十二話 反竜教の手
ドラキア公国の公王城付近に出現した暴走竜を、鎮めることに成功したいろは達鎮圧隊のメンバー。しかし鎮圧の裏では、とある企みが動いていた。
一方、いろはが育てたドラゴン達は、着実に成長していた。チャオとクスタは、同時に次の段階へ進んだ。それを見届けたいろはも、自らに自信を持つ事が出来た。
そして、反竜教が伸ばしている三冠竜への手は、互いに自覚のないままいろはとぶつかるのだった。
数日後。クスタの様子を見に、陸竜の子供達がいる部屋にやってきたいろは。今日は、卵堂も一緒に来ていた。部屋の様子を見た卵堂は、感嘆を漏らした。
「ほほう。いろは嬢、よくやってるみたいだな。ここまで部屋が綺麗なのは、こいつらの事をちゃんと考えてやってる証拠だな。」
卵堂は褒めてくれているが、いろはとしては、別に大した事はしていない。毎朝部屋に散らばっている食べかすや糞などのゴミを掃いてからざっと水を流し、いろは達職員が観察を行う窓ガラスを掃除しているだけだ。動物園でも、チャオの世話をするときにやっていた事と変わらないので、彼女としてはごく自然な事だった。
「それでだ。そろそろクスタを海竜の方に移そうと思うんだ。連れてきてくれるか?あと、チャオもついでに連れてきてくれ。」
「チャオもですか?分かりました!」
いろはが部屋に入ると、チャオとクスタが真っ先に寄ってくる。クスタは、いろはの膝より少し上くらいの背丈だが、チャオはいろはの身長を追い抜き、体もゴツくなっている。
「2人とも大きくなったね。」
クスタを抱き上げ、チャオの頭を撫でてやると、嬉しそうに頭を寄せてきた。
「チャオ。ちょっとついてきてね。」
エリカに教わった方法でチャオに暗示をかけ、卵堂のところへつれていく。
「おっ、来たな?ちょっとチャオを見せてみな。」
卵堂は、チャオの背丈や足の発達具合など、体全体をチェックしていく。そして、一通り見終わるとこう言った。
「よし、合格だ。チャオは、陸竜舎に移動させていいぞ。」
「「おおー!」」
同時に声を上げたいろはとチャオ。陸竜舎に移動する許可が出た事は、今までチャオを育ててきたいろはにとって、リーヴァやレックス、それにクスタを育てていく上での自信になった。
まずいろはは、クスタを連れて海竜の子供達がいる部屋にやってきた。部屋に入ると、少し深い場所にいたリーヴァが気付いてやってきた。
「リーヴァ。ちょっとの間、この子のことをお願いしたいんだけどいい?」
いろはがリーヴァの前にクスタを下ろすと、足下の水に足を入れたり出したりするクスタを、じっと見つめてからリーヴァが鳴いた。
「ギャア。」
「分かったわ。」というような落ち着いた返事だった。
「いろは。ここは?」
いろはと同じくらいの背丈のリーヴァを撫でていると、クスタが話しかけてきた。
「ん?ここは、海竜の部屋だよ。さっきまでいたところが陸竜。今日からしばらく、このお姉ちゃんの言うこと聞いてね。」
「うん。」と頷くクスタに近づき、ジッと覗き込むリーヴァ。前足でクスタの頭を撫でると、クスタが嬉しそうに微笑む。その様子を見たいろはは、リーヴァに任せて部屋を出た。
チャオの元に戻ってきたいろはは、卵堂からチャオを受け取り陸竜舎に向けて出発した。
「いろは嬢。試しにやってみるかい?」
出発前。卵堂が提案したのは、騎乗だった。チャオの背中に鞍を置き、手綱をくわえさせる。馬と同じ要領なので、いろはには造作もない手順だった。鐙に足をのせ跨ると、チャオの緊張が伝わってきた。
「チャオ、大丈夫だよ。」
馬と同じ要領で首元をさすると、少し力が抜けるのを感じた。
「よし、ゴー。」
足で合図を出すと、チャオがゆっくり歩きだす。馬とは少し違って、歩行中の上下揺れは少ない。開園前の園内をゆっくり移動しながら陸竜舎に向かう。到着すると、チャオから降りて手綱を持ち、ドアをノックする。少ししてからドアが開いた。
「はーい。って、お?」
出てきたのは、柊木蓮だった。
「いろはちゃんか。卵堂さんから連絡があった子だよね?」
「はい。チャオです。よろしくお願いします!」
チャオを預けて帰ろうとすると、蓮に呼び止められた。
「いろはちゃん。少し中を見ていくかい?チャオが暮らす場所を案内するよ。」
前回エリカに案内してもらったときは、ざっと見ただけだったので、内部が見れるならと付いて行った。まずチャオと一緒に連れてこられたのは、少し大きめの個室がいくつか並んでいる場所だった。
「今日からここが、チャオの部屋だよ。」
部屋のドアの部分には、チャオと書かれた札が既に掛けられている。少し大きめの個室の廊下に面した部分は、鉄格子で隔てられている。ドラゴン相手ということもあり、それなりに厳重なようだ。続いて向かったのは、陸竜達が放たれている展示スペースの入り口である。
「さっきの部屋は、普段から使っているわけじゃなくて、体調が悪いやつを休ませる時とかに使うんだ。普段はここに放しっぱなしなんだよ。じゃあ、とりあえずこれを着てくれるかな?」
そう言って蓮が手渡したのは、入り口の横に掛かっていた対竜種用の鋼鉄フルアーマーだった。
「チャオはまだだけど、陸竜には硬い鱗と強靭な牙、それに破壊力抜群の突進がある。だから、これを着ずに中に入るとうっかり死にかねない。そこだけ気をつけてね。」
