深夜の訪問
「どうしてここにいるって知ってるの」
「えと、谷上さんに聞きまして」
扉を僅かに開き、警戒した表情で万里さんが顔をのぞかせる。
時刻は二十三時。人によっては寝ていてもおかしくない深夜に女性の部屋を訪問するという非常識行動に、やや縮こまって頭を下げた。
「その、どうしても万里さんに聞いておきたいことがあって。夜遅くに失礼かとは思ったんですけど」
「ふーん。まあ取り敢えず入りなよ」
「え、いいんですか?」
「何? ここで立って話したいの?」
「できたら中がいいです」
「じゃあ早く入ってよ」
警戒した様子だった割には、あっさりと部屋の中に通される。
深夜に詳しく知らない男を部屋に上げることに抵抗はないのだろうか。実は彼女が護身術を習っていて、俺程度なら余裕で返り討ちにできる自信があるとか。
しかしほっそりとした彼女の体を見るに、流石に力で負ける気はしなかった。
部屋の中は片付いており、催しの際に宣言した通り、この館から帰るつもりでいることが窺えた。
万里さんは俺に椅子を勧めてから、自分はベッドの上に座り込んだ。
「で、聞いておきたいことって何? 特にあんたに話すようなことないんだけど。それとも佐久間に何か聞いて来いって言われたわけ?」
「いや、佐久間さんは関係ないです。単に俺が気になっただけで」
「でしょうね。あいつなら聞きたいことは全部自分で聞くだろうし」
こちらが素の表情なのだろう。寝る気はなかったのかまだメイクは施されているが、表情や態度はこれまでと別人。漫画の世界の住人から、少し擦れた反抗期の女子高生といった印象に。
今の彼女なら本音で話してくれる気がして、単刀直入に質問した。
「催しでのことだけど、本来はどんな予定だったんですか?」
「うわ、めっちゃ直球の質問じゃん」
万里さんはけたけたと楽しげに笑う。それから悪戯な笑みを浮かべ、「いいよ。全部教えてあげる」と言った。
「もう予想ついてると思うけど、あたしたち三人で予言が成功するよう仕組んでたの。その予言っていうのは、クラフトが言ってた土砂崩れのことね」
「土砂崩れの件は本当に? それだって起きるかどうかわからないと思いますけど」
「起きるのよ。てか、起こすのよ」
万里さんはパタパタと無防備に足を揺らしながら、なんてことないように言う。
「予知能力者はざっくり二種類に分かれるの。50%当たる予知をする人と、100%当たる予知をする人。クラフトも玉藻も後者だから」
「それって、絶対に当たるように仕込みをしてるってことじゃ……」
「そ。具体的な仕込みについてはクラフトがメインだったから、あたしも詳しいことは知らないんだけどね。ちなみに明日雨が降るってのもクラフトが言ってること。あいつ気象予報士の資格持ってるし、天気については自信あるらしいのよね」
「ええ……」
気象予報士の資格ってかなり難易度高くなかっただろうか? それだけの才能と努力ができるなら詐欺師なんて選ばなければいいのに。
それはそうと、問題はここからだ。
「それで、何がどうして玉藻さんは明日人が死ぬなんて言い出したんですか? 直前に何か揉め事でも起きました?」
万里さんは笑みを潜め、肩をすくめて天井を見上げた。
「それがあたしにもさっぱり分かんないのよ。佐久間と会話するっていうストレスは勿論あったけど、私たち三人の関係は良好だったし。だからあたしもろくに反応できず固まっちゃってさ」
「つまり玉藻さんの完全な独断専行だったと」
「そ。しかも発言者と内容が最悪すぎて、悲鳴上げなかっただけ自分を褒めてあげたいわ」
「100%当たる予知能力者の、人が死ぬ予知はまあ最悪ですね」
「自分から誰かが死ぬ仕掛けをしましたって宣言みたいなもんだからね」
やってられないという風に、万里さんは大きく腕を伸ばす。
まるで他人事。俺は危機感を抱いて身を乗り出した。
「玉藻さんが誰を狙っているか分からないんですか? それか今からでも予言を変えてもらう方法とか」
「ムリムリ。取り下げるくらいならそんなこと言わないし。もちろんあたしにも誰を狙ってるかなんて分かるわけないし。てか、何考えてんのかもさっぱりだし」
「……その割にはかなり余裕に見えますけど。自分が狙われているかもって不安はないんですか?」
「ないことはないけど、そのために身を引いたわけだから」
会話に飽きてきたのか、万里さんは小さなあくびを挟む。
やはり危機感が薄いように感じ、不安が増す。
「何考えてんのかわかんないって言ったけど、お金目的なのは間違いないだろうからさ。審査から降りて部屋に引きこもった私を殺す意味も方法もないでしょ」
「……本当にそうですかね。予言を成功させるために、最も殺しやすい、油断している人を狙う可能性もあると思いますけど」
「何それ。私が殺されるって思ってるの」
眉間にしわを寄せ万里さんはこちらを睨みつける。
俺はワタワタと手を振って否定した。
「そんなつもりはないです! ただ多少は気を付けた方がいいんじゃないかって」
「……あんたまさか、玉藻に何か吹き込まれてここに来た? そうやってあたしのことを誘導しようとしてる?」
「誤解です! 俺はただ万里さんのことが心配だったから――」
「出てって」
無表情でベッドから立ち上がった彼女は、無理やり俺を部屋の外に押し出す。
これは対応を間違えた。そう後悔するももう遅い。
万里さんは問答無用で俺を部屋の外に追い出すと、すぐさま扉を閉め鍵をかけた。
誰もいない、静寂に包まれた廊下で一人立ち尽くす。
俺は近くの壁に背中を預け、ぼんやりと思考に耽った。
全く収穫がなかったわけじゃない。ある程度予想のついていたことだが、万里さん達の計画について言質を取ることができた。それに疑われてしまったが、多少の危機感を抱いてもらうことにも成功したはずだ。
これで彼女の身が絶対に安全、とは言い切れないが、何もしないよりはましになったと思いたい。
緊張が解け、一気に疲れが押し寄せる。
さて、これからどうするか。
アリスさんへの返答は保留にしている。相澤さん曰く彼女の発言は嘘ばかりとのことだから、俺が一緒にいてあげる必要はないかもしれないが、玉藻さんの狙いが分からない以上彼女が安全である保障もない。
一緒に夜を過ごすかはともかく、もう一度声掛けくらいはした方がいいか。
そう考え、俺は彼女が泊っているという606号室に向け歩き出した。




