佐久間の証言
俺を含め、由理枝さんたちは明らかに動揺した様子を見せる。
それも当然だ。何せここには、金の咲く木とかいうふざけた代物を売りに来た詐欺師がいるのだ。私情云々を抜きにしても、まず疑うのは俺たち詐欺集団となるはずなのに――言ってて少し悲しくなってきた。
由理枝さんと双葉さんから、納得できないと言った抗議の視線が飛ぶ。視線だけで口で言わないのは、完全に今のアカリさんに気圧されてしまっているからだろう。
アカリさんは撮影を再開しつつ、淡々と理由を語った。
「実は私、昨日は斎藤さんたちの隣の部屋で待機してたんです。何か変なことをしないか見張ろうと思って」
「マジか……」
全然気づいていなかった。
隣にいる相澤さんを見ると、彼女は驚いた表情を浮かべておらず。「知ってたんですか?」と聞くと、「知らなかったわ」と返された。いや知らなかったのならもっと驚けよ。
「でもまあ、ここに来る時に彼女が隣の部屋から出てきたから」
「ああ、そこで予想は付いてたんですね」
「それに私たちを野放しにするとは思ってなかったわ。何かしら監視の目はあると考えていたから」
言われてみればそれはそう。
見るからな詐欺師集団を家に泊めるのに、その対策を何もしていないわけがない。まあその対策が、隣の部屋で一晩見張りをするという超古典的な方法なのは驚きだけど。
一通り写真を撮り終え満足した様子のアカリさんが、ほっと息を吐きながら続きを話す。
「だから二人が夜から今朝にかけて部屋を出ていないことは知ってるんです。なのでこの時点で、私にとっての犯人は家族の誰かか、佐久間さんかの二択だったんです」
「な、なら、やっぱり佐久間って詐欺師が犯人じゃないかしら? 死体に、あんな装飾を施したわけだし……」
由理枝さんが怯えた目を佐久間さんに向ける。
彼女が言った通り、文義さんの殺害現場には奇妙な装飾――大量の札束が積み上げられていた。古今東西の事件現場で金が盗まれる、紛失することはあれど、金がばらまかれるなんて話は聞いたことがない。普通に考えて、犯人に何一つメリットはないからだ。
しかし、最悪なことに、俺たちにはそれをする動機がある。
水嶋家に売りつけた『お金の咲く木の苗』と、金が実際に咲くまで滞在するという契約。この二つから、金を死体の周り、もとい苗の周りに散りばめることで自分たちが本物を売りつけていたことの証明をしようと考えた――そう邪推することができてしまう。
というか、ぶっちゃけ俺が水嶋家側であればそう推理する。いや、俺でなくてもそう推理するだろう。それ以外に大量のお札をばらまく理由なんてないのだから。
その点を、アカリさんは一体どう考えているのか。
風が吹き、積み重ねられた札束の一枚がまた宙を舞う。アカリさんは瞬時に掴み取ると、お札をじっと見つめながら「佐久間さん、弁明はありますか?」と言い訳の機会を譲った。
この場にいる全員の視線が佐久間さんに向かう。
果たして彼は、自信満々に一言、
「私は疲れて寝ていたので犯人ではありません!」
と何の弁明にもなっていない回答を笑顔で言った。
アカリさんは一瞬硬直するも、小さくため息を吐き、「もう少し具体的にお願いします」と言い添えた。
「お父さんを殺していないというなら、何か証拠はありませんか?」
「証拠はありません! しかし証拠など不要です! 私は文義様の幸せを心より望んでおりました! その私が彼を殺すはずがないからです!」
「……どうして彼が犯人でないと考えたのかと言えば、その汚れた服装からです」
佐久間さんの発言は無かったことにして、アカリさんは話を再開する。
誰もがそれを賢明な判断と捉え、佐久間さんへ向かっていた視線が霧散する。
自分のことでないと分かりながらも、俺は羞恥を覚え悶えた。
「成る程ね。泥だらけで、着替えたり洗ったりした様子がない。にもかかわらず、服にはまるで血が付いていない。しかも荷物の置いてある部屋に帰っていないことから着替えをした可能性も低く、社長が殺したとは考えづらい。そういうことかしら」
「はい。その通りです」
とっくに俺の境地を乗り越えている相澤さんは、表情一つ変えずにアカリさんの意図を翻訳する。
さっきから才媛――否、女傑二人の独壇場になっていて、俺を含めたその他大勢が完全に置いて行かれている。
