ヤろうか
着替えました。
クローゼットの中身が全部同じ服だったのには、ちょっと引いたけど。サイズが少しずつ変えられているだけで、全く同じ色、同じデザインの服がビッシリ入っているとは予想のできなかったので、驚きもひとしおだった。
濡れた方の服はアンナさんではないメイドさんが持って行ってくれたんだけど……あのメイドさんもアンナさんみたいな技能を習得してるんだろうか。さすがに無いと思いたい。
訓練所に戻るとケイツがいた。この元帥、忙しいんじゃなかったのか?
「さっきの雨はお前らの仕業だな」
「……雨は雨だろ」
「雲一つないだろうがっ」
だからってイコール俺達だと決めつけて冤罪だったらどうするんだ。全くその通りなんですけどね。
「ま、原因が分かっていれば構わないんだがな。いや、良くはないな。これっきりにしてくれ」
「いや別に好きでやったわけじゃないって。だから、絶対大丈夫とは言えないかな」
善処はするけど、今日はもう何回か雨が降るかもしれない。だが、失敗があるから人は成長するのだっ……慎重に練習しよう。
ところで兵士達がいないと練習できないんだけど、どこに行ったんだろう。
もしかしてアンナさんが怖くて逃げたとか。
「濡れた槍や金属類の手入れで、いけに……魔法を提供してくださる兵がいなくなってしまいましたね。もう少し待ちましょうか」
そうか、放置すると錆びてしまうもんな。しかし多分だが、あの水風船の兵士は戻ってこない気がする。むしろ逃げて、生贄にされるから。今あきらかに生贄って言おうとしてたから。
「もう使い方自体は覚えているのだろう?」
「一応? 威力の調整はまだ練習しないといけないけどね。でも今まで実感なかったけど、こうやって同じ魔法で比較すると、やっぱりオリジンって凄いんだな」
ケイツが窺うように俺の顔を見てきて、言った。なら、とEXアーツを取り出しながら。
「戦ろうか。覚えたら使ってみるのが一番だ」
「え。いきなり?」
「わははは、戦いとはいつも突然だ!」
突然なのは、そのテンションの方だよ。
訓練所の真ん中辺りに移動して来い来いと手招きをしている。行きたくないな。好き好んで痛い目にあいたくはないよ。
「悠斗君がんばって!」
「生きてさえいれば構いません、やってしまってください」
「ボッコボコにしちゃえー!」
ところが、声援を受けて行かざるをえない空気になってしまった。渋々ケイツの元に向かいながらジルを呼び出しておく。
「ていうかお前、猫かぶってる割に女性陣からの評価低くないか」
「うるせぇよ!? ほっとけっ」
開始の合図も無しに銃口がこっちに向けられた。ちょっ、八つ当たりすんな。
「食え、ジル!!」
「わかってて食わせるか!」
マズルフラッシュが瞬く。弾丸も火だから、単純にその光だったのかもしれないけど。弾速は実弾の銃より遅いらしく目でもギリギリ確認できる。
ジルが俺の前に出て口を大きく開いて待ち構えるが、炎の弾丸は飛んで来なかった。
「のわ!?」
足元の土がはじけ飛び、石つぶてが叩き付けられた。ケガする程じゃないけど、めちゃ痛い。小石の混ざった土を全力投球されている様なもんだ。痛いしむかつく。
「どんどんいくぜ!? ひゃっはー」
ケツアゴが、俺から一定の距離を取りながら銃を連射してきた。その全てがジルの対応できないギリギリ手前で地面に着弾して、つぶてを飛ばしてくる。ならばとジルをもっと前に配置すると、さらに手前で土埃を起こして目くらましをし、ジルを回避して撃ってきた。あぶなっ。
くそ……鬱陶しいし、もどかしい!
「ええい、せこいぞ元帥!!」
「勝った方が正義なんだよ、はーはっはっはっ」
あんまりジルを離れさせると迂回して直接弾丸が飛んでくるし、八方塞がりじゃないか。
どうすればいい。
「突っ込むぞ、ジル!!」
「ピイ!」
石つぶてを無視して、全力疾走でケイツに向かう。ジルを離れさせずにケイツとの間合いを詰めるには、これ以外どうしようもない。
痛い痛いっ。でもあと少しで……。
「おらよ、そんなに欲しけりゃくれてやるよ」
いきなり真っ直ぐ俺の方に魔法が飛んできた。
俺は反応できなかったけど、ジルは素早く対応して魔法に食いつく。
「よし!」
やっと魔法を封じられた。これでケイツはただのケツアゴのオッサンだ。こっちは連発できないし、吐き出して外してしまったら振り出しに戻される。慎重に使わないとな。
「あれ?」
さあ、ここからが本番だ、と思ったら地面に倒れていた。俺が。
体の背面がドロに包まれて気持ち悪い。
「私が体術を使えないと、誰か言ったかね? ぷくく」
「んぐ……」
苦労して魔法を食べさせることに成功して、浮かれていた隙に投げ飛ばされたみたいだ。背中が痛い……。
魔法を手に入れた途端に、どう使うかばかり考えてしまっていたけど、魔法なんて武器の一つに過ぎないってことを考えてなかった。
「ほら、魔法返せ。もの凄い脱力感なんだぞコレ……」
「……どうしよっかなぁあががが」
「さっさと、返せ」
ジル、ジル! 吐き出すんだ早く! 俺の頭蓋骨が割れる前に早く!!
