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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
裏側のラプンツェル
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心の内Sideレイス

魔女のラプンツェルは初投稿にしてたくさんの方に読んでいただけ、さらには評価をいただけた幸運な作品です。

読んでくださった皆さまに深い感謝を。

評価してくださった方、本当にありがとうございました。貴重なご意見とても参考になっています!


さて。本編が終われど書きたいことはまだ尽きていません。でもまさか久々の更新がこの人になるとは思いませんでしたけど……

本来この内容、初期段階では冒頭に添えていたものです。そんなレイスのお話ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

 何を考えて行動したのか、思い返せば世界のためなんて言い訳にすぎない。ただの私情で引っかき回しただけなのだから。

 ここにいれば、自然と自らの行いを振り返らずにはいられなかった。世界から隔離された場所にしては窮屈さを感じない。けれど有り余るほど広くはない、ここはそういう場所。

 昔――そう表現するほど遠くはない過去、ある魔女が閉じ込められていた場所だ。かつて私はその魔女の一番傍にいた。


 小さな魔女が無邪気に笑う。そこには悪意も危険も感じられず、純粋と言う言葉がぴったりで憎らしい。

 今日、彼女のために用意した絵本はこれまでと違っていた。これまでは敢えて触れさせなかった類の物語に、案の定聞かされた本人は訳が分からないと疑問符を浮かべている。やがて初めて読み聞かせた物語りの続きをせがまれた。これで終りだと、信じられずにいるのだろう。

 これまでのように優しく「続きが気になる?」なんて微笑み返すのは無理だった。もっとも続きなんて存在しないけれど……。

 親のいない子、可哀想な子、私が守ってあげなくちゃ――

 かつてこの子へと向けていた己の感情、馬鹿さ加減に笑えてくる。使命感に駆られていた愚かな魔女はもういない。私はこの子の罪を知ってしまった。

「私たち魔女が、御伽話で悪者にされているのは何故か……わかる?」

 幼子に問い掛ける内容にしては難しいだろう。やはりと言うべきか、首を傾げている。冷たい床で絵本を広げている子どもは『わからない』という眼差しだ。

 手元にある本は……

 身も心も美しい姫君は嫉妬に狂った継母に命を狙われる。継母は魔女で最後は己の欲に寄って身を滅ぼす。そしてお姫様は王子様と幸せに暮らすの。

 傍には、同じような絵本が散らばっていた。どれも幼い子どもに読み聞かせる御伽話。けれど私たちにとっては不満が残るもの。

「ううん。どうして? わたしたち悪いことしないのに。お姫様呪ったりしない、人間だって食べたりしないわ」

 曇りない深紅の瞳が、純粋な疑問を抱き見上げてくる。自分はそんなことをしないと言いたげに。けれど私は素直に受け入れられなかった。

「白々しいことを……。全部、あなたのせいでしょう。憶えていないの?」

 もはや見向きもせず、私の口調は淡々としていた。

「わたし、知らない。何もしてない!」

 必死に言い繕う姿を見たくなかった。見てしまったら、決意が揺らいでしまいそうだった。騙されてしまいそうだった。

「なんて、おめでたい子なのかしら。その罪でここにいるというのに、反省が足りないのね」

「わたし、悪くない……」

 威圧され、少女の声は不安げに小さくなっていた。本当に何もしていない。信じて欲しいと切望するように。

 その通りだった。彼女は生れてからずっとここにいて、ずっと私が見守ってきた。外になんて一度も一歩も出たことがないことは私が一番知っている。何をしたと、何が出来たかと訴えるのも無理はない。

 そう、彼女は。彼女自身は何もしていないのかもしれない。それでも、たとえそうだとしても……

「何故蔑まれる。恐怖、憎悪、その象徴のように迫害される。我らが惨めな存在に貶められたのは、お前のせいだ。忘れただと? 白々しい嘘を、まさに大罪の魔女と呼ぶに相応しい」

