表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詐欺師佐久間の骨董販売奇譚  作者: 天草一樹
Episode2:未来が視える水晶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/37

催しの終幕

「そんな悲しいことを仰らないでください!」

 唐突に、喧しい悲哀の声が響き渡った。

 声の主は言うまでもなく佐久間さん。いまだ痛そうに口を押え、目から涙を流しているが、喋る力は取り戻してしまったらしい。

 場にいる全員からうんざりした視線が向けられるも、本人はまるで気にした様子もなく。

 体をくねらせながらもぞもぞと万里さんに近づくと、「私たちは友人ではありませんか!」と意味不明なことを絶叫した。

「未来を視る力を持つ万里さんの苦悩を、私のような凡人が理解することなど到底できるはずがありません! これまでに一体どれだけの悲劇と苦難を乗り越えその考えに至ったのか……想像するだけで涙が溢れて止まらなくなります! ですからこれはあまりにも身勝手で、苦悩を知らない稚児の考えであることは承知しております――が! それでも! 私たちは決して知らない仲ではない、酒を酌み交わし喜びを分かち合った友人同士ではありませんか! ブラジルにいる決して出会うことのない誰かでも、道でたまたますれ違った誰かでもなく、交流を持ち友情を培った友の死はあまりにも受け入れ難いものです!

 万里さん! どうか、今だけ、この場だけでよいので、明日何が起きるのか視てはいただけませんでしょうか! 私はこの場にいる誰にも死んでほしくはないのです!」

「……うざ」

 数秒の静寂ののち、万里さんは無表情になりぼそりと呟いた。

 佐久間さんがその言葉に反応するより早く、万里さんは笑顔を振りまき頭を下げた。

「ごめんなさい! やっぱりここでは万里眼を使いたくないので部屋に戻らせてもらいます! 審査も不合格ってことで構わないので! 駅まで送る準備ができたら呼びに来てください! それじゃあ失礼します!」

 授業終わりの学生のように輝かしい笑みを浮かべ、万里さんは颯爽と部屋から出て行ってしまう。

 あまりにも堂々とした姿から、誰一人として呼び止めることもできず彼女を見送る。

 万里さんがいなくなってもしばらくは誰も声を発せず。やがて、玉藻さんが口火を切った。

「急に帰るなんて、あの子の我儘には困ったものだね。それはそうと有馬さん、審査の方はどうするんだい。うちもクラフトも明日起こることを予言したわけだけど、まだ何かここですることはあるかい?」

 はっとした様子で目を瞬き、有馬さんは顎に手を当てた。

「……いえ、お二人とも十分に具体的な予知をしていただきましたので大丈夫です」

「ふうん。具体的に誰がいつ死ぬとかっていう追加情報はいらないのかい?」

「いりません。そこまで聞いてしまったら、そのせいで未来が変わったと言い訳されてしまうでしょうから。それとも、既に未来は変わりましたか?」

「安心しな。うちが視た未来は絶対だ。変わることなんてありえないから」

「……そうですか。では水鏡さん、私の方は明日結果が出てから改めて判断したいと考えますが、何かご要望はありますか?」

「大丈夫です。有馬さんの思うとおりに進めてください」

 ここまで事態を静観していた英樹さんは、あっさりそう告げた。

 既に俺の持ってきた水晶があるからか。あまり二人の未来予知に興味を抱いているように見えない。

 いや、それ以前に。なぜ彼が今も冷静にしていられるのか理解できない。

 自分の未来予知は絶対に当たると告げる女性が、明日三人死者が出ると言ったのだ。これがどれだけ恐ろしいことか、まさか分かっていないはずもないと思うのだが。

 そんな俺の気持ちとは裏腹に、淡々と催しは終了へと向かっていく。

 万里さんに逃げられたことを理解した佐久間さんが、また喧しく話し出しているが、俺を含め全員がスルーする。

 俺も考えをまとめたくて、一人になりたくて、ひとまず部屋を出ようとする。しかし部屋を出る直前、アリスさんに呼び止められた。

「斎藤さん。この後、少しだけお時間よろしいですか? 二人だけでお話したいことがあるのですが」

「ええと、構いませんけど」

 見ているだけで生気を奪われそうな美しさ。今の疲弊した心身を考えると、正直話したい相手ではなかったが、断る勇気は湧いてこなかった。

 それに、聞きたいことがあるのはこちらも同じではあったから。

 アリスさんは脳を支配するかの如き蠱惑的な笑みを浮かべ、「それでは少し準備してから、お部屋に伺いますね」と耳元で囁いた。

 直前まで思考していたことが全て弾け飛びそうになる。

 血が滲むほど拳を強く握りしめ理性を保ち、俺はなんとか頭を下げる。

 ここでまた彼女の顔を見たら理性が崩壊する。本能がそう告げていたため、頭を下げたまま俺は部屋を出た。

 扉を閉め廊下に一人だけに。

 やけに久しぶりに感じる静寂。

 深呼吸して高ぶった心を落ち着かせていると、不意に視線を感じた。

 そちらに顔を向ければ、あるのは巨大な鏡に映った自分の姿。

 この館に来てからというもの、やけに鏡が気になってしまう。これだけ大きく立派な鏡はあまりないから、その存在感を強く感じてしまうのだろうか?

 いろいろなことが起こり神経過敏になっているのだと自分に言い聞かす。

 頭をクリアにするために、アリスさんが来る前に一度シャワーでも浴びよう。そう決めて、俺はふらふらとした足取りで部屋まで戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