1-3 ヒロイン
あのあと、資料を何日で読むかでもめたけど、結局ヨアンが折れた。
そして一か月後、わたくしはなんとか資料を読み終えた。本当に頑張ったと思う。
『攻略対象』と呼ばれる4人の人物とヒロイン、悪役令嬢のわたくしの6人分だったが、意味不明なゲーム用語とやらや、小むずかしい表現が多くて読むのに時間がかかってしまったのだ。
9歳のわたくしには難易度が高いわ。それでいちいちヨアンに確認していたら、ヨアンが『用語集』なるものを作ってくれた。これが結構便利でとっても助かっている。おかげでゲーム用語もかなりわかるようになった。このPCゲームって結構面白そうでこの世界にもほしいな。
それにしても、ヨアンのこの資料ってすごいわ。ものすごく情熱を感じる。内容は小むずかしいところがあるけど、よくまとめられていると思う。わたくしのために作ってくれたものだと思うとなんだか感動すら覚える。
で、内容と言えば、ヒロインがスゴイの一言につきた。
そして今日も勉強机越しにヨアンと話をする。
「こんな少女が世の中に存在するなんてすごいわ」
感嘆するしかない。
「そうですよね。ものすごい美少女なんです。ハニーブロンドの髪はふわふわで瞳はエメラルド色をしていて、その姿は春の女神か妖精に例えられてますし。仕草も声も可憐でかわいいんですよ」
うんうん。
「それに頭もいい。努力家ってことになってますけど、元が良くないと努力だけじゃ無理なものもあるし」
うんうん。ん?いまチラッとこっちをみたわね、ヨアン。
「極めつけは、この性格の良さ!誰に対しても分け隔てなく接するし、思いやりがあるし。特に庶民の少女とのエピソードなんかまさにって感じでしたよね」
うんうん。そのエピソードはわたくしも気に入ったわ。って、またこっちを見たわね、ヨアン。
「なによ、言いたいことがあるならいいなさいよ」
にらんだところでヨアンは一向に気にしない質だけど、にらまずにいられないわ。
ヨアンは肩をすくめると、「だって、お嬢様と比べたら、ね」とか言う。
「比べたらって、ヒロインは16歳じゃない。わたくしはまだ9歳よ。7年後は違ってるかもしれないじゃないの」
「お嬢様、悪役令嬢の項はちゃんと読んでくれましたよね?」
「もちろんよ」
読むと心がどんよりしてきたが、がんばって最後まで読んだ。
「これから7年の間に何があったのかわかりませんが、お嬢様、相当なおバカさんになってますよ。性格は最悪だし。なんであんな高飛車な感じになったんでしょうね。ま、性格は今も片鱗がありますけど」
なんてこと言うのよ。確かにヨアンの資料にある悪役令嬢はおバカで性格は悪いけど、わたくしそこまでひどくないわ。だから猛然と抗議することにした。だいたいヨアンはご主人様を軽く見すぎている。もっと敬ってもらわないと。
「ヨアン、これはあくまでもあなたがやったっていうゲームでのお話。現実でのわたくしは、こんなことしません!それに万が一にもそうならないように今こんなことをやってるんでしょ。こんなにがんばってるご主人様をほめなさいよ」
「それは結果を出してから言ってください」
あっさり片づけられた。
「ヒロインに話を戻しますけど、読んでもらってわかるとおり、とある大国の王女様です」
「ええ、それにはびっくりよ。本人も知らなかったって本当かしらって思うけど」
ヒロインはエルミナス学園の高等部から編入してくる。高等部からの編入は辺境の地にいる貴族たちにはよくあることなのでとりたてて珍しいことではない。そう、ヒロインは辺境にある小さな領地しか持たない貴族の娘として入学してくるのだ。
だが実はとある大国の王女様が世継ぎ争いを避けるために幼い頃に避難させたのが、この国の辺境にある貴族の領地だったという。なんでも地方の貴族はヒロインの母親の遠い親戚にあたるとか。
「ぼくの知ってるゲームでは、お嬢様が追放とか身分はく奪される時にヒロインの素性も明かされるんですよねー。ヒロイン本人もびっくり!な感じで」
資料にもそう書いてあったけど、そこはちょっと納得できないな。そんな大事なこと本人に伝えないってありえなくない?