 御伽話はいつだって残酷に。魔女は決まって悪役で、いつも酷い目にあわされる。煮え湯を飲まされ、焼かれ、王子に退治される。魔女に優しい結末など、そこにはないと聞かされた。人間によって書かれた物語は魔女にとっては罪の歴史でしかない。

「何も、してないのに……」

 すっかり俯いてしまった姿を見下ろす。表情を見なくて済むのは丁度良いので咎めるつもりはない。

 私は笑う。出来るだけ見下すように冷たく笑ったつもりだ。心を許してはいけない、同情してはいけない。誰も見ていないにしろ、そうしなければいけない気がして。

「本当に、嘘つきな子」

 どこまでも突き放して、このまま姿を消してしまおう。胸に灯った憎しみが消えてはいけないのだから。


 それ以来、二度と少女――メルデリッタの前に現れることはなかった。

 あの子は危険、そう報告して終われると思った。けれど何年待とうと終わらない。彼女はずっとあの塔で生き続けている。


 これでいい? いいはずがない。でも、どうすることも――


 あの子は危険。純粋そうな目をしているけれど、心の奥底では何を考えているかなんてわかったものではない。

 じきにあの子は世界を滅ぼそうとする!

 私はそう進言した。早く裁きを――私は嘘なんて吐いていないのだから。


 いくら待ってもその知らせはなかった。代わりに入ってきたのは彼女が逃亡したという知らせ。

 それを聞いて歓喜した。彼女が取った初めての反逆行為、これで裁きに掛ける理由が出来たと歓喜していた。自分のしようとしていることが許されたような、そんな後押しのように感じてしまった。

 なのに議員たちは動こうとしない。何をしているの? あの子は反逆したのに!

 誰もやらないなら私が、そう思った。これまでの行いを正当化したくて、そうしなければならないと突き動かされていた。



 結局、私がしたことは過ちだったと突きつけられて終わった。

 私の目の前で、元魔女は幸せな結末を迎えた。あり得ないと驚きながら、どこかで羨ましいと感じていた。

 現在、私は自らの行いの後始末として議会の監視下に置かれている。理由は議会の命令に背いたこと、私情を挟み信憑性に欠ける報告を重ねたこと……まあ色々あるだろう。頭を冷やせともいう意図なのか、かつて大罪の魔女が過ごした塔に軟禁されている。

「この部屋、こんなに狭かった?」

 窮屈ではないけれど、この中だけで生活をしろと言われればやけに狭く感じる。

 あの子はずっとここに居続けた。

「頭を冷やせ、ね……」

 本当に、良い趣味の取り計らいだと笑いが零れてしまう。確かに今の私だからこそ見えてくるものがあった。

 不意に、別れ際のメルデリッタの言葉が風に乗って耳を霞める。私たちが笑って再会するなどありえないだろうに、私にはその資格もないのだから。お互い純粋だった、それこそ始まりのような関係には戻れないのに、あの子ときたら――

 あの子なら、こんな私を笑って受け入れてしまう気もする。居もしない相手に呆れと心配を抱いていた。そんな資格はないのに。

「あの子を案じるのは私の役目じゃない」

 それは彼女のそばを望んだ者の役目。

「私に出来ることなんて限られている」

 幼いメルデリッタの前から姿を消したことも、成長した彼女を裁きに向かったことも後悔はしていない。もう二度と合わなくていい、ただ静かに見届けるだけでいい。この世界が続いていく様子を目に焼き付ける。

「身勝手な言い分も承知しているけれど……。あなたが世界を滅ぼさなくて良かったと、思わせてほしい」

 魔女は長命、この命がどれ程続くのかはわからない。けれどこの命が続く限り、優しい『大罪の魔女』の物語を紡ごう。

 

 遠い辺境の地、高い高い塔の上。

 静かな願いは美しい空に溶けた。今日も明日も、その先も永遠に、この世界は美しく平和なままだろう。

ありがとうございました!

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