和解
お礼にお茶でもおごらせてと言って、近くのコーヒーショップへ。
だけど、初めて入るお店で勝手がわからない。
結局、サツキちゃんが注文をしてくれて品物を受け取り、店内が混んでいたから、オープンカフェのようになっている外のテーブルに座った。
「・・・なんか、ごめんなさい」
お金は出したけど、サツキちゃんに頼りっぱなしで。
自分の無知さに凹んでいると。
サツキちゃんはくすっと笑みをこぼして。
「気にすることないわよ。誰だって、最初はわかんないもんなんだし。変に知ったかぶるより、よっぽどいいわ。
・・・そーゆーとこ、変わってないわね」
どこか懐かしそうに話す様子に、ドキッとした。
・・・サツキちゃんは私のことを本当はどう思っていたんだろう?
無視をされて、きっと嫌われたんだと思っていた。
だけど、今の言い方は・・・思っていたのと違っていて。
好意・・・みたいのを感じたから。
「そう・・・かな?」
「うん。・・・ちょっと意外だった」
「え?」
今度は少し、ホッとしたみたいな笑顔。
それを見たとたん。
急に脳裏に鮮烈な記憶がよみがえった。
「ねえねえ、ヒカリちゃんのことさ。ぶっちゃけどう思う?」
「え~なに、いきなり」
「だってさぁ、男子とかいっつもヒカリちゃんのことしか見てないじゃん」
「あ~あの子、目立つもんね。本人は大人しいけど」
「そ。一緒にいると嫌でも引き立て役になっちゃうし」
「普通にしててもなんかじろじろ見られるしね」
「なんか思ってたのと違って、面倒だよね」
話していたのは、中学に入ってすぐに声をかけてくれて、一緒に行動をしていた子達で。
本当はちょっと押しが強い感じで、こっちの都合にお構いなしな感じが苦手だったんだけど、声をかけてもらえることが単純に嬉しくて一緒に行動していた。
でも、自分が居ないときにこんな話をしているところを偶然聞いてしまって。
さすがにショックが隠せなかった。
やっぱり私が居ると周りに迷惑がかかるんだ・・・。
そう思って、その子たちから離れてひとりで行動するようになったとき。
サツキちゃんが声をかけてくれたんだ。
「ねえ、つぎ移動教室だよ? 行かないの?」
その頃、私は人を避けるために、休み時間は自分の席で読書をするようにしていて。
つい、本に夢中になって移動教室に遅れそうになった。
そんなときに声をかけてくれて。
「一緒に行こうよ」
そう言って、手を取ってくれたサツキちゃんは、一緒に行動していた子達みたいに、どこか強引なところもあったけど。
「ヒカリって可愛いね」
陰で人の悪口を言うことがなかった。
最初に一緒に居た子達は、私以外のメンバーのことも、その子が居ないときには悪く言うのが当たり前で。
だけど、ぜったいに本人の前では言わなかったから。
すごく不思議で意味がわからなくて。
一緒に居ると、もやもやすることも多かった。
だけど。
サツキちゃんは違った。
「可愛いって言われるの、好きじゃないの・・・」
「え? なんで?」
「だって、目立つの嫌だし・・・一緒に居る人にも迷惑かかるんだもん」
サツキちゃんはすっごく驚いたみたいに目を丸くして。
「ヒカリって変なこと気にするのね。私、そんなこと考えたこともないわ」
くすくす笑って。
「私も、結構目立つほうだけどね」
そう、自分で言うのもなんだけど、サツキちゃんは私とは違うタイプの美人で。
しかも、いつも堂々としているから、本当に目立つ存在だった。
「見てるだけのやつらは用がなけりゃ無視しとけばいいし、それに・・・」
言いながら少し顔を寄せて、小さい声で。
「ぶっちゃけ、私は自分が美人なのわかってるし、嫌じゃないの。見たいやつはお好きなだけどうぞって感じよ」
自信満々にそう言った。
同じような状況なのに、サツキちゃんと私はぜんぜん違っていて。
いつでも堂々としていて、きらきらに輝いているようなサツキちゃんが、憧れで大好きだった。
同じだったから、サツキちゃんと一緒に居るときだけは、自分のせいで迷惑がかかるなんて思うこともなくなって。