「そんな顔しないでくださいよ。もし仮に命を狙われているようなことがあれば、本人にだって秘密にするってことは十分考えられますよ」
そんなものなのかな。王位を争うって大変なことなのね。
「いいわ。重要なのはヒロインが王女様ってところだしね」
「わかってますね、お嬢様。大国の王女様ってところがポイントで、だからお嬢様は追放とか身分はく奪されるんですよ」
そうなんでしょうね。いち辺境貴族の令嬢をうんぬんで一族まで重い処罰になるって、うちの(公爵家の)権力が及ばないってことだものね。となると、ますますヨアンの話に現実味がでてきて嫌になる。
「ゲームでのお嬢様はヒロインの身分なんて知らないわけだから、どんどんいけいけで虐めちゃうわけですけど、これでひとつ賢くなったんだから、ヒロインを虐めちゃいけませんよ?」
だから、いじめないって!ヨアンにはわたくしがどんな人間に映ってるんだろ。
でもさっき、今のわたくしにもヘンリンがあるとか何とかって言ってたから、本当はいじめるようなところがあるのかしら。ちょっとだけ不安になったけど、負けてられない。気づいたこともあるのだ。
「ヨアン。わたくし、ヒロインも誰もいじめません。それにね、この悪役令嬢なんだけど、いろいろと悪い人を使ってるじゃない?それってこの悪い人をお金で雇ってるってことでしょ?」
ずっといじられてばっかりなので、ここでちょっと仕返しをすることにした。ヨアンは気づいてないようだし。
「そうですよ。公爵家の金と権力を使って」
「そうよねえ。でも今もそうだけど、わたくしはお金にはさわれないわ。たぶん16歳だったとしても自分ではお金は使えないと思うの」
それなのに悪い人をどうして雇えたのかしら?と不思議がってみせる。
「…………」
ふふふ、いい感じにヨアンたら無言だわ。心の中で笑う。
でも顔に出してはいけない。そしらぬ調子で続ける。
「わたくしのお金の管理って誰がやっているのかしら?」
「…………ぼくです」
「そうよねえ。今は従者だけど将来的にはわたくしの専属執事になるヨアンよね。今はヨアンもわたくしのお金を扱うことはできないけど、執事に昇格する15、6歳ならあなたが管理しているはずだもの」
だいたい、公爵令嬢たるわたくしがそんな悪い人とのやりとりなんかできるわけない。誰か代わりにやってくれる人がいないと無理な話よね。
うつむいてしまったヨアンの顔を机越しに見上げみる。
「ねえ、ヨアン?ヨアンだって悪役令嬢の一味だったんじゃないの?わたくしだけじゃなくあなただって悪役従者……って、えっ、ちょっとなんで泣くの!?」
ヨアンの目からボタボタ涙が落ちてきた。涙が絨毯に吸い込まれていく。さらには小さな小さな嗚咽も聞こえてきて、わたくしは焦る。
どうしたっていうの!?そんなにひどいことをいったの!?あんなにわたくしのことを平然と悪役令嬢って言っているのに、泣くくらいひどいことを言ってしまったの!?
いえ、とりあえずヨアンの涙を止めなきゃ。そうハンカチ、ハンカチはどこかしら。
椅子から立ち上がったのはいいものの、ハンカチがなくてあたふたしてしまう。と、ふいにわたくしにも涙が浮かんできた。
――悪役従者のヨアンに悪役令嬢のわたくし
なぜわたくしたちなんだろうって思ったら涙があふれてきた。
本当はイヤ。わたくしだって悪役とか言われるの。ご、ごめんなさい、ヨアン。
その場でふたりして泣いてしまう。
まだふたりとも9歳なのだ。悪役と言われて平気なわけがない。




