18.歴史の転換点 (地図あり)
初平元年(190年)1月中旬 荊州 長沙郡 臨湘
董卓に味方することを宣言し、王叡の討伐に向かおうとしていたら、おかしな使者がやってきた。
「この度、光禄大夫 温毅さまから、荊州刺史 王叡の討伐指示がくだった。貴殿はすみやかに漢寿へおもむき、任務を果たすように」
「ふむ、書状を拝見しても?」
「うむ、これである」
やけに居丈高な使者から書状を受けとり、中身を確認すると、たしかにそのようなことが書いてあった。
しかしこれが偽文書であることを、俺は知っている。
これは王叡の動きに危機感を覚えた武陵太守の曹寅が、俺に王叡を殺させるべく、偽造したものなのだ。
普段から俺を侮ってはばからない王叡が、俺と不仲なのを見越しての策略である。
史実の孫堅はこれ幸いと計略に乗ってみせ、王叡を自害に追いこんだ。
たぶん、偽文書なのも分かってたんじゃないかな。
しかし今の俺は董卓側で動くと決めているので、そもそもこんなものは必要ない。
俺はかたわらにいる劉先に文書を渡しながら、指示を出した。
「偽文書だな。証拠として取っておけ。このアホどもは捕らえて、牢にぶち込んでおけばいい」
「はぁ?……り、了解しました。おい、奴らを捕らえろ」
「な! 貴様、そのようなことが、許されると思っているのか?」
「それはこっちのセリフだ」
「ぶがっ!」
使者を殴り倒してやると、その護衛も含めてすぐに捕縛された。
俺を利用しようとした曹寅には、後で責任を取らせればいい。
「よし、漢寿へ向かうぞ」
「「「はっ」」」
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初平元年(190年)1月下旬 荊州 武陵郡 漢寿
3千ほどの兵を率いて、漢寿の郊外へ到達すると、史実にならって一計を案じた。
「いいか、黄蓋。俺たちは今から、正体を隠して城に迫る。そして兵士の暴動を装って恩賞を要求し、城内へ入るんだ。その指揮を頼めるか? こういうのは、地元の人間がいいからな」
「フヒヒッ、それはまた悪辣な策ですな。そのお役目、見事はたしてみせましょう」
「ああ、頼んだぞ」
黄蓋は荊州の出身だし、肝が太いので、この役割にはピッタリだろう。
俺たちは200人ほどの精鋭を選び出し、旗などを隠して地元の兵士を装うと、城門の前に群がった。
そして黄蓋が前に出て、大声で訴えはじめる。
「私たちは今まで、戦いに明け暮れてきたというのに、その報酬は少なく、衣食にまで困る有様です。このままでは春までもたないので、いま少しの恩賞をいただけるよう、お願いに参りました」
すると城内の人間が、ガヤガヤと騒いでいるのがよく分かる。
しばらく待っていると、1人の男が城壁上から顔を出して、黄蓋に問いかけた。
「儂は荊州刺史 王叡である。貴様たちはどこの隊の者だ?」
「はい、???の者です」
「そうか……別に儂は、恩賞を出し惜しみしたことはない。何か誤解があるようなので、話し合おうではないか。城内へ入れ」
「よ、よろしいのですか?」
「構わん、入れよ」
ちょっと城内の人間が抵抗していたが、さほど待たずに俺たちは城内へと招き入れられる。
やがてこちらへ近づいてくる王叡と目が合うと、彼が仰天して大きな声を上げた。
「き、貴様、孫堅ではないか! ここで一体、何をしておる?!」
「フッ、朝廷に刃向かう逆賊を、捕らえにきたのよ。あいつを捕まえろ!」
「「「おうっ!」」」
あっという間に敵方の兵士を制圧し、王叡の身柄も確保した。
するとヤツは、見苦しくわめく。
「な、何をする。放さんかっ! 儂は荊州刺史 王叡だぞ。無礼であろうが!」
「アホか。今のお前は、ただの逆賊だ」
「孫堅、きさまぁっ! 董卓こそが、漢朝に巣食う逆賊ではないかっ!」