同じだけど、まったく性格が違うからこそ、お互いに一緒に居るのが楽で楽しかったんだと思う。
「それに、ヒカリは見た目もだけど中身も可愛いから、私も見習わなきゃ」
「え?」
「ほら、私って気が強いからさ。ついつい自分の意見を押し通しちゃうし、女の子っぽくないっていうか・・・」
「そんなことない!」
つい大声が出て、サツキちゃんが驚いたようにぽかんとして。
周りの視線も集めてしまって、慌てて小さくなって続ける。
「サツキちゃん、ちゃんと女の子らしいよ。優しいし、気も付くし・・・私、サツキちゃんみたいになりたい」
最初にサツキちゃんが声をかけてくれたのは、私がひとりでいるのを気にかけてくれたからだったし。
それに、例えば具合が悪そうな子がクラスにいると、一番に気付いて先生に伝えて面倒を見てあげたりする
のもサツキちゃんで。
そして、ただ優しいだけじゃなくて、しっかりもしていて。
掃除当番で、黒板消しの掃除を忘れた子が居ると、ちゃんと注意してやり直しさせたり。
私はそういうのに気付いても、注意とかできなくて、あとでこっそり自分で綺麗にしちゃったりしてて。
本当はそういうのってあまり良くないんだろうなって思っても、忘れた子に声をかけるって事ができなかったから。
当然のように声をかけて、文句を言われつつもちゃんとしなさいって相手に言えるサツキちゃんがすごいなって思ってた。
「なんか、ヒカリにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
そう言ったときの笑顔が優しくて、すっごく嬉しそうで。
本当に大好きだった。
だから、いきなり無視をされたとき。
すごくつらかった。
嫌われたのかもって思って、なにが悪かったんだろうって思って。
でも、はっきりサツキちゃんの口から言われるのが怖くて。
結局、サツキちゃんに問い詰めることもできずに、距離を置くことしかできなかった。
だけど。
3年たって、サツキちゃんが今こうして目の前に居て。
自分に対する嫌悪感を感じたりはしない。
怖い、嫌われたくないって気持ちだけで逃げてしまったけど。
もしかしたら自分の勘違いでしかなかったんじゃないかって。
すごく楽観的な考えかもしれないけど、そう思えたから。
「あのね・・・サツキちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「・・・うん」
サツキちゃんは驚いたり苛立つことなく、こっちを静かに見ていて。
ちゃんと私の言葉を聞いてくれる、聞こうとしてくれてることがわかって。
過去の記憶に、怖いっていう感情に、流されてしまいそうな自分を静めることができた。
「3年前・・・私のなにがいけなかったのかな?」
だけど、落ち着いた顔で聞いてくれていたサツキちゃんは、その言葉に本当に驚いたみたいに目を丸くして。
「え?」
「だから、サツキちゃんが私を・・・無視したのって、私がなにかしちゃって怒ってたからなんでしょう? ずっと聞くのが怖くて避けちゃってたけど・・・教えて欲しいの。ちゃんと謝りたい」
ずっと聞くこともできずにいたけど、たぶん、あんなことをサツキちゃんがしちゃうくらいのことを、私が気づかないうちにしてしまったんだって思ってた。
だって、サツキちゃんは本当に優しかった。
理由もなくあんなことをするわけがない。
それに最近よく思うのは、私はたぶんかなり鈍いんだってことで。
ユリちゃんに呆れたような顔をされることも多いし、きっと3年前もそうやってわかってなかっただけで。
原因はきっと自分にあったんだって、そう確信していたから。
サツキちゃんは、私の顔を穴が開くほど凝視した後。
急に両手で顔を覆って溜め息をついた。
「それ、本気で言ってんの?」
「え?」
「ああ・・・ごめん。本気よね。・・・それがヒカリだもんね」
片方の手を下ろして、残した手で頬杖を突くと。
「ホント、変わってないね」
そう言って笑う顔が、すごく優しくて懐かしくて。
「ヒカリが謝ることなんて、ないわよ。っていうか、私が謝るほうでしょ、あれは」
