堕罪物語
京にあだなる男ありけり。陀思の帝が御子、斜陽の君、女を具し給ふことしげくて、ののしられ給ふこと幾千なり。文をやり給ひて、女が前にかしこまり給ひて、としごろの世の中をかこち給ひて、むすび給ふことあまたなり。
浪華の局にかしづかれ給ひながら、冷泉の女御にめでられ給へども、つれづれにしてさうざうしくながめ給ひて、しのび給ふにぞならひ給ひぬる。
斜陽の君、坂の参議、浪華の少将、共に酒参りて詠みすさび給ふこと二度なれども、浪華の少将やうやうやまいづきて、やがてはかなくなれば、三度はかなわず。
浪華の局、うつくしくしつつめやすき女なれど、浪華の少将におくれ給へば、あそびしすさびけれども、男見いだすまじくありければ、やうやうなやみわづらひて、すごき日々をいたずらに過ごしけれども、かつ愛で給ひつつかつたのみ給ふこと、めでたくして、ゆくりなくおこたれば、しのびて住み給ふようにぞなりにける。
其の後、陀思の帝、太宰の若宮をぞ見せむとおぼしめせば、ありがたくなまめかしき冷泉の女御がつきづきしとおぼしめして、二人御前にて召し寄せ給ふ。少少言少ななりけれども、かたちも限りなくよく、才のはなはだしきことくまなければ、うるせき文を記し給ふもうけの君におほけなきことなしとおぼしめしけり。しかして、冷泉の女御、太宰の若宮とぞ契りにける。しかれど、ゆめゆめあくがりてうつろはば、うちつけなることごころかたみに結びたることいまは知らざるなり。
いまはあけぼの。内裏にて、陀思の帝、高御座にてあぐまはせ給ふ。御前にて、ひざまつき給ふ太宰の若宮、面落とす浪華の局、見据ゑ申す冷泉の女御、いぶせきようにいぎたなく侍りける坂の参議、など座し給ひける。春告げ鳥、鳴き荒ぶさま、いとこころにくし。堪へがたげに眉を顰めさせ給ひて、ゆくりなくのたまはすめりは、貴様ら召し寄せたるは、貴様らがそらごと、はばかりごとを正さんが料なり。我が子、太宰の若宮よ、汝、冷泉の女御と契りつつ、浪華の局にみそかに住みすさびたるか。すずろなり。なかなかなるけしきな。汝がこころざしをいらへよ、とて睨ませ給ふ。目をそばめ給へば、力を極めて申して、聞ゆには、わが父君よ、浪華の少将におくれ侍りておぼつかなきこととしごろなり侍る女をえ捨て置き申さぬなり。いかでか捨て置かるるか、とぞなむ言ひ給ひける。上とまみゆるにはおほけなきあやしきほどなりて初々しく臆しけれど、したたどくのたまはするには、かごとなどにくし者のわざなりて、かごとなど聞かぬ。かまへてねんじやれぬ咎にして、世の中をだになめききわにありければ、くちをしきことこちたし。ひとわろきゆえ、流刑にせむ。いそぎのことにて、たよりぞなけれど、いつしか立ち出でよ、とて、待ち給へ。佐渡島に行き給はましかば、こなたも具し給ふまし。まろも罪なひぬべき女にて候ふ、と申す。いらへさし給ふは、いかが罪なひぬべき女なるか。汝、おくれて、わりなくほどになれば、いとゆゆしき身なりて、契ることたやすき女と思はれ、ゆくりなく結びたるがごとき咎なれば、流刑にまであたわず。まめやかなる浪華の少将いまだ生きてぞあらましかば、新たなる今めかしき男をぞ見い出すべきと言はまし。うちしぐるれども、袖濡れもこそすれとて、人聞きやさしくて、しほたりねんじければ、かきなで給ひて、ひとりごち給ひけり。
恥ここら上衆なれども困じけりこころぐるしきらうがしき父
何人ぞ恋することと命を革むることがために生まれつるに候ふ。浪華の少将も恋に殉じけり。それがあやめならむか。しどけなくて、いかにひとわろきことか。つまはおのれがまもらむ。坂の参議、鼻捻り給ひて、もの言はむとし給ふことにくくて、穢らわしきこといふかひなけれど、なにごころなく口開け侍りけり。
妻なれど愛語らへぬ妻ならばかたらふほどを惜しみ給ふか
つまはこなたにて候ふ。斜陽の君よ、忘れ給うか。いといとほし。おどろおどろしくかがみ給ひけめども、ところせきいきおひにてきこしめしたれば、すずろなり、誰がつまかも忘れし者などいま立ち去れ。貴様に皇位は譲らぬぞ。罪には罰なり。いかに人の心に任さしむなどはやきことか。いとあやしきことなり。糧さへ食はせて、従はしむるのみにてまほなり、とぞ手を広げさせ給ひければ、かしこまりて申しけることくくもりごゑなり。旧人、糧さへあらば生けるとぞたびたびいい侍りにけるぞなつかしき、とぞかこちければ、続けて、
亡き人ぞ物の怪なりてまもりけめども男つくりてかたじけなくて
と天を仰ぎたりて眺めるを見給ひて、うちつけにすがみ給ひて、面を隠し給ひて、ああ、すさまじ。みなかつそらごとしつつかつかくしごとして、したごころ隠したる、いとあさまし。帝に言い付け申しけるはこなたなり、とぞうち嘆きて、おほどろかに申しけめば、憤りほとほり給ひて申すことには、なんぞ讒言したり侍るか。われを流刑にするための企てか。そなたとも浪華の少将とも睦まじく言であそびしたることここらなれども、はかりごとするか、故人のこころづくしつれづれにし侍りけるか、とぞ言ひ捨て給ひけりて、汝のためにはあらず。これ、わがびんなき恋路なむつらきためにてありける。いとほしきこと、冷泉の女御と契らんとあまた住みたるも、つれなき帝ほだしになり給ひけり。あらまほしきいもと先に契らむとおきてかこちけれども、のちより見せたる太宰の正妻となりて、すまひ給ふことになりぬるはしほたりまどひけり。其の上、あだなる男にてこころもとなく思したるゆえ、ことごころまで隠したる、いかでかあやめを知り給はざるか。汝が咎は、自らをあさましくかたはらいたく思すところにあり。さて、なんぞつまはこなたにて候ふか。つまよそらごとはつつしみ候へ。人みな、堕つるべし。よろずの言にしるしぞなきにして、ろくもまたなし。言であそぶことここらなるわれが言ひけり。故人、いくら生きなむとやまひにすまひけれど、ついに生くまじ。上がおほけなきゆえ、この京もやがて滅ぶらむ。わがつまよ、かたみに京を去らむや、とてたずさはれて、去りゆき給ふ。
いま夜明くめり。されど、斜陽の君には日入りたるように見え給はむとか。おくるる三人、一人は佐渡島に侍りて、一人は滅びゆく京にてかれの帰るを待ちて、一人は病にて失せにけり。
いまや、平安京には屍が横たはるのみ。二人の在り処を知るものなし。




