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第九章 水平線の嵐

手紙を送った翌日、ユキヒロはいつも通りに出勤した。彼は朝の会議に出席し、これまでと同じ冷徹な正確さで密輸業者のルートを分析した。彼は報告書を書き、その漢字はいつもと同じく、鮮明で乱れがなかった。彼は部下に命令を下し、その声は一度も震えなかった。しかし、それはただの外見、タケシ将校という完璧な外殻に過ぎなかった。彼の内面は、鳴り響くような空虚さと、水晶のごとく冷たい明晰さで満たされていた。彼は待っていた。国境を越えて投げ込まれた彼の手紙、彼の絶望と怒りの叫びは、火薬庫に投げ込まれた松明だった。今や彼に残されたのは、爆発を待つことだけだった。しかし、彼の同僚たちは変化に気づいていた。彼の立ち居振る舞いに、何か捉えどころのない変化があった。彼はさらに超然とし、その目はまるで薄い氷の層を通して、すべてを見ているかのようだった。

呼び出しは夕方に来た。保護された回線から、スミルノフ自らが電話してきた。彼はユキヒロを自分のダーチャ――町の外、松林の中にある、小さいながらも厳重に警備された木造の家――に招いた。そこは彼らの場所だった。「非公式」な会話の場。かつて、何年も前に、スミルノフが孤児の少年にチェスの指し方と、塩漬けキュウリを肴に苦いロシアのウォッカを飲むことを教えた場所。彼がユキヒロを自らの最高の武器へと鍛え上げた場所。ユキヒロはすぐに悟った――これは罠だ、と。私服に着替えるために自分のアパートへ戻る途中、彼は武器庫に少し立ち寄った。彼は黙って自分の官給品のピストル、「トカレフTT-33」を点検し、薬室に弾が装填されていることを確認すると、コートのポケットに予備の、弾を完全に詰めた弾倉を滑り込ませた。彼は、この会合から生きては戻れないかもしれないと、はっきりと理解しながら、車を走らせた。

スミルノフは、暖炉で火がパチパチと音を立てる広々とした部屋で彼を迎えた。彼は簡素なセーターを着て、手にはパイプを持っていた。二つの肘掛け椅子の間の低いテーブルの上には、駒が並べられたチェス盤が置かれていた。すべてが、古き良き時代のようだった。

「一局どうだ、ユキヒロ?」とスミルノフは尋ねた。その声は、欺くように柔らかかった。「君と頭の体操をするのも、久しぶりだな」

会話は、彼らが最初の一手、計算され尽くした一手を指しながら、遠回しに始まった。スミルノフは義務について語った。時には犠牲を払わねばならぬ、偉大なる目的について。歴史は白い手袋をはめて書かれるものではない、と。ユキヒロは、盤上で自らの駒を動かしながら、冷たく、磨き上げられた言葉で彼に答えた。彼らの対話は、一つ一つの言葉が指し手であり、一つ一つの沈黙が次の一手を熟考する時間である、もう一つのチェスの対局そのものだった。

「君は感傷的になりすぎたな、中尉」と、スミルノフは彼のポーンを盤上から取り除きながら言った。「あの芸術家…彼女が君の頭を混乱させた。憐憫は、我々には許されざる贅沢だということを、忘れたかね」

ユキヒロは次の一手を指した。彼は自分のビショップを前に進め、スミルノフのクイーンを脅かした。彼は大佐の目を真っ直ぐに見つめた。

「アサミ・タケシ」と、彼は静かに、ほとんど色のない声で言った。「第五強制労働収容所。プロジェクト『スターライト』。あの時、大佐、あなたは偉大なる目的のために、どのような犠牲を払われたのですか?」

チェック。

スミルノフは一瞬、凍りついた。パイプを持つ彼の手が、震えた。それから彼の顔が歪んだ。だが、それは怒りからではなく、何か深く、古傷のような痛みに似たものからだった。彼は低いうなり声と共に、一つの荒々しい動きで、盤上のすべての駒を払い落とした。象牙の駒は、乾いた音を立てて、木の床に散らばった。

