできない強度を持っている。
乱伐によって早くも森林資源の枯渇に悩んでいた中国では、実にポピュラーな工法である。
そんな強固な城壁も、半日ほど巨石を叩きこんでやれば、どこかは崩れる。
パニックを起こしている城兵を押しのけ、突入するのもさほど難しくなかった。
「攻め落とせ~!」
「「「おお~~~っ!!」」」
さんざんお預けをくらっていた兵士たちが、城になだれ込んでいく。
やがて内側から門まで開けはなたれ、趨勢は決した。
それを見た賈詡が、驚嘆の声をあげる。
「なんと、このような城攻め、初めて見ました」
「ま、そうだろうな。あんな投石機、他にはないはずだ」
「他にないどころか、革命的な兵器ですよね。孫堅さまはどのようにして、あのような兵器を考えたのですか?」
「ん~、まあ、いろいろとな。別に俺だけで考えたわけでもないし」
興奮した賈詡の質問を適当にはぐらかしていると、周瑜と張紘が苦笑していた。
「孫堅さまには本当に驚かされますね。それだけにやりがいはありますが」
「フハハ、そうですな。頼もしい反面、求められるものも並みではありませんが」
「ああ、やはり苦労されているのですね」
そんな風に軍師たちが語らう横で、酸棗の城は陥落していった。




