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詐欺師佐久間の骨董販売奇譚  作者: 天草一樹
Episode2:未来が視える水晶
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夕食会直前

 その後しばらく有馬さんと会話を続けていると、谷上さんが今後の予定を告げにやってきた。

 外の景色が見えず気付いていなかったのだが、時刻は既に午後六時。完全に日が沈み自力で帰るのは不可能な時間になっていた。

 ほんの少しだけ寝たつもりだったが、想像以上にぐっすり寝てしまったらしい。

 それはそうと今後の予定について。

 谷上さん曰く、夕食の時刻は午後七時から。場所は一階の食事処。当館にいる全員で食事を取ったのち、八時ごろからお待ちかねの催しタイムとのこと。商品を忘れずに持ってきてほしいと念を押された。

 商品を持ってくるのと、身だしなみを整えるため、いったん二人と分かれ部屋に戻る。部屋にはシャワーが備え付けられており、せっかくなので全身を軽く洗い、身も心もすっきりさせた。

 濡れた体をタオルで拭きながら、俺は今後の動きに思いを巡らす。

 未来予知能力を自称する三人の詐欺師。佐久間さんの乱入により俺への誘いは有耶無耶になったが、彼ら三人はまず間違いなく協力して未来予知の演出を行ってくるはずだ。

 こちらはそれを暴きたいわけなのだが、正直何をしてくるか読めない。

 ぱっと思い浮かぶのは三人が互いの行動を予知し、さも当たったかのように振舞うとか。ただこれはあまりに単純すぎるし、俺の存在が邪魔すぎる。俺が一言「彼らは共謀して嘘をついています」といえばご破算になりかねない。

 詐欺行為をしている時点で頭がいいとは言えない気がするが、悪知恵は人一倍働くと考えて間違いないはず。俺がすぐに思い浮かぶようなしょぼい細工はしないように思えた。

「……まあ、考えても仕方ないか」

 思考を打ち切り、身支度を整える。

 そもそもこの場には佐久間さんがいるのだ。どれだけ綿密な計画が立てられていようとも、あの人がいる以上すんなり事が運ぶわけがない。

 場が混乱している間にじっくり考えれば、何かしら解決策も思い浮かぶはず。

 だから大丈夫。気負わずとも俺ならやれる――と考えていたのだが。

「ああ頼一さん! ようやく来ましたか! 既に宴は始まっていますよ!」

「少し目を離したすきに何が起きた……」

 『未来が視える水晶』を持って食事処に入った俺の前には、詐欺師三人と仲良く酒を交わしている佐久間さんの姿があった。

 昼間に再会した時はあれだけ罵声を浴びせられる関係だったのに、どうして楽し気に談笑しているのか。常識的に考えてあれだけ嫌悪してくる相手と友誼を結び直すとか無理に決まって――まあ、佐久間さんは例外か。

 一瞬自分の目を疑ったものの、この人ならあるかとすぐに考えを改める。

 冷静になった頭で改めて詐欺師たちの表情を観察すれば、皆どこかしら不自然さが見て取れた。佐久間さんの手が無遠慮に触れた瞬間や、「やはり友情は素晴らしいものです!」などと宣う度に体のどこかがピクリと反応している。

 これはだいぶ無理してるなあ、などと他人事な感想を抱きながら、俺はそそくさと彼らから距離を取った。

 上機嫌な佐久間さんの相手などしていたら、本題に入る前に体力が尽きてしまう。

 万里さんが恨めし気な視線を向けてきた気がするが、気付かないふりをして別のテーブルに向かう。

 勝手に宴を始めている佐久間さん達から分かるように、各テーブルの上には既に高級そうなお酒や豪勢な料理が並べられていた。

 黒い小さな粒、おそらくキャビアの乗ったクラッカーをつまみながら部屋を見回す。有馬さんの姿も依頼主の姿も見えない。正式な夕食会の開始まではもうしばらくかかるようだ。

 ちらりと佐久間さん達の方に視線を向ける。詐欺師三人は佐久間さんの相手に四苦八苦しており、俺に気を回す余裕はなさそうだった。

 念のため部屋に何か仕掛けられていないか調べておこうと、ふらふら部屋の中を歩き回る。しかし軽く見回った程度でわかるほど雑な仕掛けは見当たらなかった。

 諦めて食事を楽しむかと手近な席に腰を下ろそうとした直後、扉が開き依頼主と有馬さんが姿を現した。

 久しぶりに見る依頼者の姿は、記憶にある姿とかなり違っていた。駅で会った時はもっと普通というか、どこにでもいるくたびれた老人に見えた。しかし今、部屋に入ってきた依頼主は、黒いローブを身にまとい、矍鑠とした佇まいに鋭い目つき、思わず頭を下げてしまいそうになる威厳を放っていた。