「はい。」
鋼鉄フルアーマーを着用して、陸竜舎の展示スペースに入ると、それまでとは全く異なる雰囲気だった。先日、暴走しているところを鎮めた陸竜くらいの巨大なものから、いろはより少し大きいくらいのものまで、様々な大きさの陸竜達が自由に過ごしていた。まるで、恐竜映画の中で見たような圧倒的スケールを肌で感じたいろは。そんな彼女に、地響きが迫る。
「え?」
1匹の陸竜が、いろは目掛けて一直線に走ってくる。驚きのあまり、動けなくなるいろは。蓮がいろはを突き飛ばして回避させようとするが、間に合いそうにない。その時、チャオがいろはの前に立ち塞がり、後ろ足を踏ん張る。走ってきた陸竜は、チャオの目の前で急ブレーキをかけて止まると、笑ったような顔でいろはの方を向く。
「もう!ダメでしょ?危ないんだから。」
卵孵舎で世話をしたことがある個体だと分かったいろはは、躊躇なく近付いて鼻先を撫でる。陸竜も嬉しそうに撫でられている。
「やっぱ、実際に見ると、いろはちゃんってすごいな。ドラゴンとの信頼関係をしっかり築けている。」
エリカから話を聞いてはいたが、実際に目にすることで、大型新人だと実感する蓮だった。
その頃。竜神池近くの簡素な寺には、例の4人が集まっていた。
「アマネ。三冠竜の調査は進んだか?」
長の男が天音に問いかける。しかし、今のところ何の成果も得られていないアマネは、首を横に振った。
「とりあえず竜種園には入ったけど、得られたのは表面上の知識だけで具体的なことは何も。まだ子竜だから、表には出ていないかもしれないわ。」
長の男は、少し考えると言った。
「それもあるな。引き続き調査を続けろ。そして問題はこいつだが……。」
そう言うと男は、ポケットから不思議な石を取り出した。
「それは、竜石ですか?」
年少の男が尋ねると、長は首を縦に振って肯定した。
「これは先代の三冠竜である、現在の竜神が所持していた竜石だ。暴走竜が倒されると、この石にドラゴニックエナジーが溜まっていく。満タンになった状態で元に戻すと、ドラゴンの上位種であるハイドラゴンになる。」
ハイドラゴンとは、竜種の中でまれに誕生するという上位種で、陸竜であればランドドラゴン、海竜であればシードラゴン、空竜であればスカイドラゴンと呼び名が変わる。外見としては三冠竜のように鼻先に角が生え、各種類に応じた特徴部位が通常より強化される。通常の竜種より間違いなく強力な存在なのだが、誕生頻度が三冠竜以下と極端に低いため認知度も低い。竜種園の人間でもごく一部しか知らない、まさに伝説のドラゴンである。
「三冠竜のハイドラゴンともなれば、確実に竜種の地位を引き上げることができる。万全を期すために、竜神を素材とするのが良いだろう。加えてドラゴニックエナジーには、暴走性が少し付与されている。最強の暴走ハイドラゴンを強制的に誕生させる。それこそが竜種の地位を上げるための有効手段だ。」
反竜教の長である男は、竜種の地位を引き上げるために手段を問わないようだ。常識ある人間であれば、ここで立ち止まるのだが、反竜教の幹部達は当然のように賛同する。
「そうと決まれば、暴走竜を増やしていくのが先決だ。なるべく強い個体を暴走させるのが早い。早速進めろ。」
長の男がそう指令を出した。しかし、アマネが退室しようとすると、呼び止められた。
「アマネ。竜種園に行ったのか?」
「はい。ドラゴンの事ならあそこだと思って。」
アマネが理由を話すと、意外な返事がきた。
「普通に見て、何か感じた事は?」
「そうね。子竜が見当たらないとは思ったけど?」
男は笑みを浮かべて言った。
「流石だ。あそこには、裏方の施設が一つある。卵孵舎といって、卵と子竜用の施設だ。バイトなら何かわかるかもしれないな。」
「……分かりました。」
潜入捜査をしろと言われていることを察したアマネは、ため息交じりに了解した。
数日後。いつも通りに出勤し、子竜達の部屋の掃除を終えたいろはが卵孵舎の事務所に戻ると、見知らぬ少女が卵堂に連れられてやってきた。
「エリカ嬢、いろは嬢。少しいいかい?今日からまた新人の子が入ることになったんだ。」
卵堂は、そう言って少女に先を促す。少女は咳ばらいを一つすると、自己紹介を始めた。
「はじめまして。今日からお世話になる赤夏アマネです。よろしくお願いします。」
「アマネちゃん、よろしくね。私は久遠エリカ。それでこっちの子が。」
エリカがいろはに視線を向けたので、アマネの視線もいろはに向く。
「竹野いろはです。よろしくね。」
アマネが、いろはにつられてぺこりと頭を下げた。それを見たエリカが先を続ける。
「まあ、いろはちゃんも入ってすぐだからほぼ同期みたいな感じだね。と、いうわけで、あとはいろはちゃんにお願いしようかな?」
「え゛?」
急に世話役を任されて戸惑ういろは。しかし、卵堂が了承したことで辞退することができなくなってしまった。仕方なく引き受けたいろはは、アマネにロッカーの場所などを教えながら、自分の仕事を手伝ってもらうことに決めたのだった。
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