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葉太郎がサンバ衣装で鍛冶師の家を襲撃、もとい訪問してから、数時間後。
「はあ……、一時はどうなることかと思いましたよ」
「だが、ヘンシンステッキを作ってもらえることになってよかったな」
ど派手に登場した葉太郎は、あわやパニックになった鍛冶師夫妻に追い出されるところだった。
そこをひまりの純真無垢さでなんとか押しとどめ、あとから風の魔術で追いついたイェルとフィーロが弁明し、やっとこさ客人として家にいれてもらったのである。
ちなみに原因となったサンバ衣装は着替え、現在はグラース城製の軽鎧に戻っている。
鍛冶師の妻である老婆がころころと笑った。
「いやいや、大騒ぎしちゃってごめんなさいねえ。あの人、普段は格好つけてるけど、結構怖がりなのよ。今お茶を入れるからねえ」
「あ、お手伝いします」
ひまりが小走りに後をついていった。「優しい子だねえ」としわくちゃの顔を破顔させた。葉太郎が誰ともなくドヤ顔をする。
ちなみに鍛冶師は、既に自身の仕事場に閉じこもっている。
王様の紹介状とソル・ルビーを渡されてから、はりきってすぐさま仕事に取り掛かったのだ。
貴重なソル・ルビーと王様直々の依頼。久しぶりの大仕事が鍛冶師の心に火を付けたらしい。
「3日くらいかかるだろうから、のんびりしていってちょうだいね。宿はお隣。なあんにもない街だから、若い人たちには退屈だろうけど」
お婆さんとひまりが、人数分のレモン水を持ってきてくれた。1人ずつお礼を言って口を付ける。搾りたての豊潤なレモンの酸っぱさが喉に染み渡った。
「昔はもっとこのへんも賑わっていたんだけどねえ。南の大きい鉱山が廃坑になってからは、隠居したお年寄りしかいない村になっちゃって」
イェルは街に入ってきたときのことを思い出す。
サンバ衣装の男を追って走っていたときだ。集落の南側の切り立った岩肌に、鬱蒼と覆い茂った森が見えていた。おそらくあそこが廃坑になった鉱山なのだろう。
「昔はねえ、北も南もたくさん鉱石が採れてたのよ。でも南の方で全然鉱石が採れなくなって、危険な魔物も増えたから廃坑になったの」
ひまりは頭の中に、ここに来る前に見た地図を思い浮かべた。
カタカナの「コ」の形をしたウィルドン山。自分達が先ほどソル・ルビーを取りに行ったのは、「コ」の字の上の横棒部分のところ。今の説明からすると、下半分の山の洞穴ではほとんど鉱石が採れなくなったということなのだろう。
「北側でも鉱石は取れるから、それほど困ってはいないけどね。でも、南側の鉱山がまだ生きていれば、ウィルドンの村ももう少し活気づくんだろうねえ」
ちょっと残念ね、と眉尻を下げて微笑むお婆さん。
廃坑。危険な魔物が増えて、人が立ち入らなくなった場所。
何かを隠すにはうってつけの場所だ。
(もしかしたらそこに、王様の言っていた戦争を始めるための準備があるのかもしれない。明日行ってみなくちゃ)
決意を固めて、こくこくとレモン水を飲むひまり。
そんなひまりを、葉太郎は後ろから優しい眼差しでずっと見つめていた。
□□□□
4人はお婆さんに案内され、集落の宿屋で夜を過ごした。
宿といっても名ばかりで、民家の2階を客に使わせているだけだったが。
寝台は1つしかなかったので、床に毛布を敷き詰めて4人は雑魚寝していた。
そして人も動物も寝静まった真夜中。葉太郎がむくりと身を起こした。
隣ではひまりが健やかな寝息を立てている。それを確認して少し微笑んだ。鎧と外靴を手に取って、最小限の動作で窓を開け、ひらりと外へ飛び降りる。手際よく装備を整えて歩き出した。
「こら、どこへ行く」
足が止まる。振り返ると、空いている窓からフィーロが飛び出してきた。
葉太郎は強いが、気配の消し方は素人だ。騎士団のフィーロが見逃すはずもない。
