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名門貴族の変嬢  作者: 双葉小鳥
ギルド長の閑話 
90/104

【閑話の閑話】 少女の話

***


 ガンガン、ガタガタと、うるさい音。

 それに伴う喧噪で、今日も叩き起こされたわ。

 もう、気分は最っ低よ。

 わたくしをこのようなところに追いやったあの男が憎い。

 王が、民が、国が憎い。

 でも何より憎いのは……わたくしからなにもかもを奪っていった、あのあばずれ。

 盛大に死ねばいいのに。

 お父様とお母様。

 わたくしの大切な人を【反逆者】として死に追いやったのだもの。

 それぐらい当然よね?


 …………なんてこと。


 ………………考えるわたくしは……もう、壊れているのかしら…………?  


 

「ちょっと! いつまで寝ている気だい?! お客様をお待たせするんじゃないよっ!!」



 ノックもなく扉を開け、けたたましく叫ぶ、ここを取り仕切っている初老を超えた女将さん。

 本当は、もう顔も見たくないわ。

 でも、そう言う訳にはいかないのよね……。



「はい……」

「ふんっ! さっさとしなっ!!」



 再びけたたましく叫んだ後、それ以上にけたたましく扉を閉められた。


 ……この扉、あんなにひどく扱われているのに、悪くならないわね…………。    


 ぼぅっとそう考えたけれど、あまりぐずぐずしていてはまた叱られてしまう。

 わたくしは寝ていた固い寝台から降り。

 昨夜、脱ぎ捨てていた【ドレス】を拾い、広げた。

 ……いつ見ても不愉快にしかならないわね。

 これを【ドレス】と呼ぶのだから、あの女将の気がしれないわ。

 だいたい。

 向こう側が見える薄い布地で、安っぽい装飾。

 おまけに胸とお尻しかまともな布が使われていないものを【ドレス】だなんて。

 頭がおかしいのね。

 まぁ良いわ。

 早く支度を済ませないと……また怒鳴られるわ。  



 ――――――――――――


 ――――――――



 こつんこつんと、薄汚い廊下に響く、床にあたる細くて長い踵の音。

 どうしてこんなにも不安定で歩きにくいもの。

 舞踏会以外でどうして履かなくてはいけないのかしら。 

 まったく。

 平民の考えることは理解できないわ。

 はぁ……。

 いっそ、死ねればいいのに……。

 そっと、首に手を当てた。

 わたくしの首に着けられている犬に着けるような黒い、鍵つきの首輪。

 鍵がなくては外せないもので、一つの条件を組み込め、つけている者を絶対に従わせるもの。

 そして。

 一つしか組み込めない条件に組み込まれているのは、【死亡禁止】ということだけ。

 実に不愉快だわ。

 こんなものがなければ、とっくにお父様たちのもとへ向かっているというのにっ……! 

 思わず噛み締めた奥歯が鳴ったことハッとして、いつの間にか首輪を握りしめていた手を離し、止まっていた足を動かした。

 こうして。

 支度をすませて女将に会ったときに言われた部屋の前についた。

 つきはしたのだけれど――――



「っ…………」     


 ノックをしようとした手が、震え始めた。

 出来るのであれば、今すぐにここから逃げだしてしまいたい……。


(……でも、直ぐに掴まった…………)



 ギリッと再び奥歯が鳴る音がして慌てて過去から目をそらす。

 今はこの部屋に居る、あの男の回し者の話相手を努め。

 お金を巻き上げなければ……。

 わたくしはギュッと拳を握り、扉を叩いて、開けた。



「……失礼します」 

 

 声を掛け、室内に入って扉を閉める。

 今すぐにでも逃げ出したい。

 死んでしまいたい。

 それが頭を過るけれど、必死に理性で留め。

 床を睨む。

 床は廊下同様に薄汚い色をしているの。

 まるで今の己を示すかのようで、いつも不快になる。

 でも今は。

 今だけは、弱さを見せるわけにはいかない……!

 自分自身を鼓舞して、顔を上げ。

 ……見えた相手の髪が、実に憎らしいあの女の髪に良く似た、輝く金だった……。 

 わたくしはこのことに腹の奥底がヒュッと冷えた。

 でも。

 すぐにその冷えは消え。

 ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 男はそんなわたくしを気にせず、頬に触れ。

 何事かを言っているわ。

 でも、聞こえない。

 聞きたくなどない。

 あの女が憎い。

 ただひたすらに……。

 溢れだそうとする怒りを理性で押さえつけた。


 でも、あのあばずれと男、それの取り巻きどもと同じ髪色、瞳。

 それらを見ることがたまらなく嫌。

 ましてやあの人たちに似た顔を見るのも嫌だわ。

 だから、この男を見上げ。

 俯かぬよう顔を上げていることが、たまらなく嫌でしょうがないの。


 でも。

 絶対に俯いたりなんてしないわ。

 俯くなんて、わたくしらしくないの。

 わたくしは他人に弱さは見せない。

 そう、決めているから……。

 だから。

 無の表情は得意よ。

 家族が殺され。

 親類縁者は国を追われ、意見した者は皆殺された……。

 わたくしはもう、【怒り】しかわからないの。

 【憎しみ】しか感じない。


 どうしたら良いのか……わからない…………。



  ―――――――――――


  ――――――――



 ふわりとしていて、暖かい……。

 わたくしの頭を撫でる、これはなにかしら……?

 とても。

 とても優しくて……懐かしい…………。

 …………そうよ。

 お母様。

 お母様の手に、似てる……。

 もしかしたらお父様……?


 ………………どっち……?


 ねぇ。

 お母様、お父様。

 わたくしは……やっと、お二人に会えたのですね?

 嗚呼。

 ずっと、ずっと。

 あいたかった……。 

 今までとてもつらかったの。

 鎖骨の間に【聖女】のあかしたる黒百合をもって生まれたわたくしを、勝手に持ち上げておきながら、他に【聖女】が居たとわたくしを偽物扱い。

 それだけならまだ我慢できたわ。

 でも、お父様たちを『うそつき』って。

 勝手にわたくしの未来を決めておきながら、勝手に潰して。

 お父様を殺し、お母様を殺した。

 叔父様も、叔母様も殺されたわ。


 身に覚えのない罪で……。


 生かされたわたくしはあんな場所に追い込まれて……。

 死のうとしてもあの首輪が私の命をつなぎとめるの。

 不愉快だったわ。

 ……でも。

 もう、いいの。

 お父様とお母様に会えた。


 わたくしは、しあわせです……。



 ―――――――――――


 ――――――――  



 もう聞きなれてしまった、ガンガン、ガタガタと、うるさい音。

 それに伴う喧噪で、目が覚めた。


「ゆ、め……」


 そう。

 夢だった。

 先ほどまで見ていたモノはすべて、夢……。

 その現実に知らず知らずのうちに涙が頬を滑った。

 この日を堺に。

 私はこの優しい夢を、眠ると必ず見るようになった……。



 * * * 


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