再会
しばらく走った後、うつむきながら人の流れにそって歩いていた。
リュウの鈍感さに、悔しいような悲しいような気持ちがぐるぐるして。
昔から目立つのは苦手。
だから、リュウの言ったように、地味な格好・・・例えば前髪を伸ばして顔を隠したり、伊達眼鏡をかけてみるとか、隠したり似合わない格好をしてみるっていう選択肢がなかったわけじゃない。
でも、それをしなかったのは・・・リュウがいたから。
だって、リュウの前ではできるだけ可愛い自分でいたい。
好きな人の前ではちゃんとしたい。
呆れられたくないし、がっかりされたくない。
だから、髪やお肌の手入れだってちゃんとするし。
身なりもきちっとするし、デートにはできるだけ可愛い格好で行きたいし。
・・・なんで、そんなこともわからないの?
そうだ、リュウって昔から変に自信家なんだ。
私のことが好きって言ったけど、そのあとだって、だらしないところを見せることがあるし。
それで自分が嫌われちゃうかもなんて考えてもみないの。
・・・実際にそんなことくらいじゃ嫌いになんてならないんだけど。
でも、私は・・・怖い。
リュウにがっかりされたくないし、嫌われたくない。
だけど、初デートなのにこんな、置き去りにしてきてしまって。
・・・呆れられたらどうしよう。
急に不安になった。
好きだって告白されて付き合うようになったけど。
それでも、やっぱりそんな簡単に自信なんてもてなくて。
記憶がなくなっているときに、自分がリュウに大事にされてるってわかって嬉しかった。
だけど、それは幼馴染としてっていうのもあるんじゃないかなって思って。
私は気付かないうちにずっとリュウに頼りっぱなしで。
リュウはこんな面倒な自分のそばにずっと居てくれて。
でも、リュウには私以外にも仲の良い人がいっぱいいる。
カケル君とかの男の子の友達もだけど、ユリちゃんとかの女の子とも普通に話すし、けっこう仲が良い。
ずっとリュウしかいなかった自分とはなにもかも違っていて。
恋人同士になったけど、それでも自分のほうが気持ちが重いんじゃいかって思って、不安になった。
今日のデートだって、浮かれていたのは自分だけで。
リュウはずっと上の空だった。
もしかして、本当はふたりで出かけるのが嫌だった・・・とか?
私が喜んでたから、言い出しにくかっただけで。
人前に出れば嫌でも人の視線を集めてしまうし。
さっきの男の子達にもすっごく不愉快そうだった。
・・・無理に付き合ってくれたのかな・・・。
また目頭が熱くなって。
視界がぼやけて、歩けなくなって立ち止まった。
そのとき。
「おねーさん、ひとり?」
「あれ? なんか、泣いてる?」
「マジ? 俺達が慰めてあげよっか?」
いきなり三人の男達に囲まれて、びっくりして固まってしまう。
え? え? なにこれ?
今までいろんな人にじろじろ見られるとかはしょっちゅうだったけど、こんなふうに直接声をかけられたのは初めてで。
どうしていいかわからなくて、とっさに声が出なかった。
「っていうか、キミすっげー可愛いね」
「ホント、マジでヘタなアイドルより美人じゃん」
「立ち話もなんだからさ、あっちの店でお茶でも飲みながら話さない? 良かったら相談に乗るよ~?」
男達は話しながら更に近づいてきて。
思わず後ずさろうとしたら、三人のうちの一人がいつの間にか背後にいて、ぶつかってしまう。
「あれ? もしかして逃げようとしてる?」
「えー? 俺達、親切にしてるだけなのに」
「そういう態度ってすっげーキズつくよな~」
言い方がどこか脅しめいて。
笑顔なのに威圧感にビクッとなる。
涙も引っ込んで、急に怖くなった。
「・・・あの、けっこうです。私、急いでいるので、どいてください」
「あー、声も可愛いんだね」
「すっげーびっくり。一緒にカラオケとか、どう?」
「あ、いいね~。じゃ、いこっか」
言葉は無視されて、急にひとりに手首を掴まれた。
「!! イヤ! 放して!」
ぞわっとして、思わず悲鳴のような声が出る。
だけど、それすらも、へらへらとした男達は無視をして、そのまま引っ張られた。
手首を引き抜こうとしても、男の力は強くて無理で。
そのまま引きずられるように歩き出して。
自分の力だけではどうにもならないって思い知らされる。
なにこれ、怖いっ。・・・助けて、リュウ!!