「悪いことはするなと言っておいただろう」
腰に手を当て、呆れ顔で葉太郎を叱る。だが当の葉太郎は堂々としたものだ。
「安心しろ、悪いことはしない」
「夜中に黙って抜け出しておいて?」
「ひまりのためだ。ちょうどいい、お前も付き合え」
葉太郎が指を指す。その方向は真夜中で何も見えないが、何を示しているかは分かる。
昼間お婆さんが口にした、南の廃鉱山だ。
「例の廃坑とやらを見に行くぞ」
□□□□
真夜中の暗い道を疾走する灯りが1つ。
灯りの下には、人が2人と馬が1頭。馬を操るフィーロと、その後ろに乗馬した葉太郎だ。
馬の頭上にはフィーロが魔術で灯した白い光が浮いており、その進路を照らしている。
葉太郎は頭上を見上げてぽつりと呟いた。
「火の灯りじゃないんだな」
「ああ、火の魔術だと大概の馬は怖がってしまうからな。夜行で馬が走れるように開発された光属性の魔術だ」
フィーロは手綱を見事に捌きながら馬の栗毛を撫でる。
「それでも夜に走ることを怖がる馬はたくさんいる。この子は軍馬でもないのに度胸があるな」
「そういうものか」
フィーロは半眼で後ろにつかまっている葉太郎を見た。
「にしても、だ。夜中に廃坑に徒歩で行こうとするとは思わなかったぞ」
「徒歩ではない。身体強化の術を使って行くつもりだった」
「自分の魔力量も分かっていない状態で、安易に魔力を使うな。廃坑にどんな魔物がいるかも分からないんだから」
「分かった」
あっさりと頷かれて、フィーロはちょっと拍子抜けする。ひまりのことがなければ、存外この男は素直だ。
「で。なぜこんな夜中に廃坑に突然行こうとした」
「おそらく明日、ひまりが廃坑に行きたがるからだ」
「なぜ」
葉太郎は少し考えた。アイヴィーとの約束を話すわけにはいかない。
「あのお婆さんが言っていただろう。鉱山が生きていれば街も豊かだったと」
「ああ、言ってたな」
「ひまりはあの話を聞いてこう思っただろう。鉱山が復活すればこの集落の人たちの助けになる。今の私は勇者だから、がんばってできることをしなくちゃ。そんなことを考えてしまうんだ。いい子だから!すっごいいい子だから!」
これは嘘ではない。ひまりはきっと、王のことを抜きにしても集落の人間のために何かしようとしただろう。
葉太郎は拳を握り夜空を仰ぐ。小さな星のきらめきがつながって、ひまりの笑顔に見えてきた。
「明日ひまりの言うことは決まっている。『ステッキができるまで時間があるから、ちょっと廃坑に行ってみたいな』だ。ならば優しい妹に不測の事態が起きないよう、あらかじめ目的地のつゆ払いをしておくのが兄の役目というものっ」
葉太郎がブォンブォンと激しく首を振って正面を向いた。
「なので! 今日のうちに廃坑に行って、強い魔物は退治しておこうというわけだ!」
「ヨータロー、あまり馬の上で暴れないでくれ」
フィーロはほっと胸をなでおろす。とりあえず「悪いこと」を行おうとしていたわけではないのだとは分かった。
そういえばラタの森でも似たようなことをやっていたなと思い出す。
「とりあえず、この間みたいに先に魔物を死体にしないようにしろよ」
「同じ過ちは犯さん。そのためにお前を連れてきたんだ。ひまりの相手にちょうどいい魔物を見極めてもらおうと思ってな」
「それで付き合わされたのか」
フィーロは大きくため息をついた。
仕方ない、これも世話係の仕事だと思おう。
馬が手綱の動きに合わせてゆるりと止まる。
その背からひらりと降りて、フィーロが馬の顔を撫でた。
「夜に走らせてすまないな。明日は休めるよう、貸してくれたおばあさんに言っておくからな」
ぶるる、と答えるように馬が鳴いた。
2人は目の前の鉱山を見上げた。人の侵入を拒むかのように、深緑の葉が覆い隠す灰色の岩山。
そびえたつ大自然を見上げながら、彼らは1歩足を踏み出したのだった。




