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1-2 弟

 エヴァンゼリンまだ9歳。ヨアンの予言のとおりになってしまった。


 あのときからしばらくして、お母様が妊娠していることがわかり、先週、無事男の子が生まれた。即座にお父様がつけた名前はミハエル。


 そして今、わたくしの私室にヨアンがいる。

 ね?言ったとおりでしょ?という顔でわたくしの前に立っている。顔立ちがかわいいだけにシャクにさわるわ。


「では、今日から対策を立てます」


 頑張りましょうって対策を立てることなの。なんだかがっくりくる。

 そのままヨアンに手を取られ、勉強机に座らされた。

 なんと……この対策はお勉強形式でやるようだ。ますますやる気がなくなる。

 ヨアンは家庭教師の先生のように机の前に立つと、ドンと10センチはあろうかという厚さの紙を置く。


「この一年で準備しました。資料です」

 資料――申し訳程度にパラパラめくってみる。細かな文字がびっしり並んでいるし、ところどころ図解も入っていた。なんだかすごい。資料もだがヨアンのやる気もすごい。


「うわぁ、すごい……」


 思わずつぶやきが漏れた。本当はここで抗議をしなきゃいけなかったんだけど、ヨアンの本気度をみた気がして、反論しそびれてしまった。わたくしと同じ9歳でこんな資料を作るなんて、と素直に感心してしまったのもある。

 ただし次の一言を聞くまでは。


「これ、明日までに目を通してください。じゃないと話ができないんで」


 は?わたくしにこれを読めと?

 思わず目の前にいるヨアンを見上げた。その表情は――割と本気だ。


「ターゲット別に編集してありますので、必ず全員分読んでくださいね」


 にこやかにつげるけど、その声音には引かない意思を感じる。

 目を落としてもう一度資料を見ると資料は確かにいくつか栞で仕切られていた。それぞれのタイトルに王子様や貴族の名前が書かれている。最後には悪役令嬢としてわたくしの名前もあった。これいったい何ページあるのかしら。


「えーとね、ヨアン。わたくしもそれなりに毎日忙しいのよ。対策ならヨアンが考えればいいわ。」

 ちょっと可愛く首をかしげて微笑んでみせる。こんなの読むなんて絶対にイヤだ。


「何言ってるんですか、お嬢様。国外追放ですよ?身分はく奪ですよ?お嬢様が知ってなくてどうするって言うんです?」


 ずずっと顔を寄せられた。笑っているけど目が笑ってない。なんだか一年前よりもさらに真剣さが増している気がする。どうしたことかしら。それにこれって主従が逆転してない?

 居住まいをただすと、わたくしは従者に呼びかける。


「ヨアン」

 うん、これだけは言っておかなければ。読みたくない、資料。


「ヨアンが対策を考えてくれるならそれに従う。だから読む必要はないわ」


 自分で言っておいてなんだけど、「対策に従う」って従者の意見も立てた素晴らしい案じゃないの。読まないっていうわたくしの意思も生かされて、主人としての面目も保てているわね。


 あともうひと押ししておこう。


「それに、ヒロインはいじめないって前に誓ったのをちゃんと覚えているわ。わたくしが信じられない?」

 つっと資料をヨアンの方に戻す。


「対策はあくまで対策でしかないんです。イレギュラーは必ず起きるものですし、それに対処するためにもお嬢様がゲームのイベントもすべて熟知している必要があるんです」

 ぐっと資料がわたくしへ押し戻される。やるわね、ヨアン。


 どう押し戻そうか考えている間にヨアンが続ける。


「お嬢様には、どういう虐めをやって追放や身分はく奪になるのかも含め知ってもらいたいんです」

 絶対に引きませんて目をしている。真剣な感じが半端ないわ。そんなにわたくしのことを心配してくれているのかしら。

 このままでは負ける、と思ったとき、ヨアンが思い出したように付け加えた。


「あ、それにですね。ぼくはお嬢様の従者で、しかも将来は専属執事になる予定です。お嬢様が何かやらかしてしまうと連座させられる対象なんです」


 レンザって、わたくしと一緒にってことか。

 ヨアンも一緒に国外追放になるからこんなに真剣に対策を立てようとしているの?

 それともやっぱりわたくしが心配で?

 なんだかそれだけではない気がするんだけど。だが「だけど」の後の理由が思いつかない。その理由を考える前に、またもやヨアンがとんでもないことを言ってくれた。


「さらに国外追放、身分はく奪はお嬢様だけではなく公爵家全体に及ぶんです」


 わたくしとヨアンだけじゃないの!? 思わず大きな声が出そうになって口に手をあてた。

 そんなこと一年前には言ってなかったじゃない。というか、そんな大事なことはもっと最初に言ってほしい。


 でも考えてみれば、ヨアンが話していた悪役令嬢はヒロインに対してかなり悪いことをやっている。わたくしだけが追放なんて甘いのかもしれない。でも家族にも迷惑をかけることになるなんて―――。


 その時ふいに生まれたばかりの弟の姿が浮かんだ。

 ―――ミハエル


 生まれたばかりの弟は本当に小さくてかわいらしい存在だ。生まれる前までは何とも思ってなかったのに。あんなに赤ちゃんがかわいいなんて想像もできなかったわ。赤ちゃんがかわいいのか、弟だからかわいいのかわからないけど、とにかくかわいくて愛おしい。あの小さな小さな手を見ていると守ってあげなきゃって気持ちになるのが不思議だ。


 その弟も一緒に追放になるのはいやだ……。


 この時になってはじめて、わたくしはヨアンの話を真剣に考えた。


 前世だのゲームの世界だのわけがわからない話だと取り合わなかったけど、もし本当のことなら?

 ヨアンは弟が生まれることも、名前がミハエルになることも知っていた。ヨアンが知っているという世界ならば、わたくしがその悪役令嬢になる可能性もあるということなのだ。すっごい悪いことをして、何にも悪くない弟が一緒に追放になることがあるとしたら。そんなことないって思いたいけど、もし、もし、本当にそうなったらどうしよう……。きゅっとドレスを掴む。


「うわっ!お嬢様、どうしたんです!?突然泣きだして」

 ポロポロと涙が落ちていたらしい。頭の上からヨアンの慌てた声がする。


「ごめんなさい。ぼくが公爵家のみなさんも追放だと言ったから。お願いだから泣かないで……」

 最後の方の声が小さい。見なくてもヨアンが困っているのがわかる。


 それでもちゃんとしているわたくしの従者は、机のそばを回ってわたくしの隣に膝をつくとハンカチを取り出して涙を拭いてくれた。


 もう!変にヨアンが優しくしてくるから涙がますます止まらなくなるじゃない。



 ヨアンのハンカチに顔を隠してひとしきり泣くとスッキリした。

 要は悪役令嬢にならなければいいのだ。


「ヨアンが心配することもわかったわ。万一が起きないようにこの資料ちゃんと読む。弟に―――みんなに迷惑をかけないように」

 ちゃんと理解したという意味も込めて微笑んでみせた。


「お嬢様……」

 主従の間に暖かい空気が流れる。絆が結ばれたようで素晴らしいわ。


 あ、でもこれだけは言っておかなくちゃ。わたくしは背筋を伸ばすと心もち威厳を込めて言った。


「でもこれ今日中には読めないから」

 分厚い資料をヨアンに押し戻した。


 ヨアン、まだ9歳のわたくしに何を求めているの?


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