第十二話 黒の背中
「死にさらせえぇぇっ!!」
凶悪な顔をさらに凶悪にして、料理長が叫びました。
とても、強烈ね。
私の手が小刻みに震え初めているのよ。
変ね。
さっき――つまり変態の相手――までなんともなかったのに……。
動機がするの。
もうバックンバックンってね。
って。
あ、このままじゃ料理長が変態。
殺しちゃうわね。
つまり、見ているこちらが恥ずかしくなるほどのナルシストが消えて、失せてくれます。
とても喜ばしい事ね!
……じゃなくて!
コレは一応。
そう。
本当は信じたくなんてないのだけれどね。
ルシオとゼシオが聞いた話だと『隣国の第二王子』らしいわ。
きっとその国の重役の方はとても苦労しているのでしょうね……。
その苦労が目に浮かぶようだわ……。
って、それではなくて!
このままでは料理長がお尋ね者になってしまいます!!
それだけは避けなければなりません!!
「っ、やめて。料理長っ!!」
おもわず叫んで、上体を起こした。
でも。
料理長が居るであろう場所は、黒い背中が遮っていたの。
その黒い背中はとても見慣れた物で、その黒い布に覆われた手は、料理長の腕を間一髪のところでつかんでいたわ!
「あぁ、テノール……! ありがとう」
「いいえ、お嬢様。これは当然の事ですよ」
穏やかな声のテノール。
何故かこちらを向きません。
どうしたのかしら?
「…………お嬢様。少し、肌が……」
「あ……。ごめんなさい…………」
私は慌てて布団を引き上げ、テノールの言葉を待つ。
「お嬢様。もう少し、もうほんの少しで良いのです。警戒してください」
「あ、はい……」
呆れではなく悲しみの混じった彼の言葉に、素直にうなずいた。
だって、護身になるようなものを持っていなかった私が悪いんだもの……。
…………テノールを、悲しませたかったわけではないわ……。
「ふぅ……。まぁ、今回の事は俺たちの落ち度です。怖い思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
そう言いつつも料理長の腕を離さないテノール。
若干、押されたり押したりしているように見えるのは、気のせいよね?
だけど。
どうしてテノールが謝るの?
変だわっ!
「っ……テノールは悪くないわっ! 悪いのは……悪いのは、この変態でしょうっ?!」
「うん、本人目の前に『変態』は無いよね。酷いくない?」
「あなたは黙ってってくださいます? 不愉快です。私はテノールと話をしていますのっ!」
「なっ?! ふ、ふ、ふふふ不愉快……?! この僕が?!」
大仰に驚いて見せた変態。
その仕草が実に芝居がかっていて、私の苛立ちをさらにたきつけ、燃え盛ってい憤りが冷たいモノへと変わった。
「当たり前でしょう? 不法侵入して未婚の女性の部屋に侵入だけでなく、寝顔まで見たのですもの。あなたがただの変態なら、今この場で切り殺しているところですわ」
「よし。任せろ」
嬉しそうな料理長の声が聞こえたわ。
でもそれはもちろん。
「ダメよ」
「チッ……」
料理長は舌打ちと共にテノールの腕を振り払ったらしく、テノールが手を下ろしてこちらに振り返った。
こうして見えた料理長はちょうど凶器を腰に巻いている収納のベルト? に、戻しているところだったわ。
ついでに。
料理長は射殺すような視線を変態に向けていたわ。
お願いだから、『暗殺しよう』とかは辞めてね?
「料理長、物騒なことと面倒なことはダメよ? 仮にも……そう仮にも、『隣国の宝』なのだそうだからね? お願いよ」
「……………………良いだろう。今のところは姫さんの顔に免じて止めておいてやる」
「ありがとう」
でもね。
出来れは即答してくれると嬉しかったわ……。
…………まぁ、無理でしょうけど。




