本当の自分での初登校
翌日、今までと同じようにリュウが迎えに来てくれて、一緒に登校する。
お母さんには記憶が戻ったのになんで? って首を傾げられたんだけど。
・・・帰ったら、お母さんにだけはちゃんと言おう。
と、決意をして家を出る。
「あれ? それって・・・」
リュウがすぐに気づいて髪に触れる。
蝶と小花をあしらったバレッタ。
「うん。前にリュウがくれたやつ」
これをつけていたらちょっと勇気が湧いてくる気がして。
本当は、記憶がなくなってはじめて登校したあの日よりも緊張しているくらいだけど。
がんばれるかなって思った。
「良かった。似合ってる。・・・でも、今まで着けてんの見たことなかったから、実は気に入らなかったんだと思ってた」
「え? ちがっ・・・大切だったから」
「え」
驚いたリュウの顔が徐々に赤くなって。
「え?」
言ったことの意味に気づいて、つられる様に赤くなった。
気持ちを伝え合って、恋人同士って関係になったけど、やっぱりなんかこういうのは照れるし恥ずかしい。
お互い赤くなった顔を見返して、更に赤くなって。
「そろそろ行くか。・・・とろとろしてると、早い電車に間に合わねえぞ」
照れを隠すように、ぶっきらぼうな言い方でリュウが促す。
「う、うん」
歩き出したリュウに慌てて足を速める。
でも、学校に近づくと、否が応でも緊張が増してきて。
リュウは私がバカみたいに緊張しているのを、わかってるんだろう。
「普通にしてればいいんだって・・・俺や家族と話すときみたいにさ」
「それは、わかってるけど・・・」
頭でわかっていても実際出来るかどうかは別問題だ。
「大丈夫だって。当たって砕けろって言うだろ?」
「・・・私、砕けたくないんだけど」
睨みつけると、ちょっときょとんとして。
「あれ? 俺、なんか間違えた?」
とか言うから、ちょっとおかしくて、くすっと笑みをこぼす。
するとリュウもホッとしたように頬を緩めて。
「そうやって笑ってればいいんだよ」
そう言って、頭をぽんぽんと撫でてくる。
ちょっと驚いて、でも本当にそんな気がして。
少しだけ緊張がほぐれて、笑顔で学校に向かった。
**********
学校に着いて、まずは職員室へ。
昨日の段階で、学校には記憶がほぼ戻ったことを連絡してはあったけれど。
一応、担任には直接報告するのが礼儀だと思って。
ただ・・・。
担任は相変わらず、興味なさそうな様子で、「そうか、良かったな」と言っただけ。
まあ、これには理由があるんだけれど。
3年になったばかりの頃、この担任の数学の授業中に、黒板に書かれた数式のミスを見つけて。
つい「先生、間違ってます」と言ったのが悪かったみたいで。
どうやら彼のプライドを傷つけたらしくて、それから自分への当たりがきつくなった。
まあ、基本的にまじめで成績も良い自分にそうそう表立ってなにかすることもなかったけど。
授業中にたまに、まだ教えてもらっていない範囲の問題をふっかけてきたり、わざと難しい問題を当てられたりして。
でも、基本的に予習をしているので、問題なく答えてしまって。
それがまた気に食わなかったみたいなのだ。
記憶のないときも、なんだか不信感があったけど。
思い出してみたら、本当に頼りにならないというか、人として微妙だ。
でも、そういうことを忘れてしまうって、本当に怖いなって思った。
皆が心配して一人きりになるなって言っていた理由が今になるとわかる。
自分に悪意を持ってる人のことも忘れちゃうんだから。
「失礼します」
きっちりと頭を下げて職員室を出た後で溜め息を吐く。
廊下で待っていてくれたリュウが、訳知り顔で。
「アイツのことなんてほっとけよ」と言った。
先生をアイツ呼ばわり・・・リュウもいい感情を持っていないことが丸わかりだ。
頷いて教室に向かう。
なんの気負いもなく教室に入っていくリュウに続いて教室へ。
入ったとたん、クラスの男子の一人と目が合って。
「おはようございます」
つい、癖で「ヒカリさま」モードのつくり笑顔と几帳面な挨拶を口にする。
と。
「痛っ」
リュウが突然デコピンをしてきて。
軽かったけど、衝撃で目を瞑る。
「お前な~、その猫かぶりやめるんじゃなかったのか?」
不機嫌そうな声。
でも。
「だからって、なんでデコピンなんかするの!? 暴力反対!」
ムッとして額を押さえ、頬を膨らませて睨みつける。
「・・・俺はもう遠慮しねえって決めたんだよ」
「・・・は?」
いきなり真顔になったリュウにボソッと呟かれて、よく聞こえない。
首をかしげていると、急に声をかけられる。
「ヒカリさん・・・記憶が戻ったって本当ですか」
ユリちゃんだった。
どこか、驚いた表情でこっちを見ていて。
ハッとすると、また教室中の視線を集めていた。
・・・リュウのバカ!