本気で泣きそうになった、そのとき。
「ちょっと、あんた達。あんまりしつこいと警察呼ぶわよ」
思わぬところから助けが入った。
声の主は同い年くらいの女の子で。
アイメイクのばっちり決まった、目鼻立ちのしっかりした、ちょっときつめの美人。
腰に手を当てて、もう片方の手には携帯が握られていて。
すぐにでも通報するぞと言わんばかりだ。
それを見て、手首を掴んでいた男はぱっと手を放して。
「やだな~。なんか誤解してない? 俺達は親切にしてただけだよ」
「そうそう、泣きそうな子を慰めてただけで」
「でも、もう泣きやんだみたいだから、俺達は帰るわ」
そして、三人はそそくさとどっかに行ってしまった。
ほっとして、それからハッとして、助けてくれた女の子に向き直る。
「あの、ありがとうございました」
深々と頭を下げると。
「ちょっ、頭上げて、みんな見てる。
・・・気にしないでよ。あいつら前に私の友達にもちょっかいかけたことがあって、そんときも追い払ってやったのに、まだ懲りてなかったんだと思って、つい声かけちゃっただけなんだから。
・・・それより、あなたそんなに可愛いんだからボケッとしてたら、危な・・・」
頭を上げて助けてくれた子と視線を合わせると、急に彼女は絶句した。
そして。
「・・・・・・もしかして、ヒカリ?」
名前を呼ばれて、驚いて彼女の顔をまじまじ見る。
そして、気付いた。
もしかして。
「・・・サツキちゃん?」
軽くメイクをしているから、すぐにはわからなかったけど。
意志の強そうなパッチリと大きな目、なにより男相手にも堂々と意見をして、真っ直ぐ相手の目を見て話すところが、昔とぜんぜん変わっていなくて。
懐かしい思いとともに、胸の奥がざわつく感じがして。
胸元に引き寄せた手を思わずぎゅっと握り締めた。
**********
目の前の子がサツキちゃんだと認識した途端。
中学のときの記憶を鮮明に思い出した。
それは、なんの前触れもなく突然だった。
「おはよう、サツキちゃん」
いつもの教室、いつもの普通の朝だった。
サツキちゃんとは学校では仲が良かったけど、家は方向とかが全然違って、一緒に登下校をすることはなかったから、教室でその日はじめて会って挨拶をするのが毎日で。
その日も、先に教室にいたサツキちゃんに、普通に挨拶をしただけだった。
でも。
サツキちゃんは返事をしなかった。
いつもなら「ヒカリ、おはよう!」って笑って返してくれるのに。
サツキちゃんは無表情に、ちらっととこっちを見ただけで。
挨拶を返してくれないどころか、急に座っていた席を立つと、別のクラスメイトたちのところに行って雑談をはじめた。
最初なにが起きたのか、まったくわからなくて。
聞こえなかったのかな? って思ったけど。
一瞬だけど、しっかり目が合ったのは間違いようがなくて。
だから、つまり・・・。
「サツキちゃん・・・?」
小さな声で呼んだけど、聞こえなかったのか、聞こえてもまた無視されたのか、サツキちゃんが答えてくれる事はなかった。
それからまともに話をすることがないまま中学を卒業して。
卒業してから会うこともなかった。
サツキちゃんとは仲良くしていたという記憶がある。
だけど、本当のことを言うと”仲良くしていた”という単語の記憶があるだけで。
彼女とどういうふうに過ごして仲が良かったのかとか、楽しかったはずの思い出とかの記憶が曖昧だった。
・・・もしかして私、サツキちゃんとの・・・中学のときの記憶がちゃんと戻ってないのかもしれない。
半ば呆然としてサツキちゃんを見ていると。
サツキちゃんも驚いたようにこっちを見ていて。
そして、しばらくの沈黙の後、サツキちゃんはきゅっと眉根を寄せると、どこか不機嫌そうな顔で。
「・・・じゃあ、私いくから」
踵を返して立ち去ろうとするから、慌てた。
「あ・・・待って!」
とっさに手首を掴んで引き止める。
サツキちゃんとは、きっと二度と会うことはないんだろうと思っていた。
でも、こうして偶然とはいえ会って、お互いの顔を見て少しだけど言葉を交わして。
・・・このまま、ただ別れてしまうのは嫌だった。
あのとき、つらかったのは本当。
寂しくて悲しくて。
どうして? って、思ったし、理由を聞くことすら出来なくて。
・・・ずっと、自分が悪かったんだろうって思ってた。
なにか、気付かないところでサツキちゃんを怒らせたんだろうって。
だから、余計に理由を聞けなくなった。
・・・サツキちゃんに自分を否定されるのが怖くて逃げた。
だけど。
あれから意固地になってずっと自分を偽って過ごして。
でも、限界になって、記憶までなくして。
そこまでして、ようやく自分をさらけ出せるようになって。
・・・わかったんだ、自分が間違っていたんだって。
だから、もう間違えて後悔したくなかった。
きっと、今この手を離したら後悔する。
ちゃんとサツキちゃんと話しがしたい。
「お礼させてほしいの。・・・少しだけ話せないかな?」
決意を込めて言うと、思った以上に強い口調になった。
サツキちゃんは驚いたみたいに目を丸くして。
だけど、頷いてくれたからホッとした。
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サツキちゃんとの再会。リュウが助けるっていうベタな展開もいいけど、今回はサツキちゃんの登場シーンにさせてもらいました。