第12話 密やかな謁見
学院襲撃事件から数日後――。
卒業式の日に起きた騒動は、表向きには「突発的な魔物の襲撃」として処理され、国王も無事帰還したことで街は平穏を取り戻していた。
そんなある日、グランのもとに学院長からの伝令が届く。
「学院長室に来るように」とだけ書かれた封筒を見て、グランは小さく眉をひそめた。
「……また何か起きたのか?」
「このタイミングで呼ばれるなんて……ただの世間話ではないわよね」
「ふむ。面倒事の匂いがするのう」
セレナとフェンリルもまた、険しい顔をしていた。
学院長室に入ると、学院長は厳しい表情で立っていた。
「グラン君、やはり君たちには陛下から正式な謁見の申し出が届いている。あの事件――卒業式の件だ」
「やっぱり来ましたか……」
グランは小さく息を吐く。
「本来なら城へ招かれるところだが……君の“目立ちたくない”という希望を考慮して、私が一度断りを入れてみた。すると――」
学院長の言葉が終わるよりも早く、部屋の奥の扉が静かに開いた。
質素な衣をまといながらも隠しきれぬ威厳を漂わせる人物――ノア国王、その人だった。
「まさか……陛下ご本人がここへ?」
セレナが驚きに声を漏らす。
「……私も驚いている」
学院長でさえ、わずかに動揺していた。
ノア国王は柔らかく微笑む。
「本来ならば王城にて正式な場で礼を述べるべきなのだが……どうしても目立ちたくないとのことだったのでな。こちらから伺うことにした」
グランは頭を下げながら言った。
「陛下。あの件は、私たちは偶然居合わせただけで……特に功績を求めて動いたわけではありません。これから冒険者として旅立つ以上、目立てばそれだけリスクも増えます。どうか、あの事件は“騎士団が解決した”という形で処理していただけませんか?」
王は一瞬考えるように目を閉じ、やがてふっと笑った。
「……あの混乱を収めた若者が、今こうして目の前にいながら“何もしていない”と主張するとは……本当に面白い」
「本当なんです。ただ、手伝っただけで……」
セレナが言葉を添える。
「私も……グランさんやセレナさんに助けられただけで」
こはるも小さな声で続いた。
王は彼女たちを見渡し、穏やかに頷いた。
「……よかろう。事件の件は、騎士団の活躍として記録に残す。君たちはその陰に隠れる形で……」
「ありがとうございます。あと……一つだけお願いがあります」
グランは真剣な目を向ける。
「ほう?」
王の瞳が細められる。
「これから先、もし私たちが困ることがあれば、その時だけ……力を貸してもらえますか?」
その言葉に、ノア国王は一瞬目を見開き、すぐに破顔した。
「ははっ……それは頼もしい若者の、慎ましい願いだな。――よかろう、困ったときは私が力になろう」
その場にいた全員が深く頭を下げた。
満足げに頷いた国王は、扉へ向かって歩き出す。――しかし、その前でふと立ち止まり、振り返った。
「そうそう、グランとやら……お前さえよければ、将来、うちの娘を娶っても構わんぞ?」
にやりと笑い、何気なく残したその一言。
扉が閉まる音が響いたあと、室内に沈黙が落ちた。
ぽかんとするグランの横で、セレナとこはるの表情が同時に引きつる。
「え……え? グラン、ちょっと。どういうこと……?」
「そ、それって、お姫様と結婚ってこと……?」
「ま、待って!? なんで俺が怒られる流れ!?」
慌てるグランを横目に、フェンリルがしみじみと呟いた。
「ふむ、モテるというのは罪じゃな。南無……」
学院の裏庭には、大きなため息が響き渡った――。




