嘘だと分かればなおさら
「失礼します」
催しからおよそ三十分後の二十二時ごろ。
扉をノックする音が聞こえアリスさんが部屋にやってきた。
夕食時とは服装が変わっており、今はふんわりとした質感の寝間着を着ていた。
それがまた彼女の艶めかしさを増しており、自然と顔が熱くなるのを感じる。俺はできるだけ彼女の顔を見ないようにしながら、部屋の中に上げた。
彼女と二人きりで夜を過ごすのはどう考えても理性が持つ気はせず、俺は早速本題を切り出した。
「それで、話って何ですか? あと、俺からも聞きたいことがあるんですけど構いませんか?」
「ええ勿論。まずは斎藤さんからお話しください」
顔だけでなく声にも抜群の破壊力がある。
うっかり押し倒してしまいそうになる体を小心者の精神で押しとどめ、「じゃあ聞きたいんですけど」と口火を切った。
「どうして、あんな嘘をついたんですか?」
「嘘とは、何のことでしょう?」
「俺の持ってきた『未来が視える水晶』が本物だといった件です」
あの水晶に未来を視る力があるかどうかはこの際置いておく。問題は、仮に水晶に何かが映ったとしても、それを未来の光景と断じることはできないという点だ。
彼女はいったい何を視たのか。単に嘘をついているのならその意図は何なのか。それがずっと気になっていた。
アリスさんは優雅に手を組みながら、「そのことですか」と笑った。
「嘘をついたつもりはありません。本当に未来が視えたから本物だと言ったまでです」
「何を視たのか知りませんけど、それが未来のことだとどうして――」
「私は明日死ぬんです」
「は!?」
あまりにも予想外のことを言われ、俺は思わず顔を上げ彼女の顔を見つめた。
何を考えているのかさっぱり読めない、自然な笑顔。
冗談を言っているようには見えないが、悲壮感も見られず、自分の発言を理解しているのか訝しく感じる。しかし彼女はそのままの口調で、さらにとんでもないことを言い出した。
「実は私も未来を視る力があるんです。まあ昔の話で、今はもうありませんが」
俺は無意識にポケットに手を触れながら、「本当ですか?」と呟いた。
「本当です。そして最後に視た未来の光景が、私がこの黎深館で殺されている姿でした」
「……まさかその未来が本物かどうか確かめるために、未来予知ができる人たちを集めていた、とか」
「まさしくその通りです。ただより正確に答えるなら、その未来を変えられる方を探していたのです」
「それは、どういう?」
あまりにも非現実的な話を当然のように語られ、頭が痛くなってくる。
一方アリスさんにとってこの話題は世間話と変わらないらしく、淀みなく言葉を紡いでいた。
「私が視た未来では既に私は殺された後であり、いつ、だれに、どのように殺されたのかは分かりませんでした。ですから、その未来が訪れる前に再度予知を行い、犯人や原因を特定し、私が死ぬ未来が防げればと考えていました」
「……なるほど」
混乱した頭で、ここまでの会話を整理する。
アリスさんはかつて予知能力者であり、その力で自分が黎深館にて殺されることを予知していた。その予知を信じた彼女は、別の予知能力者に死ぬ直前の未来を予知してもらうことで、自らが死ぬ未来を変えようと考えた。そこで集められた予知能力者が俺たちだった、というわけだ。
こうしてまとめてみると、そこまで矛盾のある論理展開ではない。予知を信じているという一点を除けば。
「ご納得いただけましたか?」
アリスさんが小首を傾げ尋ねてくる。俺は慌てて顔を俯かせ、何度も首肯した。
「おかげさまで、いろいろと気になっていたことが解消しました。未来を視る力を本当に欲していたのは英樹さんじゃなくアリスさんだったんですね。むしろ英樹さんはそこまで予知を信じていない。だから催しの際もあまり興味がなさそうだったし、専門家である有馬さんでなく娘であるあなたの意見を優先した」
「ええ、その通りです。お父様は私に対してとても甘いけれど、予知については信じてくださらなくて。ただ私が満足するように、こうして予知能力者を集めてくださったのです」
俺みたいな三流以下のセールストークでも、英樹さんが購入を決意した真相が明かされていく。彼からしたら、娘を満足させてくれさえすれば誰でもよかったわけだ。そして当然、人数は多ければ多いほど確率が上がる。
どんな巡り会わせか、俺は彼の需要に応える商品を提案してしまったわけだ。
「いや、ちょっと待って。それで君は俺の持ってきた水晶が本物だと判断したわけだよね」
「はい」
「それってつまり、あの水晶に、君がかつて予知したのと同じ未来が映ったってこと?」
「ええ。私がこの館で死んでいる光景が、はっきりと映りましたわ」
驚愕して固まる俺の前で、アリスさんはどこか恍惚とした笑みを浮かべる。
そしておもむろに俺の手を握りしめ、「だから、私からのお願いです」と、脳を蕩けさせる声で懇願した。
「斎藤さん。どうか私のことを守ってください。明日が終わるまで、私のそばにいてくれませんか?」
「それで、どうでした?」
『真っ黒よ。真っ黒』
最後に気になることを告げ、アリスさんが部屋を去ったあと。
俺はポケットから取り出した通話中のガラケーをテーブルに置き、早速相澤さんに語りかけた。
「真っ黒っていうと、未来予知の話とか俺に守ってほしいとかって話、全部嘘だったと?」
『嘘ね。アリスだっけ? いかにも過ぎる胡散臭い名前だけど、その名に恥じない大嘘つきよ』
先に語った内容からアリスさんのことを疑っていたこともあり、俺は事前に相澤さんに連絡を取っていた。対面での語りでは彼女の色香にやられて冷静に考えられなくなる危険性があったため、嘘を暴くというより、客観的な意見を求めたくて彼女には通話待機してもらっていた。
そんな中での彼女の判定だが、アリスさんは大嘘つきとのことであった。
「でも、全部嘘だとするとまたよく分からなくなりませんか? 全部嘘ってことは、彼女自身未来予知を信じてないってことですよね? そしたら俺たちを呼んだ理由もなくなるというか」
『そこまでは知らないわよ。私はあくまで相手が嘘をついているかどうかしか分からないもの。その本心まで探る力はないわ』
「あ、すいません」
険のある声を聞き、反射的に謝罪の言葉を飛ばす。
通話越しに彼女のため息が聞こえた後、『当然他にもっとやばい理由があるってことでしょ』と告げられた。
「もっとやばいって、例えば?」
『皆殺しよ皆殺し。自称予知能力者とかいう社会のごみを秘密裏に消そうとしてるのよ』
「いやいやいや、いくら何でもそんな物騒なこと考えてないでしょう。それに皆殺しが目的なら、あんな催しなんてやる必要ないですし」
『それもそうね』
相澤さんはあっさりと自説を取り下げる。
流石に今のは冗談だったかとほっとしたのも束の間、
『ああだけど、彼女の去り際の言葉は真実だったわよ』
「去り際の言葉って、それって……」
『ええ。明日、万里って詐欺師も殺されるかもしれないって話。あれだけは嘘じゃなかったわ』
彼女はそんな爆弾発言を投げ込んできた。