「え? でも・・・」
「待って、とりあえず、ヒカリが謝る必要ないから。
・・・確かに原因・・・っていうか、きっかけはあったけど・・・ヒカリは全然悪くないの。本当に。
・・・私が勝手に八つ当たりしたっていうか・・・拗ねただけだし」
どんどん声が小さくなって最後の言葉が良くわからなくて首を傾げると。
サツキちゃんは、はあっと大きく溜め息をついてから。
「私のほうこそ、ずっと謝りたかった。後悔してたのよ。
・・・最初はちょっとイライラしててしゃべりたくないってくらいだったのに・・・途中から意地になっちゃって、周りに流されて。
・・・あんなふうに口を利かないままになるなんて思ってなかった」
そう言って、サツキちゃんは背筋を伸ばして、真っ直ぐこっちを見た。
真剣な顔にドキッとする。
「あのときは本当にごめんなさい」
目を合わせて謝られて。
びっくりして、慌てた。
「さ、サツキちゃん・・・」
「許してなんて言わない。だけど、ヒカリが悪いんじゃない。私が悪かったの。・・・それだけは間違えないで」
「え、でも・・・」
許さなくていいと言われて、じゃあどうしたらいいのかわからなかった。
サツキちゃんは自分が悪いと思ってるから、そう言ってくれてるんだというのはわかったけど。
さっき「イライラしてしゃべりたくなかった」って言ってた。
きっと、サツキちゃんは優しいから言わないだけで、本当はやっぱりなにかしちゃってたんじゃないかなって思って。
でも、詳しく教えてくれないのは言いたくないからで。
だったら無理に聞き出すこともできない。
納得はいかなかったけど、でも。
「・・・うん、わかった」
言うと、サツキちゃんはホッとしたみたいに笑って。
それを見たら、わかったって答えで良かったんだと思って私もホッとした。
やっぱり、本当は3年前のあのときに、こうしてちゃんと話をしていればよかった。
なのに、私は逃げて、その上、ひとりでも大丈夫って見せるために人との間に壁を作って。
だから、もしかしたら、サツキちゃんが声をかけたくても、かけにくい状況をつくっていたのかもしれない。
気付けば気付くほど、後悔することばかりで。
だけど。
こうして偶然だけど、再会できて、本当はサツキちゃんも後悔してたって知って。
今更、かもしれないけど。
「ねえ、サツキちゃん。私達、友達に戻れないかな?」
3年前、つらかったのは本当。
だけど、それはサツキちゃんが大好きだったからで。
さっき、鮮烈に思い出した記憶。
やっぱり私、サツキちゃんが好き。
嫌われてなかったんだって知って嬉しかった。
だから。
やり直したいって思った。
サツキちゃんはまた驚いた顔になって、こっちをじっと見ていて。
沈黙に、自分の心臓がドキドキするのを感じる。
・・・やっぱり無茶だったかな。
思って顔を伏せる。
すると。
「・・・ホントに、ヒカリって」
くすくすと笑い声が落ちてきて。
え? っと思ったら頭を撫でられた。
上目遣いに見ると、サツキちゃんは満面の笑みで。
「もちろん、ヒカリさえよければ、大歓迎よ」
驚いて、嬉しくて、ばっと顔を上げて。
「本当? 嬉しい! ありがとう、サツキちゃん」
笑うと、サツキちゃんは目を細めて。
「なんか、ヒカリ・・・変わってないとこもあるけど、変わったね」
「え? そうかな?」
「うん、前より・・・明るいって言うか、なんか積極的になった。
さっき、話したいって引き止められたときも驚いたけど、友達に戻ろうって言ってくれるなんて思わなかったから」
嬉しかったって言われて。
前にセイ君にも言われたけど、明るくなったっていうのはあんまり自覚がない。
だけど、積極的になったって言われたことは嬉しかった。
「うん。・・・言わずに後悔するのは、もう嫌なの」
記憶が戻ったときに、記憶をなくしてまで自分が変わりたかったんだって自覚したから。
少しずつでも、変われてきてるなら、本当に良かったと思った。
サツキちゃんとの和解は割とあっさり。
続編で書きたいのはその後の話なので。




