(10) いつか修羅場がくるかも
「どうして農家が弱者なんだよ。士農工商では二番目だったし、武士はもういないんだから第一位じゃないか。」
くすっ、と美苗は笑った。笑いを取ろうとしたわけじゃないんだが。
「うん、でもさ、私って見た目からして農家っぽいじゃない?」
「農家っぽい見た目、なんてあるのか?」
たしかに美苗は美人タイプではない。頑丈そうな頭蓋骨に、少し小さめの目鼻と、少し大きめの口がついている。
「もっと簡単に言うと、ブサイクってことよ。」
「待て待て、たぶん佐伯さんが自分で思っているほど、周囲はそんな風に思っていないぞ。」
美人は目立つけど、人並みの子は目立たない。それだけのことだ。
「でも、莉央ちゃんや宮原さんみたいな可愛い子とは違うじゃない。」
「ああ、違うな。俺だってイケメンの寺林とは違うな。」
「立花君は普通以上だよ、絶対。」
そんな自覚はないのだけれども、まあ、体格だけなら標準を超えている自信がある。ただ、俺の場合は見た目以前の問題を抱えてるからなあ。
「私はモテたことなんてないし、男子の友達もできたことないし。」
何が言いたいんだろう。あ、農家の娘だって言いふらすな、の続きだったな、たしか。
「そのうえ、家が農家なんて、ますます孤立しそうで、不安なの。」
芦岡北高校は、市街と農作地帯のちょうど境い目にある。俺の家もそういう土地に建つアパートで、格安家賃がウリだ。
農作地帯といっても専業農家は少ないという話だから、農家の子女は地域的には少数派かもしれない。
「そうか、人それぞれ考えがあるから、これ以上は反論しないけど、ともかく俺は誰にも言わないよ。それは約束できる。」
「うん、ありがとう。」
「そういえば、佐伯さん、自分の菜園があるんだって?」
「えっ、そんなことまで聞いたの?」
「ああ。よかったら見せてくれよ。」
「うん、まあいいよ。でも今はあんまり見せられるようなものは作ってないんだ。」
そう言いながらも、美苗は家の裏手に案内してくれた。
おじさんが「小さな菜園」と言っていたから家庭菜園のようなものを想像していたのだが、素人目には立派に畑だった。
「これがアスパラ、そっちがタマネギで、向こうはニンニクね。」
「すごいなあ。もう立派に農業従事者じゃねえか。」
「やめてよ、まだまだ見習い以下よ。」
あ、ちょっと嬉しそう。さっき見たおじさんの笑顔がフラッシュバックする。
佐伯さん、お父さん似かもね。
「このへんは農家も多いから、中学の時は農家の子もけっこういたのね。クラスに10人くらいかな。でも専業は少なくて、私ともう一人だけだった。よく『農民』ってからかわれたわ。」
「でも農業が嫌いなわけじゃないんだろ?」
「そうね、農業は好き、かな。今はまだ作って食べるだけだけど、将来は作って食べてもらう人になりたい。」
それで農学部か。志や夢があるっていうのはいいよな。
「俺は、胸張っていいと思うよ。」
「立花君って、不思議な人だね。」
「また唐突だな。」
「ううん、なんだろう、話すと気持ちが楽になる。」
「役に立てたのならいいけどな。」
「莉央ちゃんがご執心なのもわかるね。」
「あはは、高野さんとは何もないよ。席が隣なだけ。中学が同じだから仲良く見えるのかもしれないけどな。」
「呆れた…、まあいいけど。で、立花君は莉央ちゃんと宮原さん、どっちが好きなの?」
「どっちも好きだよ、人として。それぞれいいところがあるし。」
そんなことを言われてしまうようだと、あの二人との距離感は考えないといけないのかもしれないな。友達に迷惑はかけられない。
そもそも、あの二人は友達ってことでいいのだろうか。今度聞いてみようかな。
「ふーん、いつか修羅場がくるかも。」
美苗は屈託なく笑った。学校でもそんな風に健康的な笑顔を振りまいていればいいのに。
「ないない。そういう佐伯さんはどうなんだよ。」
「私に聞いてもしかたないでしょ、モテないもん。」
「それって…」
違うんじゃないだろうか、と思った。でも余計なことか。
「何?言いかけてやめないでよ。」
「いや、なんでもない。」
「あ、そういうの、逆に気になるんだけど。」
迂闊だったなあ。でも言ってしまったほうがいいのだろうか。
「気を悪くしたら申しわけないんだけどさ、それ違わないか?」
「それ?どれ?」
「モテない、ってこと。」
「ううん、だって実際、」
「いや、そういう意味じゃなくて、モテるのが良くて、モテないのが悪い、みたいな言い方がさ。」
「どういうこと?」
美苗は訝しむように聞き返した。さっきよりも声が低い。
やっぱりこれは余計なお世話だよなあ。
「恋愛経験ゼロの俺みたいな奴が言っても何の説得力もないけどさ。モテようがモテまいが、いつか『一人』を探し出せればいいんだろ。人生の楽しみは色恋だけじゃないんだし、男が群がってチヤホヤされてるより、夢や志があるほうが恰好いいと思うんだよ。で、恰好よく生きてれば、きっといい理解者が現れる。といいなあ、と俺は思う。」
しかたないから一気にしゃべった。伝わったかな。
「恰好よく生きる、かあ。すごく壮大なことみたいに思えるけど、足元のことから一歩ずつなのかもしれないね。」
「ああ。俺なんてそんな風に思わなきゃやってられん。」
毎日楽しいからそうでもないけどね、ほんとは。
「そうだね、好きな農業があるから一生懸命やってみる。」
佐伯さん、最後の俺の一言はあんまり聞いてなかったらしい。元気になってくれたのはよかったけどね。
翌日、その翌日と、二軒の農家を手伝って、ゴールデンウィークは明けた。
高校では五月の授業が始まった。
田植えと居酒屋バイトの掛け持ちで、さすがに疲労感がある。
莉央も売り子のバイトを順調にこなしてきたそうで、酒蔵の社長からずいぶん大事に扱ってもらったと喜んでいた。
忘れていたが、中道家ご一行は宮古島にある別荘でのんびりしてきたらしい。
「ノートPCだけだとスペックが低くてストレスがたまったけどね。」
駿、そういうとこは直していこうな。青い海と青い空が最高だったよ、って言った方が好感度が上がるぜ。ま、説教してもどうせすぐには直らないから黙って聞き流しておく。
俺にしか言わないんだからどうでもいいか。
他の同級生には「家族で旅行」って言え、とアドバイスしておいた。例のチャットグループにも投稿したようで、何人かに「きれいな写真、ありがとう」などと声をかけてもらっていた。
入学から一カ月も経てばクラスにはいくつものグループができていて、そこここから談笑の声が聞こえてくる。
家族旅行に行ってきた話、中学時代の仲間で遊びに行ってきた話、新入生歓迎という名の部活のしごきで筋肉痛に苦しんでいる話、期待外れのバイトで苦労した話、など、良くも悪くも高校生活で初めての連休を、それぞれに満喫していたようだ。
教室の雰囲気からすると、今月末に「中間考査」というお勉強イベントがあることに気がついている生徒は少なそうだ。今週のホームルームで釘をさしておくか。
そんなことを思いながら机に頬杖をついていたその時の俺は、この後ちょっとした事件に巻き込まれることなど予想だにしていなかった。
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