嫌われ者
「協力、ですか?」
着物越しでも伝わってくる豊満な感触と、バニラの甘い香り。鼓膜を震わす囁き声は、脳をドロドロに溶かす快楽物質に溢れていた。
理性がぶっ飛び、飛行機が離陸する直前のような爆音を心臓が奏で始める。
彼女の手はゆらゆらと俺の全身をまさぐりながら、ねっとりとした声で耳をくすぐる。
「そう、協力。今夜の催しで、それぞれ話す内容を決めておくの。うちらの力が本物だと分かりやすく示すために」
「いや、でも、それは良くないんじゃ……」
「別に嘘をつくってわけじゃないさ。うちらの能力や道具はちゃんと本物だから。でも、未来予知が正しいことを証明するには、どうしてもちょっとばかり時間がかかる。だからその手間を省きたいと思ってね」
「手間を、省く……」
「そう。未来予知は本物なのに、それを信じられない、信じてもらえないなんて、どっちにとっても不幸だろう? だからみんなを幸せにするために、一芝居打つのさ」
「みんなを幸せにするため……」
頭がぐらぐらする。
何か間違っているはずなのに、何が間違っているのかわからない。嘘は良くないことだ。でもみんなを幸せにする嘘というものも確実に存在する。ここで、未来予知があると思わせることは、誰にとっても幸せなことなのか?
自分の判断に自信が持てず、俺はすがる思いで視線をさまよわせる。
するといつの間にか俺の正面に移動していた万里さんとクラフトさんが、満面の笑みで頷いているのが視界に映った。
「そうだよ頼一さん! これはみんなを幸せにするための素敵な提案なの! 受けない理由なんて一つもないよ!」
「そうとも斎藤君。この提案を受け入れることこそが万民の幸福に繋がるのだ。この天才未来創造技師が保証する! 悩むことなく僕らの手を取りたまへ!」
頭がぐらぐらする。
わからない。わからないけれど、彼らは口を揃えて正しいと言っている。だったら、きっとそれが正しいことなのだろう。
俺は差し出された手を掴もうと、腕を伸ばし、
「……はい、協力しま――」
「おお頼一さん! こんなところにおられたのですか!」
「!」
朦朧としていた意識が一瞬で覚醒する。
清涼剤、というにはあまりに喧しい大声が部屋の中を響き渡る。
瞬間、満面の笑みを浮かべていた彼らの顔が、鳥の糞をかぶったかのようなしかめっ面へと変貌した。
そのことに一切気付いた様子もなく、闖入者は一人一人の顔を見回すと、歓喜の声を上げた。
「ああしかも、何ということでしょう! 天才錬金術師のクラフトさんに万里眼占い師の万里さん! それに十面妖狐の玉藻さんまで! これだけ多くの旧友と再会できるなんて、今日は人生の中でも指折りの素敵な日になりました!」
「佐久間……!」
「喜一郎……!!」
「なぜここに……!!!」
可視化できそうなほどの嫌悪の視線が、三人から佐久間さんに注がれる。
まるで親の仇を目の当たりにしたかのような、苛烈な敵意。
一体彼らの間に何があったのか。
取り敢えず、佐久間さんが言うような友人関係でないことだけははっきり理解できた。
「あなた、まさかとは思うけどあれのツレなの?」
数秒前の蠱惑的な声とはまるで別人。ドスの効いた声が鼓膜を震わす。
違うなどと答えられる雰囲気ではなく、俺は素直に「はい」と小さく頷いた。
答えを聞くと同時に玉藻さんは俺を突き飛ばす。
よろける俺を一切顧みず、彼女は出口に向かって歩き出した。
佐久間さんの横を通り過ぎるとき、一切そちらに目をやることなく「死ね」と吐き捨て去っていく。
彼女に続き、万里さんとクラフトさんも出口に向かう。
やはり佐久間さんに一切視線を向けることなく、それぞれ一言「消えろ」、「失せろ」と吐き捨て部屋を出て行った。
一分と経たず、部屋の中には俺と佐久間さんの二人だけになる。
しばしの沈黙。
頭にクエスチョンマークが乱舞していそうな佐久間さんの顔を眺めていた俺は、ふと正気を取り戻し、
「その、ありがとうございました」
と頭を下げた。
佐久間さんの頭に、もう一つクエスチョンマークが浮かび上がった。




