折衷案
人物紹介
・佐久間喜一郎:『金の咲く木の苗』を売りに来た××師。うるさい
・斎藤頼一:ほぼほぼ巻き込まれたただの一般人。一応佐久間一派の一人
・相澤一颯:佐久間の助手。冷たい
・水嶋文義:『金の咲く木の苗』の購入希望者。おおらか
・水嶋昭子:文義の妻。おおらか
・水嶋和彦:長男。眼鏡
・水嶋双葉:次女。眠たげ
・水嶋由理枝:長女。厚化粧
・水嶋竜也:次男。赤色メッシュの不良君
・水嶋アカリ:三女。高校生
納得をしているのは水嶋夫妻と佐久間さんだけではあったが、この話題の主役だる彼らが納得している以上、外野にどうこう言う権利はなく。三人和やかな雰囲気のまま、着々と『金の咲く木の苗』とやらを購入する手続きが進んでいった。
和やかな会話の横では、歯噛みして恨みがましい目でこちらを睨んでくる一家が。
ストレス耐性が十分でない俺の胃がきりきりと悲鳴を上げる中、いよいよ購入の印鑑を押して契約完了という段になり――不意に、アカリさんが口を開いたのだった。
「佐久間さん。その木の苗、本当に本物ですか?」
問いかけ自体はこれまで通りの難癖だが、口調と表情は先と随分違った。明らかに無理をしている風ではあるが笑顔だし、文句というより純粋に疑問を抱いただけという語気を装っていた。
「勿論ですアカリさん! 心の友でもある文義様、昭子様に偽物を売るはずがないではありませんか!」
契約直前に茶々を入れられたにも関わらず、佐久間さんの様子に変化はない。いつも通りの鬱陶しい笑みを浮かべ彼女に振り向いた。
アカリさんはその笑みを見て一瞬顔をひきつらせたが、「でも、ちょっと気になっちゃって」と可愛らしく続けた。
「佐久間さんは、その木の苗がお金を咲かせたところを見てはいないんですよね?」
「いえ、勿論ございますよ! それはもう目が$マークに成る程大量のお札が飛び交い――」
「でもそれって、今まさにお父さんたちが買おうとしている苗とは当然別の苗の話ですよね。佐久間さんが買う時に、違う、普通の木の苗を渡された可能性もあるんじゃないですか?」
「おお! それはその通りですアカリさん! しかしこの苗の購入先は私が大変信頼している方から買ったものですので、万が一にもそんなことは――」
「でもその万が一のことが起きたら大変ですよね。だって、佐久間さんはその木の苗と、両親の全財産を交換しようとしてるんですから」
俺自身ついさっき知ったことだが、馬鹿げたことに、『お金の咲く木の苗』の価格は購入者の全財産とのことだった。というのも、『お金の咲く木の苗』は人同様に意思を宿しており、購入者が金を咲かすに相応しい人物か見定めを行うのだとか。その見定めをパスするには、自分を誠心誠意育て上げることへの証を示す必要があり、まず自身の全財産を投げうたなければならないのだという。
……だという。
いやほんと、自分で言ってて何だこのクソ詐欺商品はという思いしか生まれないが、とにかくそう言う理由から、全財産が購入額となる。まあ流石に持ち家などがなくなってしまうと育てる余裕も場所もなくなるため、必要最低限は残していいようだが。
いずれにしろ、水嶋さんのようにかなりの資産を持つ人にとって、その額は莫大なものになる。生々しく言えば、優に億を超える額が、一見どこにでもある木の苗に払われるわけだ。
佐久間さんはアカリさんの正論パンチにも動揺することなく、「それはご尤もです。では如何すれば宜しいでしょうか?」と聞き返した。
「別に難しい話じゃありません。その木の苗が実際にお金を咲かすところが見られれば、その時点で代金をお渡しします」
「ああアカリさん! それは先ほども言いましたが叶わないのです! それでは誠意を示すことが足りず、お金を咲かせることは――」
「分かってます。なので、こうしましょう。今この場で、木の苗は購入する。その上で、お金が咲くまで佐久間さんたちにもここに滞在していただけないでしょうか?」
「え!」
予想外の提案に、俺の口から驚きの声が漏れる。
しばらく水嶋家に滞在させられることになりそうで驚いた言うのもあるが、それ以上に彼女の狙いに気付いたから。アドリブ力皆無の俺じゃ、まず考えもしない発案。それでいて、佐久間さん相手にはこれ以上ない効果的な一打である、引き延ばし策に。
「おおアカリさん! その提案は流石に受け入れることが難しいです! 私どもも他のご依頼人との約束がありますので、長期の滞在は出来かねることでして。もちろん皆様ともっと友好を深めたい気持ちはございますが――」
「大丈夫です。長期の滞在にはなりませんから。だって、佐久間さんも見込んでくれた、私の自慢の両親が育てるんです。数日以内には満開のお札が咲き誇ると思いませんか?」
「ええ、それは勿論。ですが――」
「良かった! もしかしたら佐久間さんがうちの両親を心の底では信用していなくて、お金を咲かせるなんてできるはずない。だからそんな提案呑めるかって断るんじゃないかって心配したんですけど、賛成してくれるんですね! あ、安心してください。皆さんのお世話はしっかり私がしますし、当然宿泊費も払っていただかなくて大丈夫ですので。ね、お父さんたちも異論ないでしょ」
にこやかな、されど圧のある笑顔で両親と佐久間さんの顔を交互に見つめる。
水嶋さん夫妻は困ったような、しかしどこか嬉しそうな顔をしながら、「アカリはあんなことを言っていますが、お忙しいようでしたら無理はせずとも……」と口にする。
対する佐久間さんはしばらく真下を向いて肩を震わせた後、テーブルをバンと叩き勢い良く立ち上がった。
難癖をつけられたことに苛立ち、暴れだすんじゃないかと身構える水嶋家の皆々様。しかし彼らの予想は大きく外れ、うちの店長は目を赤く腫らしながら、「感動しました!」と叫び声をあげた。
「か、感動!?」
「はい! まさかご自身の両親の心配だけでなく、私めが騙されているかもしれないことまで心配し滞在を進めてくださるとは! それも宿泊費も払わずお世話までしてくださると! アカリさんはまるで聖母のような方だ!」
「あ、えと、そこですか? しばらく泊まることについてはもう納得を?」
「勿論です! アカリさんの仰る通り文義様ほど人徳に溢れる方であれば数日で満開の札束が咲き誇ることは間違いなし! それを共に見、喜びを分かち合えるというのであれば私にとってもこれ以上の幸せはありませんから!」
「は、はあ……」
「それでは皆様、短い期間とはなると思いますが、数日間滞在させていただきますので何卒よろしくお願いいたします!」
晴れ晴れとした笑顔で、大仰に頭を下げる佐久間さん。
こうして、困惑する水嶋家と、完全に置いてけぼりを食らっている俺は、訳も分からずしばらくの共同生活をすることとなったのだった。