そして、彼は語り始めた。彼は自らの戦争について語った。四十五年の八月、十九歳の海兵隊中尉として、千島列島での血みどろの戦闘に参加した時のことを。彼は日本人兵士の狂信的で、自殺的な抵抗について語った。彼が見、そして彼自身が加担した残虐行為について。彼は、弟のコーリャ、十八歳の少年、通信兵だった弟が、天皇が降伏を宣言した後だというのに、日本人将校に銃剣で刺殺されるのを目の前で見たことについて語った。

「君には、彼らの魂が何であるか、わからんのだ、ユキヒロ」とスミルノフはしゃがれ声で言った。彼の目は熱に浮かされたように燃えていた。「それは死の魂だ。私はその時、弟の墓の前で誓った。その魂を根こそぎ引き抜いてやる、と。破壊してやる、と。『スターライト』は、私の道具だ。彼らの病んだ魂を切り開くための、私のメスなのだ」

「君の母親は」と彼は言った。その声には一片の後悔もなく、ただ燃え尽きたような疲労だけがあった。「まさしくその魂の担い手だった。我々が未来を築くために根絶せねばならぬ、過去の魂の。彼女は必要な実験だった。サムライの居場所なき世界の、平和の祭壇に捧げられた犠牲だったのだ」

その瞬間、外からトラックが近づく音と、鋭い、喉から絞り出すような号令が聞こえた。スミルノフは歪んだ笑みを浮かべた。

「そして今、ユキヒロ、君もまた過去の一部となった。南への君の手紙、君の裏切りの助けを求める叫びは、傍受された。君は、私が教えたすべてを裏切った。チェックメイトだ、中尉」

ドアが、音を立てて勢いよく開かれた。しかし、戸口に立っていたのはスミルノフの国家保安省の兵士ではなかった。そこに立っていたのは、青白い顔をしながらも、その目に燃えるような決意を宿した、タナカ中尉だった。彼の隣には、彼の技術課の屈強な兵士が二人。彼らの自動小銃の銃口は、真っ直ぐにスミルノフに向けられていた。

「いえ、大佐」とタナカは言った。彼の静かな声が、訪れた沈黙の中に響き渡った。「すべてを裏切ったのは、あなたの方です。あなたは軍を、党を、そして、ただの人間性を裏切った」

タナカは、ただユキヒロにフィルムを渡しただけではなかったのだ。見たものに打ちのめされたこの物静かで目立たない男は、自らの中に行動する力を見出した。すべてを危険に晒し、彼は信頼する数人の将校に証拠を見せた。そして、プロジェクトの真実はあまりに悍ましく、彼らは考えられないことへの決断を下したのだった。

同じ頃、東京。夜の街を望む一室で、マサル・ニシデはユキヒロからの解読された手紙を読み終えた。隣の机の上には、マイクロフィルムから焼き増された、拡大写真が置かれていた。彼の顔は、いつものように、窺い知ることはできなかった。

「彼は全てを我々に」と、彼の補佐官が興奮したように言った。「スミルノフは無防備だ。プロジェクトも無防備だ。我々は一点攻撃を仕掛け、奴を完全に破壊できます」

ニシデは黙っていた。それから彼は、この夜の会合に緊急に呼び出されたリツコに、目を上げた。

「この中尉は、我々に同盟を申し出ている。彼は個人的な復讐のために、自国を裏切った。実に日本的だ。だが、もしこれがソビエトの仕組んだ、巧妙な罠だとしたら?」

彼は手紙と写真の入ったファイルを、彼女の方へ滑らせた。

「決めるのはあなたです、ハマグチさん。あなたは、タケシ中尉の心理に関する、我々の唯一の専門家だ。彼を信じるか、信じないか?あなたの返答次第で、我々は明日、戦争を始めるか、それとも彼を挑発者として切り捨てるかが決まる」

室内の全員の視線が、彼女に注がれた。彼女はもはや、駒ではなかった。彼女は、雪崩を引き起こすことも、止めることもできる、まさにその小石となったのだ。

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