彼らの関係とは
「え?」
困惑した呟きが、これまた重なる。互いに何故その名が口から出たのかという顔をしていた。
次いでメルデリッタは、どうしてそんなところからと驚くも、聞くだけ野暮だろうと一人納得する。何食わぬ顔で「え、何が?」と惚けるに違いない。高い塔に侵入するよりは、遙かに簡単そうだろうと思った。
鍵は掛かっていないのか、それともこじ開けたのか……。靴音が、やけに鮮明だ。部屋に入る。たったそれだけのことなのにルエナから発せられる威圧感は何だろう。
「ねえ、メル。俺が待っててと決めた場所は、ここだっけ?」
メルデリッタはその一言で確信した。
(怒ってる!)
張り付けた笑顔が恐ろしく、つい後退しそうになってしまう。
「反省、しています。私、言いつけを破ってしまいました。ごめんなさい」
おもいきり頭を下げれば、ルエナは気まずそうに視線を逸らす。真摯に反省している上、謝罪されてしまった。これはただの八つ当たりなのだ。
「……一応、マイスから伝言は聞いたよ。俺も、ごめんね」
視線を逸らしたルエナの気配は比較的和らいでいた。
「どうしてここが?」
「これでも演奏が終わったら合流するつもりだったよ。でもさ、そこの王様がダンスにまで誘うし。公衆の面前で断れないのも分かってるけど、なんか胸がムカムカしてたから、酒飲んでしばらくマイスで発散してた。どうしてここがわかったって? 愚問だよ。仕事柄、本来こういうのは得意なんだ」
ひとしきり説明が終わり、今度はグレイスが待ちきれないと発言する。
「えっと、君たち知り合いなの?」
「この方です、私がお世話になっている人」
メルデリッタは流れる動作で世話になっている男を紹介した。
「例の詐欺師がルエナだって!?」
「おい、詐欺師って?」
和らいだと思ったら、またもルエナから険悪な空気が流れ初め、メルデリッタは阻止すべくすぐに口を挟んだ。
「グレイス様こそ、ルエナと知り合いなのですか?」
「ルエナは友人だ」
「いや、ただのお得意様。一応、招待状くれたのはグレイスだけど」
すかさずルエナの訂正が入り、心外だとでも言いたげだ。多少認識は食い違っているが、仲は悪くないのだろう。王と軽口が叩き合えるのだからそれだけで凄い関係のはずだ。
「ええー、僕ら親友だろ!」
「気色悪い」
「そんな! 僕らが友になったあの日を、忘れてしまったのかい?」
「忘れた」
「は、薄情な奴め……。それにしても、お前が招待状寄こせなんて脅迫してくるから驚いたけど、相手がメルデリッタとはさらに驚いたよ」
視線を向けられたメルデリッタは、くすりと笑ってしまう。こんな風に、軽口をたたき合える関係は、立派に友と呼ぶはずだ。
「ルエナ、友達相手にあんまりですよ」
「だよね! メルデリッタ、もっと言ってくれ」
眼前で交わされる同盟にルエナは不服だった。元を辿ればこの男が! グレイスがメルデリッタを連れていくからだと無言で怒りに支配される。
「五月蠅いよ。だいたいグレイスは何? 人の連れ誘って奪って何様? ああ王様だっけ。だからどうした。何をパートナーより先に踊ってるわけ? 俺が、メルの、パートナーなんだけど!」
ルエナはグレイスの頭を鷲掴む。みしみしと音まで伝わりそうな鬼気迫る表情で、込められた力は弱まらない。背後に悪魔でも背負っていそうな迫力だった。かつて悪魔を従えていたメルデリッタだが、使い魔からも感じたことのない不穏な空気に身震いする。
「ち、違う、誓って悪気とか、悪意があった訳じゃない。だから落ち着いて話し合おう! 前に話しただろ、塔の女神! このメルデリッタ嬢だった」
驚いてルエナの圧は止まる。けれど直ぐに再開された。
「なんだ、お前の妄想じゃなかったのか。よかったなーで済むか! 話は聞かせてもらったよ。メルを巻き込んでくれてありがとう」
「も、申し訳ありませんでした。い、痛いです。本当、申し訳ありませんでした。反省してます!」
「俺のこと呼んでおいて良かったね……。あんた、それで隠れてるつもり? もう出てきたら、バレてるよ」
ルエナはそっけなく勧告するが、はたしてそれは誰に告げたものだろう。
「い、ぎゃあああ!」
一層強く圧を掛けられたグレイス本気の叫びが木霊した。王の叫びを受けてか扉が開かれる。
「陛下、どうされたのです! こ、これは、賊か!」
血相を変えて飛びこんできたのは先ほどの給仕だ。
「白々しい演技、辞めたら?」
ルエナは驚くほど冷めた言葉を投げかけていた。
「仰る意味が分かりかねます。貴様こそ、王に狼藉を働くとは正気を疑う!」
確かに、どう見ても王に狼藉を働く男の図が完成している。
「か、彼は友人だ、問題ない。それよりも、さっきの茶だが――」
グレイスは友人を窘めた。残念そうに、非常に残念そうにルエナは手を離す。まだ握り足りないとでもいうのか舌打ちを隠そうともしない。
カップを目に留めた男は、傍らでうろたえていたメルデリッタの腕を掴んだ。
「あの?」
意図が掴めずメルデリッタは疑問の声を上げる。