「ぴぃ……」
ポンっとジルの口から火の玉が発射された。おお、今のドラゴンっぽいぞ。オル君とジルを合体させて巨大化させたらドラゴンになりそうだな。
魔法がちゃんと戻ったのか、ケイツのグリグリ攻撃から解放され、そこに琴音達が駆け寄って来た。
「悠斗君、大丈夫?」
「また着替えないといけませんね」
そういえばケツアゴに散々砂をかけられたせいでドロドロだ。なにせさっき雨が降ったばかりだし。背中の方なんて汚れていない所の方が少ない。
「ま、いくらオリジンでも戦い方がなってないんじゃあ勝てないということだ」
結局オリジンは魔力が多い以外は大して変わらないってことなのか……実力が拮抗していれば魔力の多い方が勝つんだろうけど。
魔力が多ければゴリ押しで大体の相手には勝てるけど、それに胡坐をかいていると、こうなる訳だ。要するにケイツはそれを言いたくて模擬戦闘とふっかけてきたんだろう。
肝に命じておかないとな。
「お前たちは魔力が多い分、俺達にはできない幅広い戦い方ができるハズだが……ユートの場合それ以前の問題だな。食わせた魔法をストックできるか試してみることと、接近戦用の武器が必要だな。魔法を使わなくても勝てるなら、お前相手にわざわざ魔法を使って戦う馬鹿もいるまい」
確かに今の戦闘も、最初からケイツが魔法無しで戦っていたとしても、俺が負けていたに違いない。野生動物との戦闘経験しかないからな、俺。
魔法無しでも負けないようにならないといけないのか、大変だ。しかし武器か。
「剣がいいな。やっぱり剣がロマンだろ」
ドラゴンスレイヤーとかさ。スレイされちゃ困るけど。でもドラゴンに関わる武器はやっぱり剣だと思うんだ。
「剣か。……なんだ、目をキラキラさせているが期待はしない方がいいぞ。魔法の一般化で一度作る技術が途絶えてな。再び作られるようになったのは、たった80年ほど前だからな。ましてや所詮魔力の少ない人間の使うものだ。そんな物を城に献上するのは無礼と言われることもあって、支給品用に作らせた数打ちのナマクラしか置いていない」
なんだって……。宝物庫に聖剣とか無いのか。魔剣でもいいぞ。
「ま、業物が欲しければ冒険ついでに餓獣の素材を集めて鍛冶屋に持っていくんだな」
こっちに来る前に田中に貸してもらったゲーム、ドラゴンハンターもそんな感じで武器作ってたな。それもいい気がしてきた。最終的に友達になったドラゴンに牙を貰って作るんだな……いいねぇ。
「じゃあ間に合わせでいいから、剣くれ。練習は……」
「ティアと一緒にやろー」
そういえばアルスティナも剣使うんだもんな。っていう事はアンナさんに教わるのか。
「ビシビシいかせていただきます」
「……よろしくお願い、します」
魔法なら言葉で教わるだけだったけど、剣術となると互いに棒きれ振り回したりするんだろうけど、大丈夫かな。なんか躊躇無く殴りかかってきそうな気がして……怖い。
琴音はいいな、あんまし訓練する必要が無くて。俺ばかりが色々足りていない。
むぐぐ、ドラゴンに会えるのはいつになるのやら。
「ですがまずは魔法です。あの魔力を制御できないのでは危険ですので。訓練兵も戻ってきましたし、再開しましょう」
「ではその間に剣を持って来よう」
兵士達と入れ替わるようにケイツが出て行った。仕事はどうした、仕事は。
アンナさんが何人かの兵士を呼びよせる。やっぱり誰も抵抗しないで、武骨な男達は大人しくメイドに従っていた。
あ、やっぱり水風船の人は逃げてる。




