第1話:深夜二時の非常階段
はじめまして、ご覧いただきありがとうございます!
本作は、連日の過労で瀕死の35歳サラリーマンが、ふとしたきっかけで異世界に迷い込み、現代社会で培った「業務管理術」や「根回し」を武器に生き抜いていく異世界ファンタジーコメディです。
「剣も魔法も使えない社畜が、現場の労働環境をどう変えていくのか?」
気楽に楽しんでいただければ幸いです。
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「――続いてのニュースです。今週に入り、首都圏を中心に『行方不明者』が急増しており、その数はすでに四百名を超えたとみられます。警察は特定の事件性を含め――」
ガタゴトと一定の揺れを繰り返す、終電間際の車内。
吊り革に手首を引っかけるようにして身を預けていた西岡修平は、スマホの画面に目を落としたまま、静かに息を吐き出した。
三十五歳、中堅専門商社で営業デスクを務める中堅社員。
今月の残業時間はすでに百時間を突破していた。
霞む視界、鉛のように重い手足、そして胃のあたりに絶えず居座る不快な鈍痛。
画面の中でアナウンサーが語る「四百人の神隠し」などという非現実的なニュースも、今の修平にはどこか遠い世界の出来事に思えた。
国家規模の不祥事だろうが怪奇現象だろうがどうでもいい。
今の彼が世界に求めているものは、社会の平和でも事件の真相でもなく、ただひとつ。誰にも邪魔されない、平らで温かい布団だけだった。
「……ハァ、何やってんだか」
最寄り駅で下車し、冷たい夜風が吹き抜ける街を歩く。
一度は自宅へ向かっていた足だったが、修平は途中で溜息をつき、踵を返した。
明日の朝一番で開かれる役員会議の提出資料。
直属の上司から「朝までに用意しておけ」と理不尽に押し付けられたデータを、デスクの上に忘れてきたことを思い出してしまったのだ。
取りに戻らなければ、明日待っているのは怒号の嵐である。
午前一時四十分。雑居ビルの五階に入っているオフィスへ戻り、死んだ魚のような目でPCを立ち上げる。キーボードを叩く乾いた打鍵音だけが、誰もいない暗闇に虚しく響いた。
「よし……これで、良し」
作業が終わり、データをプリントアウトしてデスクへ置いた時には、時計の針は午前二時を指していた。
今度こそ帰宅しようと鞄を抱え、エレベーターのボタンを押す。
しかし、ランプは点灯しない。深夜の定期点検に入ってしまったらしい。
修平は小さく毒づきながら、廊下の突き当たりにある非常階段の重い鉄扉を押した。
ひんやりとしたコンクリートの臭い。
蛍光灯がチカチカと不気味に点滅する階段を、疲れ切った足取りで一段、また一段と下りていく。
三階と二階の中間地点、踊り場に差し掛かった時だった。
「……ん?」
修平の足が、ピタリと止まった。
そこにあるはずのないものが、壁に存在していた。
無機質な灰色のコンクリート壁の真っ只中に、浮き上がるように「重厚な木製の扉」がたたずんでいたのだ。
中世の城塞を思わせる、黒い鉄の装飾が施された厚いオーク材のドア。
先ほどまでは確かにただの壁だったはずだ。非常口の表示もない。
(疲労で幻覚が見えてるのか……? それとも、誰かのタチの悪いイタズラか?)
修平は眼鏡の位置を直すと、恐る恐るその扉へ近づいた。
手を伸ばすと、ドアノブからひんやりとした本物の鉄の感触が伝わってくる。
幻覚ではない。
深く吸い込んだ息を吐き出し、修平は手首に力を込めてドアノブをひねった。
――ギィィィッ……。
重厚な木擦れの音を立てて、扉が開く。
その隙間から溢れ出したのは、蛍光灯の光でも階段の暗闇でもなかった。
視界を完全に焼き尽くすほどの、眩いばかりの純白の光。
「うわっ――!?」
次の瞬間、強い浮遊感が修平の全身を襲った。まるでエレベーターのワイヤーが切れ、急降下していくかのような錯覚。突風が吹き荒れ、着古したスーツの裾が激しく羽ばたいた。
手にしたビジネスバッグを思わず強く抱きしめながら、暗転していく視界の中で、修平の脳裏を駆け巡ったのは――サラリーマンとしての、絶望的な一言だった。
(嘘だろ……頼むから、明日の朝礼までには起きられますように……!)
それが、現実世界における西岡修平の、最後の思考となった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
深夜の非常階段で見つけた謎の扉。
疲れ切った修平の運命やいかに……?
次回の第2話は【現場のチームビルディング】をお届けします。
異世界で最初に出会う仲間たちと、さっそく「現状把握」からスタートします!
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