表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/38

(38) 【最終話】まだね、早いね

 身動きもせず、黙って聞いている人に話をするのは、想像以上に気恥ずかしい。

 それでも、俺はもう一度最初から話した。


 俺が今まで稼いで親に渡していたお金を返されたこと。

 親父に、大手通信会社と締結した契約書を見せられたこと。

 技術特許の権利の売却額が、借金の金額を大きく上回っていること。

 親父はその企業のグループ会社に就職して、東京に行くこと。

 俺はここに残って、一人暮らしをしながら高校に通うこと。

 バイトも今まで通り続けること。


「えっと、そういうことになった。」


「うん、それで?」


 ですよね、そう来ますよね。がんばれ、俺。


「俺さ、ずっと瞼に焼きついているシーンがあって。」


「うん。」


「入学式の後、高野さんが俺の名前を呼びながら走ってきて、俺が振り返った時。」


 そう、あの時、莉央は真っすぐに俺を見ていた。キラキラと瞳を輝かせて、小さな体で人混みをかき分けながら走ってきた。戸惑う結衣の手を引いて突進してくる姿の愛らしさといったら。


「俺、あの瞬間に、高野さんを好きになってたと思う。」


「えへへ」


と笑って、莉央は少しすすり上げた。


「あの時ね、私、もう少しで抱きついちゃうところだった。」


「えっ、あんなところで?」


「うん!」


 莉央の体がベンチに座ったまま、ぴょこんと跳ねる。

 よくぞ思いとどまってくれました。


「それからその後、俺の身の上話を聞いてくれたよな。」


「うん。」


「もっと引かれると思ったんだけど、すごく自然に受け入れてくれた。自分では嘘でもなんでもなく、毎日を楽しんでいて、つらい経験だと思ったことはないけどさ、でも同級生には理解されないんじゃないかと思ってた。」


「私ね、あの時に感じたことをどう表現していいか、わからずにいたんだけど、最近わかった。尊敬、だなって。」


「尊敬?」


「うん、私はつらかった時、どんどん落ち込んで、ピーピー泣いて、親にすがることしかできなかった。自分で何もできなかった。でも立花君は、あっ」


 莉央が急にこっちを見たから驚いた。な、なんでしょうか。


「うーん、やっぱいい、後にする。でも、立花君は、自分で歩き出した。うん、わかるよ、状況は違うけど、『つらいことでもそれは自分を作る部品になる』って話してくれた。」


「祖父さんに言われたやつな。」


「うん、そう。私も、ちゃんと自分の経験と向き合って、自分の部品にしなきゃって思った。」


「そうか。」


 今にして思えばあの日。俺は莉央に向かって話していたのかもしれない。今の自分の姿を。歩んできた道を。


 何か期待したわけじゃない。理解されると思っていなかった。でも。


「知ってほしかった、のかもしれないな。高野さんに、自分のことを。」


 最初から少し距離感の近かったこの子が、離れるにせよ、近づくにせよ、俺という人間を知ったうえで判断してほしいと思ったのかもしれない。


「その後もいろいろなシーンで支えてくれてさ、気がついたら俺の周りにはいろんな人がいて、中学時代とはまるで違う生活を送ってる。」


 チャットグループの話の時も、サッカー部の事件でも、デイキャンプの時も。


「それで、あの、もう気持ちは…この前伝えたわけだけど」


「うんうん。」


 隣で、莉央は嬉しそうに居ずまいを正している。そうだよね、ここは助けてくれないよね。


「高野さん、俺の彼女になってくれないか。」


 しーん。




 ここでの沈黙はとても心臓に悪いんだが。




 莉央はゆっくり俺のほうに向き直って、両手を広げて抱きついてきた。


「ね、さっき言いかけてやめたんだけど。」


 莉央は俺の胸に頬をつけて、


「あゆむ君、って呼んでいい?」


「えっ、うん。」


「えへへ、立花君って呼ぶの、いっつも大変だったんだ。中学時代からずっと結衣には『あゆむ君』って話してて、立花君なんて言ったことなかったから。」


「ああ、『私のアユム君』と『あなたのあゆむ君』だっけ。」


「なんか嘘みたい。」


「ん?」


「あゆむ君が、私の彼氏になった!」


 俺の背中に回した手に力が入る。


「俺は急に呼び方変えられないけど、いいか?」


「うーん、『莉央』なんて呼び捨てにされたら息が止まっちゃうかも。」


 心の中に恋しさ、愛おしさが満ちて、俺は莉央の小さな肩を抱きしめた。


「あ、そだ、もう一つあった。」


 話そうと思っていたことが残っていた。


「ん、なあに?」


 莉央は俺の胸に耳を当てたままで返事をした。


「俺、高野さんの家に挨拶に行っていいかな。」


 しーん。


 でも今度は、あまり間を空けず、莉央は飛び上がるように少し体を離した。


「ええっ」


「あ、すぐにでなくてもいいんだけどさ、ちゃんと交際のお許しをいただきたいなと思って。」


「びっくりしたあ…。『お嬢さんを僕にください』ってやつかと思った!」


「あははは、それはさすがにまだ早いだろう。」


「うん、まだね、早いね。そうだね。」


 莉央の顔が俺の胸に戻ってくる。

 なんだかとても熱いものを抱えているようで、その熱が人のいう「幸せ」というものなのかもしれない、と思った。


 <完>


お読みいただき、ありがとうございました。

初めての投稿だったので、いろいろと失敗しているかもしれませんがご容赦ください。

ご評価やご感想をいただけましたら今後の励みとさせていただきます。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