死神
みんなも知ってる落語です。
いまはむかし。あやしき男、うちにありけり。手もわろき男なりて、具するつまをめずるを忘れしほかは、やがてすまずなりにけり。かれうつろいて、ただあくがるるのみ。世を背くこころざしもなきゆえ、身罷らんと欲しけり。ひねもすつれづれなるままにうちをわたり歩き、こうじたるはなほひとわろし。はかなくならんとまどふはなかなかなり。もののあやめ、もののあはれをも知らずして、消え入んとかこちけり。社などにしのびてあさましくならむとすれど、そこに死神現る。「など現りたまひけるか」と申すおとこに、死神いらへたまう。「まろ、きさまにあるじするがために現れけり。ところせきほど、いわけなしとはいひがたし」「あるじとはいかに」「貴様、足下を見るべし。死神居たらば、なんじかれをぞおこたらしうる。居たらざれば、なんじ彼をぞおこたらしえぬ」「むべ、われよくわきて、かたはらいたきほどはなはだしども、しのびておこなはむ」
いまはつとめて。あてなる男、うちにありけり。むげなる男なれど、生死のゆくさきをあきまへて、あさましきほどに装束うるわしくなりて、やむごとなき薬師ともてなされ、やみし者ここら参りたり。ありがたき薬師、死をさられぬものをとぶらひ、しをさらるるものをおこたらしむ。かのずちなきさがなれど、つまおとこの世のおぼえにおどろきて、ふつろいけり。「かまえてわれをば捨て置かざるとおきてましかば、われあだならぬおんなとなりて、またまみえまし」「むべ」むげなる男にはむつかしき女がつきづきし。やがておんなぞみごもりける。
おとこはおぼろげなりて、うちつけなり。金を失ひ、ところせきほどとなる。薬師などならましと思すも、やみし者おとこを訪ねけり。されど、足下に死神居たらず。枕元にてなむ居ける。おとこ、金得たきがゆえ、たばかりて、死神を欺き、客をおこたらしむ。
さりながら、おとこ死神にかどわかさるる。しにがみ、男をかたらわんとす。「火消ゆれば、なんじはかなくなる」おとこ、火を焚き附かんとこころむ。されど、火は消ゆ。おとこはかなくなる。