このままただ聞くだけでいるのも居心地が悪く、何とか話に加わりたいのだが、彼女らの思考速度に全然ついていけない。死体を発見してからノンストップで話が進んでいるのも相性が悪い。
せめて一度、ゆっくり落ち着いて考える時間をもらえれば戦力になれる、はずなんだけど。
自分の能力の低さに若干の自己嫌悪に陥りかける。
世界が自分を待っていてくれないことなんてとっくに理解しているが、それでもこのやるせない気持ちにはいつまで経っても慣れはしない。
深いため息がこぼれかけた直後、佐久間さんの、直射日光のような声が降り注いだ。
「そうだアカリさん! 文義様殺しの犯人を推理するうえで重要な情報をお伝えすることを失念しておりました! 是非発言の許可をいただけないでしょうか!」
「別に許可制ではないので好きに話してもらって構いませんけど……何でしょうか?」
明らかに警戒した、というより面倒そうな雰囲気を醸しつつもアカリさんが応じる。
佐久間さんはそんな彼女に、気色悪い程の笑みを向けはきはきと答えた。
「昨晩、私と文義様で『お金の咲く木の苗』の植える場所を探していたところ、四人ほど声をかけに来られた方がいるのです。彼らは皆、文義様と二人だけで十分以上お話をしておりました。もしかしたらその際に、殺意を抱くような出来事が起きたのかもしれません」
「……その四人というのは、お姉ちゃんたちのことですか」
「まさしく。和彦さん、由理枝さん、竜也さん、双葉さんの四名です」
芝居がかった様子で、深々と頭を下げる。
アカリさんは視線を双葉さんと由理枝さんに向けた。
言葉はなくとも、今の佐久間さんの発言が事実かどうかを尋ねていることは明白。二人は少しばつが悪そうにしながらも、小さく頷いた。
視線を佐久間さんへと戻した彼女は、「それで、どんな話をしていたかは分からないんですか?」と尋ねた。
「申し訳ありませんが内容は全く聞こえておりません。ですが、誰がいつごろに来訪し、どんな表情で去っていったのかはしっかりと覚えております」
「十分です。教えてください」
「承知しました。まず夜九時頃のこと。庭のどこに苗を植えるか捜し歩いていた際、双葉さんが声をかけてこられました。文義様とのお話は充実したものであったのか、会話後は僅かに笑顔を見せておりました」
「本当なの、双葉お姉ちゃん?」
「……うん。本当」
どんな話をしたのかについて、少なくとも自分から語るつもりはないらしい。
小声で肯定しただけで俯く姉の姿を見て、アカリさんは小さく首を振った。
「続いて十時ごろのこと。苗を植える場所についておおよそ目星がつき、掘る道具を準備していた際、竜也さんが参られました。こちら具体的な話は分かりませんが、断片的に物騒な言葉は漏れ聞こえておりましたね。そのためかお戻りになる際も大変苛立ったご様子でした」
「まあ竜也兄なら特別おかしなことじゃないけど、後で確認は必要ですね」
「さらに十一時ごろ。苗を植えるべく地面を掘り進めているところに、由理枝さんがお越しになられました。こちらもあまり楽しい会話とはならなかったようで、帰る際は苦々し気な表情をしておられました」
「そうなの、由理枝姉さん」
「……ええ、そうよ。でも言っておくけど、私が殺したわけじゃないからね」
「ならどんな話をしたのか話してくれる?」
「それは……嫌よ」
「そう。分かった」
もはやため息をつくこともなく、佐久間さんに続きを促す。
この感じでは事件を解決できても、今までと同じように仲良くするのは無理なんじゃないかと不安になる。まあそんなこと、彼女自身が一番分かっているだろうが。
「さて最後は十二時ごろ。苗を植え終え一息ついたタイミングで和彦さんが現れました。終始険しい表情ではありましたが、竜也さんのように怒声が聞こえることもなく、比較的落ち着いた様子で帰られました」
「それも、和彦兄さんらしいかな。他に何か印象的な点はありませんでしたか」
「残念ながら特にはございません。それで如何でしょうか? 事件解決の糸口は見えてきそうですか?」
「そうですね――」
今の話だけで何か閃きがあったとでもいうのか。アカリさんは宙を見上げて、小さく独り言を呟き始める。考えがまとまったのか、顔を正面に戻し、口を開く。しかし声が発されるより先に、玄関からがやがやと騒がしい声が聞こえてきた。