男二人旅
「え! 相澤さん来ないんですか!」
十二月某日。
必要な荷物をまとめ終え、いざ出発せんと意気込みながら事務所を出た直後、衝撃の事実が発覚した。
事務所の入口でひらひらと手を振る彼女は、さも当然とばかりに頷いた。
「そんな明らかに危ない家への訪問に私が行くわけないでしょう。死にたくないもの」
「そんなあ……それを言うなら俺だって行きたくないんですけど……」
「何言ってるの。あなたが取ってきた案件じゃない。それも初めての。しっかり稼いできなさいよ」
「そうですけど……。というかそれ以上に、佐久間さんと二人でって言うのがもっと心配なんすけど……」
事務所の外に目を向ければ、無駄にでかいスーツケース二つに、夜逃げでもするのかといほどパンパンに詰められたリュックサックを背負った佐久間さんが、これから遠足に向かう幼稚園児のように顔を輝かせ鼻歌を奏でている。
……あれと二人だけで、怪しさ満点のお宅に訪問販売とか、不安しかない。何なら、道中職質されてたどり着けない未来すら容易に想像できる。
俺は涙を浮かべ、すがるような目を相澤さんに向ける。
彼女は小さく嘆息すると、「これ持っていきなさい」と、黒い直方体の小箱を渡してきた。
「これ、何ですか? 箱?」
「そう見えるように加工したガラケーよ」
「おお、それはまた懐かしいものが」
「アプリは何も入ってないしカメラ機能もなしの、電話専用機よ。いざとなったらそれで私に電話しなさい」
「それはどうも……。でも館についたらこれも回収されちゃうんじゃ?」
スマホの回収自体どこまで本気の発言かはわからないが、もし荷物検査などされるのなら、これも没収されてしまうだろう。逆に荷物検査されないのならスマホだって隠せるかもしれないし。
そんな疑問を抱いていると、相澤さんはガラケーにぺたりと、意味不明な文字が書かれたステッカーを貼った。
はて何だこれは? 頭にクエスチョンマークが飛び交う中、相澤さんが至極真面目な顔で言う。
「それを貼っておけばとりあえず大丈夫よ?」
「大丈夫とは?」
「なんかいい感じにみんな勘違いしてくれるからばれないってこと」
「……本気で言ってます?」
「割と本気ね。うちの商品で唯一私が愛用している品よ。まあ騙されたと思って付けときなさい」
「は、はあ」
ガラケーをポケットにしまい込む。
いざとなれば相澤さんに助けを求められる。それは非常に心強くあったが、不安を消し去るには弱い。というか、彼女が付いてきてくれれば一発解決の話だし。
まだ不服そうな俺の表情を見て、相澤さんは小さく首を振った。
「言っておくけど、私が行かない方が無事に帰ってこれる可能性は高いわよ」
「何でです?」
「館で何か起きた時、私は大して戦力にならないわ。身体能力は普通の女子だし」
「それは、まあ」
「でも外にいれば、何かあった時すぐに助けを呼ぶこともできるし、必要なら私自身が武器を揃えて車で駆けつけることもできる」
「う、うーん?」
「いざって時に外部の助けが呼べるかどうかは生死を分けるわ。それでもあなたは私についてきて欲しいの?」
「ええと……その、たぶん、大丈夫です」
「そうよね。それじゃあ行ってらっしゃい」
めったに見ることのできない満面の笑みを浮かべ、相澤さんは顔の横で可愛らしく手を振る。
何か納得いかない、騙されているような気分を味わいながらも、俺はしぶしぶ事務所を後にした。




