佐久間ホストになる
「え! 佐久間さんが一日ホストですか!??」
日課のキャッチセールスを終え事務所に帰ってきてすぐのこと。相澤さんの口から飛び出た衝撃発言に、俺は思わず叫び声を上げた。
「ええ。依頼主はそこに書かれたホストクラブの従業員。最近ストーカー被害に遭って困っているから助けてほしいそうよ」
テーブルに置かれた名刺を指で軽く二度叩き、相澤さんは依頼に至る経緯を話し出す。
「つい一時間ほど前のことね。酔いつぶれて倒れてた依頼主を社長が拾ってきたのよ。社長いわく、凄く困ってそうだから連れてきたって。で、意識朦朧としながら話してくれた感じだと、お客の一人にガチ恋されて二十四時間三百六十五日監視され続けて心身ともに限界。現状監視されているだけでこれといった被害を受けてはいないから警察にも相談できない。何とかストーキングをやめるよう説得してくれないか、って言うのが依頼内容ね」
「そこは、まあ、分かりました……けど、それでどうして佐久間さんがホストをやることに?」
「簡単な話よ。ストーキングをやめてもらう最も手っ取り早い方法は、他に好きな人を作ってもらうこと。つまり社長がホストとして働いて、ストーカーを惚れさせればいいって話になったわけ」
「なるほど……」
俺は数回首を縦に振ってから、勢いよくテーブルに身を乗り出した。
「いや何考えてんですかその人! 佐久間さんがホストになって女性を惚れさせるとか、天地がひっくり返ってもできませんよ!」
周りの空気を一切読まず、人に嫌われることはあっても好かれることはない、うざさと胡散臭さの権化――それが我らがボスこと佐久間喜一郎だ。
いくら何でも頼む相手が悪すぎる。
俺はソファに座り直すと、頭を抱えながらジト目で相澤さんを睨んだ。
「相澤さんもその時一緒にいたんですよね? どうしてこんな無謀な作戦を許可したんですか?」
相澤さんは数秒目を閉じてから、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「あなたの言わんとすることは、私も十分理解してるわ。だけど、驚かないで聞いてほしいの」
「はあ、なんでしょう」
「いい。社長はね、顔は――いえ、顔が良いの。それも最上級に」
「!!?」
そうだ、すっかり忘れていた。滑稽で馬鹿らしい姿を見慣れ過ぎて今では一ミリもかっこいいなどとは思えないが、佐久間さんは非常に整った容姿をしているのだ。
黙って街を歩いていれば逆ナンされることも日常茶飯事。背も高くスタイルも完璧なため、中身を除けば女性に惚れられる要素しかない。
「つまり、私たちが社長に何を話すか指示して、その通りに動いてもらえれば、まず間違いなくモテるのよ」
「た、確かに……。でも、社長がずっとこちらの指示を聞いてくれますかね? 十秒でも自由に話させたら間違いなく全てのお客から避けられますよ」
「そこは私の腕の見せ所ね。当日までに、どうにか黙って指示を聞くようにしつけておくわ」
「お願いします。間違いなく今回の依頼の成功は相澤さんにかかってますから」
「……あの、お二人って、普段はこんな感じなんですか?」
盛り上がる俺と相澤さんの間に、アカリさんの戸惑った声がはさまる。
瞬時に冷静さを取り戻した相澤さんが、至極真面目な表情で「そんなわけないでしょ」と首を横に振った。
「今日が特別よ。あまりにも的外れな依頼に少しテンションが上がっただけ」
「相澤さんでもテンション上がることあるんですね……。少し意外です」
「私だって人間なんだからテンションが上がるときくらいあるわよ。それより、今回はアカリにも手伝ってもらうわよ」
「え……私も、ですか」
露骨にアカリさんの表情が曇る。
彼女がここ、便利屋佐久間でバイトを始めてから今日でちょうど一週間。これまでは学校帰りの一時間程度、相澤さんの仕事のサポート――主に経理と書類整理――を担当していた。
しかしまあ、その傍らで佐久間さんの仕事ぶりを見る機会は何度かあり。予想通りというべきか、想像していたのとは異なる現実を前に、面接時の初々しい熱意は完全に霧散していた。
だからあれだけ入らない方がいいと忠告したのに。かわいそうではあるが自己責任。助け舟を出すようなことはせず、生暖かい目で見守るにとどめた。
「当然よ。自慢じゃないけど、私もあまり一般的な女性の感性は持ち合わせていないから。私の言葉を直接社長に入力したら、間違いなくどの客も涙を流しながら帰ることになるわ」
「そんなことは、ない……と思いますよ?」
目をそらしながらアカリさんがそう口にする横で、俺は何度も大きくうなずく。
幾度も彼女の口撃を目にしてきた身としては、あまりに容易く想像できる光景。というか相澤さんが人を褒めたり励ましたりしている姿などほとんど目にしたことがない。
客の愚痴を聞こうものなら、慰めや励ましといった甘い言葉でなく、容赦ない正論暴力による公開説教が始まることだろう。
などという不敬な考えは筒抜けなようで、相澤さんから背筋の凍る絶対零度の視線が飛んでくる。
慌てて俺も顔をそらすと、彼女は溜息を吐いてから話を戻した。
「とにかく、私一人のサポートじゃ社長をホストとして活躍させることは無理よ。しつけは私が担当するから、あなたたち二人には社長への会話指示をしてほしいの。お願いできるかしら」
「自信はないですけど」
「仕事なら、まあ」
俺とアカリさんは顔を見合わせ、お互い諦観した表情で頷いた。