「ハハハ、そう思いたいなら、そうしてろって……聞け、皆の者! 王叡は朝廷への反逆罪で捕らえた! 今から荊州の指揮は、この長沙太守 孫堅がとる! 異存のある者は前に出ろ!」
すると俺たちを遠巻きに見ていた連中が、ザワザワと騒ぐ。
「孫堅さまって、あの? すげえ戦に強いって噂だけど」
「ああ、俺は見たことあるから、間違いない。長沙では最近、善政がしかれてるっていうし、孫堅さまの方が正しいんじゃねえかな」
「いや、だって董卓って、すげえ悪党なんだろ?」
「でもそれも、ただの噂だぞ」
そんな中、ようやく王叡配下の文官が出てきた。
「私どもは孫堅さまの指示に従いまする。今後はどのような仕儀に、あいなりましょうか?」
「俺はこれから軍を率いて、南陽郡へおもむく。新たな刺史が定まるまでは、この張紘の指示に従え。よいな」
「ははっ、承りました」
その後、城内に王叡の逮捕を周知させると、俺は軍の大半を率いて、南陽郡へ向かった。
漢寿には張紘と、護衛の朱治を残して後を任せる。
また洛陽に向けて急使を派遣し、俺が董卓側について王叡を捕らえたこと、荊州刺史の代理を務めることを、改めて知らせるようにしておいた。
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初平元年(190年)2月初旬 荊州 南陽郡 宛
「長沙太守 孫堅である。南陽太守の張咨どのに面会したい」
南陽郡の都である宛に到着すると、ただちに太守への面会を求める。
少し待たされたものの、それは実現した。
「長沙太守 孫堅だ。本日は時間をいただき、感謝する」
「うむ。南陽太守 張咨である。本日はいかなる用件か?」
「実は先日、漢寿にて荊州刺史 王叡を捕縛した。王叡は賊徒に呼応し、漢朝への反逆を企図していたためである」
「な、なんだと?! それは真のことか?」
おおげさに驚く張咨を冷めた目で見ながら、俺は淡々と話を進める。
「正真正銘、事実である。そして王叡に代わり、私が刺史代理の任にあることを、ここに知らせておく」
「ば、馬鹿な! 貴様にそのような権限はなかろう?」
「もちろん、新たな刺史が任命されるまでの、一時的な処置だ。しかし事実として私が刺史の任務を引き継いでおり、貴殿も私の監督下に入ることを、認識いただきたい」
「そんな馬鹿な話があるか!」
張咨は机を叩いて抗議してくるが、そんなのは知ったことじゃない。
そもそもこの張咨は、周毖や許靖の推薦を受け、太守に就任した男だ。
つまりバリバリの関東士人であり、反董卓連合に加わる可能性が高い。
そんな男にとどめを刺すべく、俺は問いを放つ。
「不満があるなら、朝廷に伺いを立てるんだな。ところでこの南陽には、反乱軍はいないだろうな?」
「な、反乱軍だと…………そんなものはいない。とんでもない話だ」
「本当か? 魯陽に、袁術が居座っていると聞くぞ」
「ぐっ……そ、そんな話は知らん」
張咨は油汗を流しながら、苦しい弁明をする。
実は洛陽を逃げ出した袁術は、南陽の北端に位置する魯陽で、兵を集めていた。
史実だと張咨をぶっ殺した孫堅と合流して、袁術は南陽郡の支配権を手に入れる。
今の俺は董卓側だから、そんなことは起こらないけどな。
「ほう、あくまで知らんと言うんだな? しかしそれはそれで大問題だ。賊軍が郡内でのさばっていても、気づかないのだからな。よってお前を拘束する」
「なっ……許さんぞ、下賤の分際で」
「お前に許してもらう必要はない。牢にぶち込んでおけ!」
「「はっ」」
2人の兵士に引きずられるようにして、張咨が連れていかれる。
これで事実上、この南陽郡も俺の支配下に入った。
それは史実でも起こったことだが、その実態は大きく異なっている。
あとは袁術を片づけて、さらに大きく歴史を変えてやろうじゃないか。




