【閑話の閑話】 少女の話
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ガンガン、ガタガタと、うるさい音。
それに伴う喧噪で、今日も叩き起こされたわ。
もう、気分は最っ低よ。
わたくしをこのようなところに追いやったあの男が憎い。
王が、民が、国が憎い。
でも何より憎いのは……わたくしからなにもかもを奪っていった、あのあばずれ。
盛大に死ねばいいのに。
お父様とお母様。
わたくしの大切な人を【反逆者】として死に追いやったのだもの。
それぐらい当然よね?
…………なんてこと。
………………考えるわたくしは……もう、壊れているのかしら…………?
「ちょっと! いつまで寝ている気だい?! お客様をお待たせするんじゃないよっ!!」
ノックもなく扉を開け、けたたましく叫ぶ、ここを取り仕切っている初老を超えた女将さん。
本当は、もう顔も見たくないわ。
でも、そう言う訳にはいかないのよね……。
「はい……」
「ふんっ! さっさとしなっ!!」
再びけたたましく叫んだ後、それ以上にけたたましく扉を閉められた。
……この扉、あんなにひどく扱われているのに、悪くならないわね…………。
ぼぅっとそう考えたけれど、あまりぐずぐずしていてはまた叱られてしまう。
わたくしは寝ていた固い寝台から降り。
昨夜、脱ぎ捨てていた【ドレス】を拾い、広げた。
……いつ見ても不愉快にしかならないわね。
これを【ドレス】と呼ぶのだから、あの女将の気がしれないわ。
だいたい。
向こう側が見える薄い布地で、安っぽい装飾。
おまけに胸とお尻しかまともな布が使われていないものを【ドレス】だなんて。
頭がおかしいのね。
まぁ良いわ。
早く支度を済ませないと……また怒鳴られるわ。
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こつんこつんと、薄汚い廊下に響く、床にあたる細くて長い踵の音。
どうしてこんなにも不安定で歩きにくいもの。
舞踏会以外でどうして履かなくてはいけないのかしら。
まったく。
平民の考えることは理解できないわ。
はぁ……。
いっそ、死ねればいいのに……。
そっと、首に手を当てた。
わたくしの首に着けられている犬に着けるような黒い、鍵つきの首輪。
鍵がなくては外せないもので、一つの条件を組み込め、つけている者を絶対に従わせるもの。
そして。
一つしか組み込めない条件に組み込まれているのは、【死亡禁止】ということだけ。
実に不愉快だわ。
こんなものがなければ、とっくにお父様たちのもとへ向かっているというのにっ……!
思わず噛み締めた奥歯が鳴ったことハッとして、いつの間にか首輪を握りしめていた手を離し、止まっていた足を動かした。
こうして。
支度をすませて女将に会ったときに言われた部屋の前についた。
つきはしたのだけれど――――
「っ…………」
ノックをしようとした手が、震え始めた。
出来るのであれば、今すぐにここから逃げだしてしまいたい……。
(……でも、直ぐに掴まった…………)
ギリッと再び奥歯が鳴る音がして慌てて過去から目をそらす。
今はこの部屋に居る、あの男の回し者の話相手を努め。
お金を巻き上げなければ……。
わたくしはギュッと拳を握り、扉を叩いて、開けた。
「……失礼します」
声を掛け、室内に入って扉を閉める。
今すぐにでも逃げ出したい。
死んでしまいたい。
それが頭を過るけれど、必死に理性で留め。
床を睨む。
床は廊下同様に薄汚い色をしているの。
まるで今の己を示すかのようで、いつも不快になる。
でも今は。
今だけは、弱さを見せるわけにはいかない……!
自分自身を鼓舞して、顔を上げ。
……見えた相手の髪が、実に憎らしいあの女の髪に良く似た、輝く金だった……。
わたくしはこのことに腹の奥底がヒュッと冷えた。
でも。
すぐにその冷えは消え。
ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
男はそんなわたくしを気にせず、頬に触れ。
何事かを言っているわ。
でも、聞こえない。
聞きたくなどない。
あの女が憎い。
ただひたすらに……。
溢れだそうとする怒りを理性で押さえつけた。
でも、あのあばずれと男、それの取り巻きどもと同じ髪色、瞳。
それらを見ることがたまらなく嫌。
ましてやあの人たちに似た顔を見るのも嫌だわ。
だから、この男を見上げ。
俯かぬよう顔を上げていることが、たまらなく嫌でしょうがないの。
でも。
絶対に俯いたりなんてしないわ。
俯くなんて、わたくしらしくないの。
わたくしは他人に弱さは見せない。
そう、決めているから……。
だから。
無の表情は得意よ。
家族が殺され。
親類縁者は国を追われ、意見した者は皆殺された……。
わたくしはもう、【怒り】しかわからないの。
【憎しみ】しか感じない。
どうしたら良いのか……わからない…………。
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ふわりとしていて、暖かい……。
わたくしの頭を撫でる、これはなにかしら……?
とても。
とても優しくて……懐かしい…………。
…………そうよ。
お母様。
お母様の手に、似てる……。
もしかしたらお父様……?
………………どっち……?
ねぇ。
お母様、お父様。
わたくしは……やっと、お二人に会えたのですね?
嗚呼。
ずっと、ずっと。
あいたかった……。
今までとてもつらかったの。
鎖骨の間に【聖女】のあかしたる黒百合をもって生まれたわたくしを、勝手に持ち上げておきながら、他に【聖女】が居たとわたくしを偽物扱い。
それだけならまだ我慢できたわ。
でも、お父様たちを『うそつき』って。
勝手にわたくしの未来を決めておきながら、勝手に潰して。
お父様を殺し、お母様を殺した。
叔父様も、叔母様も殺されたわ。
身に覚えのない罪で……。
生かされたわたくしはあんな場所に追い込まれて……。
死のうとしてもあの首輪が私の命をつなぎとめるの。
不愉快だったわ。
……でも。
もう、いいの。
お父様とお母様に会えた。
わたくしは、しあわせです……。
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もう聞きなれてしまった、ガンガン、ガタガタと、うるさい音。
それに伴う喧噪で、目が覚めた。
「ゆ、め……」
そう。
夢だった。
先ほどまで見ていたモノはすべて、夢……。
その現実に知らず知らずのうちに涙が頬を滑った。
この日を堺に。
私はこの優しい夢を、眠ると必ず見るようになった……。
* * *




