初めての販売成功
「――ああ、あとはこんなのもありますよ。そのまんまの名前で凄く嘘くさいですけど『未来が視える水晶』。お値段は一つ百万円とこれまた法外な値段ですけど、もし本当に未来が見えるならお買い得ですよね。あははははは……。えと、どうですかね? 購入されます?」
「そうだね、では十個ほど買わせていただこうか」
「あはー、ですよね。こんなもの買うわけ…………………ぶえ!???????」
その日、俺は生まれて初めて腰を抜かした。
「それでは頼一さんの初めての販売成功を祝って、乾杯!!!」
「乾杯」
「……乾杯」
時刻は午後四時ごろと、一般的なサラリーマンならまだ働いている時間。
俺こと斎藤頼一と、勤め先の店長である佐久間喜一郎、同僚の相澤一颯の三人は、職場から徒歩十分のファミレスで祝賀会(?)を開いていた。
原因は、恥ずかしながら俺にある。
奇妙な縁から『便利屋佐久間』に就職して早二か月。
見るからに怪しい、効果も定かではない曰くつきの骨董品的な何かを売る仕事に悪戦苦闘する毎日を送ってきたのだが、本日、ついに、商品の販売に成功した。
……成功してしまった。
本音を言えば、売る気はなかった。いやまあセールスマンのくせに何言ってんだという話ではあるが、あんな怪しい品を売るのは詐欺な気がして良心が痛むのだ。だから最近は、少しばかり仕事に慣れ、というか人から無視されることに慣れてきたことから、いかに時間を潰すかに頭を使うようになっていた。
自分ながら中途半端だとは思うが、完全にさぼるというのは気が引けて、取り敢えず仕事をしている風を装おうと苦心した結果。公園や駅の近くでぼんやりしているおじさんおばさんを対象に、キャッチセールスを仕掛けるのが日課となった。
先に断っておくが、決して老人の方が騙しやすいと考えたからではない。既に述べた通り、本音を言えばうちで販売している胡散臭い商品など売る気はないのだから。
ではなぜ年寄りを対象に声をかけたかと言えば、無視せず色々話してくれるからである。年寄りというのは概して自分語りが好きなもので、一度話しかければ延々どうでもいい自慢話や説教をしてくれる。
勿論中にはそうでない人もいるが、俺が声をかけた年寄りの多くはそうだった。
ただ誰かと無駄話をするのであればさぼりだが、セールスの一環として話をするのならばセーフという自分ルールのもと、ここ半月は年寄りとの無駄話で時間を潰していたわけである。
しかし今日、いつものように声をかけた老人は、どういうわけか自分語りをすることもなく、あっさりと商品の購入を告げてきた。やんわりと、一方で激しく購入を止めるよう勧めたが、なぜか発言は撤回されず。
めでたく初の販売成功となってしまった。それも一千万の。
夢見心地ながらも店長に連絡したところ、急遽臨時休業を言い渡され――今へと至る。
饒舌に感動を伝えてくる店長を無視し、俺は隣に座る相澤さんに「これ、夢じゃないですよね?」と確認する。彼女は一切表情を変えないまま「現実よ」と告げてきた。
「現実……いや、でも、『未来が視える水晶』なんてものを買う人間がこの世に存在しますかね?」
「いたから売れたんでしょう」
「いや、それはそうなんですけど……」
誰もこのもやもやを理解してくれず、俺はグラス一杯のオレンジジュースを一気飲みした。
その勢いのままグラスをテーブルに叩きつけた俺は、「でもやっぱおかしい気がするんですよ」と疑問を吐き出す。
「あの人と俺、普通に今日が初対面だったのに。百万もする怪しい品を簡単に買うなんてありえなくないですか!」
「そうね。普通ならあり得ないわね」
「でしょう! それにかなり怪しいところもあって。いやまあ、本来怪しいのは俺の方なんですけど……というかこの商売が怪しいっていうか詐欺な気がするっていうか……あれ、なんで俺ここで働いて――」
「それはいいから。ほら、これでも食べて落ち着きなさい」
口に唐揚げを突っ込まれる。
しっかり咀嚼し、味を楽しんでから呑み込む。
うん、うまい。
「ええと、そうだ、とにかく怪しいんですよ」
「具体的に何が怪しいわけ」
「それが、買ってはくれるものの、物を山奥の館にまで直接持ってきてほしいって」
「高価なものだし、それぐらいは当然の要望じゃないかしら」
「でも館の住所は教えてくれなくて、最寄りの駅と時間だけ指定されたんです。しかも指定された時間になったら迎えがいくから、その車に乗って欲しいとか」
「辺鄙な場所にあるなら交通手段も限られてるでしょうし、むしろ親切なんじゃない」
「車に乗ってからは目隠しと耳栓が必須で」
「それは怪しいわね」
「館に着いたらスマホも回収したいって」
「……あなた、それをOKしたの?」
「いや、断ろうと思ったんですけど、断る前に帰られちゃって。しかも無視もしづらい状況というか……」
そう言えばまだこれを伝えていなかったなと思い、俺はリュックから札束を取り出した。
「その、前金で百万貰っちゃったんですよ。正確には押し付けられたって感じですけど」
「それ、ちょっと貸してもらっていい」
「どうぞどうぞ。というか元から相澤さんに渡す予定でいましたし」
だいぶ頭が混乱していたのと、佐久間さんによる急な祝賀会のせいで渡すのをすっかり忘れていた。
こういう時、相澤さん相手だと言い訳をしなくていいのが楽だ。嘘を見抜けるという彼女の能力。最初聞いた時は少し戸惑ったものだが、慣れてしまえばむしろ有難い点の方が多い。
今も彼女は眉間に皺を寄せながらも、札束を念入りに調べている。
今更だが、ファミレスでこんな大量の金を出すのはまずかっただろうか。そんなことを考えていると、急に佐久間さんがバンとテーブルを叩き身を乗り出してきた。
「現物を見る前からこれだけの額を支払っていただけるとは! 相当羽振りが良い方のようですね! これは他の商品も売るチャンス! 頼一さん! そのご訪問、私もご一緒してもよろしいでしょうか!??」
「え、あ、どうぞ……」
こうして、行かない方向に話を進めようとしていた俺の目論見は崩壊し、怪しい誘いに応じて山奥の館を訪れることになってしまった。




