第二話 ずれてないか……?
***
……さて、俺は何をしているのだろうな…………。
と言うか、この娘は馬鹿なのか?
「はい。どうぞ、召し上がれ」
……いや。
したたかなのだろうな……。
…………そうでなければ平気で猛毒のドドウィズ草(葉の欠片を口に入れただけで即死)を乾かしたものを、煮出して茶として出したりはしないだろう……。
「どうしたの? あぁ、このお茶の茶葉? あれはテノールが作ってくれたオリジナルのお茶の葉なのよ。良い匂いでしょう?」
そういって、それを啜る娘。
……さて。
二度目になるが、俺は何をしているのだろうな……。
確か。
二年前に建ち、その館で金をぼったくる怪しげな商売をしている女主人。
それを殺すという簡単な依頼だったはずだ。
例え。
その現場が【攻略不可能の館】と名高いこの館であったとしても。
【攻略不可能の館】の地図など、直ぐに手に入った。
だから人をやり、女主人を殺すように命じていたんだ。
それなのに、だ。
何人やっても帰ってこない。
そしてこの館に送り込んだ者たちの生命反応を示す石は色を失い、黒ずんだ。
このことから、始末されたと判断した。
『これ以上犠牲を出すわけにはいかん』
そう、判断した俺はこの館に入り込んだ。
誰も気づかないように見えた。
だが、数日もすると微量だが劇薬の匂いを持つ男に攻撃を仕掛けられ。
回避するとまた、数日後。
今度は包丁を腰に巻き、古傷だらけな、いかついのが攻撃してきた。
もちろん軽くいなして回避。
その後はいろいろな者に攻撃を仕掛けられたが、無駄な血は好まない。
俺の部下は血を好む者もいるようだが、基本的に仕事と割り切っている。
あぁ、そう言えば。
顔の良く似た男二人は骨があったな……。
「くすっ。思い出し笑いをする人って、スケベなんですって」
正面に座る娘は、菫色の瞳に楽しげな色を浮かべ、口元に笑みを浮かべている。
…………この娘。
やはり、どこかずれてないか……?
平気で猛毒の茶を啜っているぞ……?
………………俺の常識は、正しいはずなのだかな……。
「見つけたぞ。侵入者」
酷く冷たい声。
それと同時に首をはねられそうになったので、それを弾き、攻撃を仕掛けてきた相手を確認した。
相手は、漆黒の髪と瞳を持つ、小奇麗な男。
それの後ろには、いかつい包丁を巻いた男。
それと、顔の良く似た男二人。
背後には大量の人、人、人。
…………これは、詰んだか……?
***
「あら。テノール、料理長、ルシオにゼシオ。皆、どうしたの? お仕事はもう良いの?」
いつの間にかリビングの扉は人で埋め尽くされていたわ。
変ね。
私、バリトンボイスな彼の顔が変に真剣みを帯びなかったら、気がつかなかったわ。
「お嬢様。それはどこで拾ったのです?」
「拾っ……?! 嫌ね、まるで私が捨て猫とかホイホイ拾うみたいじゃない! もう、違うわよ! 後ろを見たら居たの。だからお茶に付き合ってもらっていたのよ? ダメだったかしら……?」
なんか皆の顔が怖いわ……。
そして手から見える暗器とか、剣とか刀とかの凶器も怖いの……。
「皆、そんな物出していたら危ないわ。箒とか、ハタキとか、新聞紙とか……お掃除に必要なものなら大丈夫だから、ね……?」
「お嬢様。お茶の相手に、暗殺者を採用しないでください」
「え? 暗殺者? 誰が? テノール?」
「俺じゃありません」
呆れ顔なテノール。
おまけに。
『チッ。ふざけるのもいい加減にしろよな。この馬鹿娘っ……!』
って、小さく聞こえた気がするの。
でも。
優しいテノールがそんなこという訳ないわよね!
私の聞き間違いかしら?
だいたい、彼は暴言とかそう言うことは言わないのよ?
怒ってたら別だけど……。
優しいのよ、とっても。
「あら? テノール。目の下にクマが出来ているわよ? もう、『ちゃんと休んでちょうだい』って、言っているでしょう?」
「申し訳ございません。入り込んだネズミを徹夜で退治しておりました」
そう言って、私の目の前。
バリトンボイスな親切な方を鋭く睨んだ。
バリトンボイスの男の人は、口元に小さく笑みを浮かべています。
だから考えてみました。
屋敷の皆が必死になって、寝ることすら惜しんで一匹のネズミを追う姿を…………。
……くすっ。
何て面白いのかしら……!
「お嬢様。お嬢様は、こちらに来てから徐々に警戒心が減ってしておりましたが、今は完全に欠落しております。少しは警戒してください」
「あら、何を警戒するの? もうここは、あの国じゃないのよ? だから安心して大丈夫よ」
国中が私が死んだって信じ込んでるって料理長から聞いたし。
【リスティナ・ファスティ】は墓の中。
そしてここは大陸を渡り、大海を越えた大陸。
もう、私を付け狙う黒幕は追ってこないでしょうし。
最初は暗殺者が居たような気もしたけれど、今では皆の顔とか様子がおかしいのが日常で、慣れてしまったもの。
警戒する方がおかしいと思っても変じゃないと思うわよ?
だってこんなに平和なんですもの。
警戒する必要なんて、どこにもないわ。