もっと普通に、こっちからユリちゃんに声をかけようと思っていたのに。
睨んでみても堪えてないどころか、なんだか楽しそうに笑っていて。
ムカッとしたけど、今はリュウに気をとられている場合じゃない。
ユリちゃんに向き直って。
「・・・うん、思い出したの。今までいろいろありがとうね。ユリちゃん」
ユリちゃんには本当にお世話になったから、ちゃんと感謝を伝えたかった。
言えた事にホッとして、無意識に笑顔がこぼれる。
自分でもどうにもならない緊張で、ユリちゃんに声をかけられるか不安だったから。
・・・あれ? もしかして。
リュウは私の緊張がひどかったから、デコピンなんてしたんだろうか?
ちらっと横目で見ると、確信犯の笑みで。
本気でデコピンはムカッとしたのに、これじゃ怒れないじゃない。
「でも、ヒカリさん・・・前と違うっていうか、同じっていうか・・・」
混乱したような様子でユリちゃんが言って。
あ~そりゃそうよねって思って。
記憶が戻ったら、きっと私がつくりあげていた「ヒカリさま」に戻ると思っていたんだろうし。
「ヒカリさま」モードの私は誰に対しても敬語で、いつもにこにこ笑ってるのがデフォルトで。
”今”の私とはぜんぜん違う。
どちらかというと、記憶のなかったときの方が今の自分に通じるものがあるだろうから。
「なんか、混乱させちゃってごめんなさい。・・・でも、これが本当の私だから。もう前の自分に戻るつもりはないの」
「・・・本当の?」
困惑したような表情に、やっぱり説明しないとわからないよね・・・と思って、でも、どう説明したものかと迷っていると。
「つまり、記憶をなくす前のヒカリは猫かぶってただけってことだよ」
リュウが助け舟を出してくれた・・・が。
「本当のヒカリは、泣き虫で超人見知りのただのコミュ障・・・痛ぇっ」
いらないことまで言うもんだから、足を踏んで黙らせる。
リュウの非難のまなざしは無視して。
「あの、ね。・・・私、人付き合いが苦手で、ずっと友達とかつくらないって決めてたの」
自分の本音を晒すのは本当はかなり恥ずかしい。
「・・・でも、そんな自分を変えたいなって思って」
逃げたい、やめたいって気持ちが湧き起こる。
だけど。
「だから、その・・・」
これを言わないと先に進めないって、わかっているから。
ごくりと唾を飲み込んで、言葉を続けた。
「ユリちゃん、私と友達になってくれる?」
真っ直ぐ見つめると、ユリちゃんは驚いた顔をしていたけど、こくんと頷いた。
「本当? うれしい!」
声を上げると、ユリちゃんは更に驚いた顔になって。
「えっと、でも・・・私でいいんですか?」
とか言うから、きょとんとする。
「え? ユリちゃんがいいんだけど・・・やっぱり、嫌なのかな?」
不安になって聞くと。
「え、や、そうじゃなくて!」
顔を赤くして慌てた様子で。
「ヒカリさんなら、もっと相応しい人がいるんじゃないかなって思って・・・でも」
ユリちゃんの、ずっと困惑気味だった表情が緩んで。
「なんか、ホッとしました」
言葉通り気の抜けた笑顔に、私も嬉しくて微笑む。
記憶がなかったときに、今の自分は記憶が戻ったら消えてしまうんだろうって漠然と思っていた。
それが不安で怖かった。
でも、もしかしたら。
ユリちゃんも同じように思って、いなくなったら寂しいって感じてくれていたんじゃないかなって。
今の私は記憶がなかったときの私ではないけど。
でも、あのときの自分も自分であることに間違いはなくて。
違うのに同じ・・・ってちょっと自分でも良くわからないけど。
「・・・良かったな」
リュウがホッとしたような声で言って。
見たら、本当に嬉しそうに笑っていたから。
リュウには本当にいろいろ心配かけてたんだなって実感して。
口を開いたら、なんかいろいろ溢れそうだったから。
「うん」
頷いて、微笑んで、リュウの制服の袖を指先でぎゅっと握った。
ヒカリは次話も、もうちょっと頑張ります。