 RPGに登場する魔王のような出立ちに、俺を含め招待客は圧倒されて静まり返る。ただ一人、佐久間さんだけは「おお! 素敵なお召し物を着たご老人ですね! もしや、いえ、もしかしなくとも彼が件の依頼人様ですね! さっそくご挨拶に伺いたいところですがまずはご夕食が先でしょう! と、皆さんなぜ急に静かに――」と騒がしくしているが、誰も反応しないためめちゃくちゃ浮いている。とても恥ずかしい。

 依頼主は佐久間さんを完全に無視して、ゆっくり会場を見渡す。

 それから一歩前に出ると、厳かに口を開いた。

「皆さん、本日は良くお集まりくださいました。私のわがままを聞き入れ、当館まで来ていただけたこと心よりお礼申し上げます。私にはどうしても、皆さんが持つ未来を視る力が必要だったもので。あまり知らない私の館まで来いなどと、不躾なお願いをしてしまいました」

「ぶ、不躾なんてとんでもありません! むしろ大変光栄なことで――」

 少しでも気に入られようとしてか、万里さんが畏まってお礼の言葉を口にする。しかし依頼主から圧のある視線を向けられ、ピタリと口を閉ざした。

「ご迷惑でなかったなら何よりです。しかし、この会がお互いにとって有意義なものになるかは、これから決まること。そのお言葉は、本日の催し後に改めて聞かせていただきます」

 予想はしていたが、未来予知の力が偽物だとばれればすんなり帰してはもらえなさそうな気配。一刻も早く事実を告げ辞退したいが、流石に今は言えるような雰囲気じゃない。

 なんとか催し前には告白してしまいところだが――

「はい! 一つ、いえ二つ質問よろしでしょうか!」

 誰から見ても質問する雰囲気でない中、いつものごとく全く空気を読まない佐久間さんの声が響き渡る。

 依頼主は万里さんに向けたのと同様の高圧的視線を注ぐが、むろん佐久間さんにそんなものが通じるはずもなく。仕方なしといった様子で「どうぞ」と質問を許可した。

「ありがとうございます! それでは一つ目ですが、あなた様のお名前は何と仰るのでしょうか!」

「……」

 依頼主は一瞬俺をちらりと見てから、「そう言えば教えていなかったかもしれませんね」と呟いた。

「私は水鏡英樹みかがみひできと申します。改めて、本日はよろしくお願いします」

「私めは佐久間喜一郎と申します! こちらこそ本日は宿泊の許可を下さりありがとうございました!」

 この場には似つかわしくない明るすぎる挨拶。

 周りにいる詐欺師たちも呆れた表情を浮かべているが、佐久間さんは気にしない。深々と下げていた頭を上げると、「それではもう一点お尋ねいたします!」と勢いそのままに質問を続けた。

「そもそもの話ですが、本日はどのような集まりなのでしょうか? 頼一さんからは商品引き渡しのための訪問とうかがっていたのですが、このような豪華な夕食に加え、この後には商品のプレゼン大会なる催しもあるとか。もしやですが、催し次第では購入していただけない可能性もあるのでしょうか?」

「ええ、そうなりますね。私が欲しいのは『未来を視る力』ですから。ないと分かれば買うことはありません。ああですが、前金については返却されずとも構いません。そちらは交通費としてお納めください」

 水鏡さんの言葉を聞き、微かに安堵した様子を見せる者がちらほら。ただ、佐久間さんは前金についてはあまり興味がないらしく、「おお、太っ腹ですね!」とだけ述べ、疑問を呈した。

「ところで一体どのようにして『未来を視る力』があると判断するのでしょうか? もし十年先の未来しか視ることのできない力であった場合、それは判断のしようがないと思いますが」

「ふむ。それは君の、いや頼一君の持ってきた水晶についての話かな?」

 顎を撫でながら水鏡さんが問い返すと、佐久間さんはすぐさま首を横に振った。

「そんなことはございません! 今のはあくまで一般論を語っただけで――」

「まあそうした判断については、専門家を呼んでいますからね。彼に一任していますよ」

 佐久間さんの言い訳を遮り、水鏡さんは有馬さんを手で示す。

 途端に全員の視線が彼に集中する。その視線のどれもが好戦的で、人によっては怯んでしまいそうなものだったが、有馬さんは一切臆することなく一礼した。

「はじめまして。幽霊や超常現象といったオカルトの真実を暴く配信を生業としています、有馬瑞樹と申します。この度は皆さんの未来予知が本物か否か判定するために参りました。おそらく皆さんの期待には沿えないと思いますが、ご容赦いただけますと幸いです」

「へえ」

 想像していた以上に、有馬さんは大胆不敵な自己紹介を行う。そんな挑発をすれば当然だろうが、詐欺師たちの表情により獰猛さが宿る。

 今にも激しい言い争いが始まりそうな一触即発の雰囲気。

 こういう時こそ佐久間さんの一切空気を読まない発言で場を破壊してもらえれば――と視線を向けると、

「……?」

 佐久間さんはこれまで見たことのない、不可思議な困り顔で大きく首を傾げていた。


定期的に文章力が低下する癖を直したい。

……文章力高い時期とかあっただろうか?

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