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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第三十五話 鬼狩りの番

「連れて来てくれて、本当にありがとうございます」

「ああ」

「二人とも、やっぱり環境が変わったせいでしょうか。夜泣きがあったりして、少し元気がなかったので……」


鬼省庁で毎月二十八日に行われる、護摩祈祷を兼ねた縁日。

睦月邸に引き取られた永太と琴の気晴らしになればと、朔夜が誘ってくれた。


「久しぶりに、あんなにはしゃいでいる二人を見ました」


艶やかな朱色の鳥居に、荘厳な建物の瓦。

それらが無数の提灯や屋台の明かりに照らされ、夜の闇の中でいっそう鮮やかに染め上げられている。


屋台からは甘い蜜の匂いや、焼けた醤油の香ばしい匂いが漂っていた。

子どもたちの笑い声。参拝へ向かう人々のざわめき。遠くで響く太鼓の音。

鬼を祓うための祈りを捧げる場であるはずなのに、今夜だけはどこか温かく、懐かしい人の営みに満ちている。


両親が二人を見捨てたと知った時は、もう二度と会えないのではないかと絶望した。

けれど今、露店に並ぶお面を被り、無邪気に笑い転げる永太と琴が目の前にいる。

こんな穏やかな光景を、私たちに与えてくれた朔夜には、どれだけ感謝してもし足りない。


「……事後報告になるが、お前の家系を調べさせてもらった」

「家系、ですか?」

「ああ。あの時、亀裂の入った『結毬』が再び輝きを取り戻したと言っていただろう?」

「はい……不思議でした。私の願いに応えてくれたような気がして」

「本来、『結毬』の効力は使い捨てだ。あのような現象は、あり得ない」


あの結界から私と鈴が出た途端、結界は霧散し、もとの手毬すら残らなかった。

形あるものはすべて消えたはずなのに、私の中にだけはあの時の熱が残っている。

掌の奥に、まだあの紅い光の名残が眠っているような気がした。


「名を聞いた時に、もっと早く気が付くべきだった」

「名前?梓なんて、どこにでも……」

「違う。『諏訪』の方だ。お前の母方は、古くは諏訪の神職に連なる家筋だったらしい」

「諏訪の、神職……?」

「今ではほとんど名残もないがな。かつては結界や祓えに関わる役目を担っていた家系だ。お前の力は、その血に由来する可能性が高い」


確かに、幼い頃に聞いた覚えがある。

何代か前の遠縁は大きな神社を預かっていたこと。

だから、母が嫁入りするのではなく、父が婿入りという形で、『諏訪』という苗字になったという話も。


母が亡くなってからは、そんな話を口にする者もいなくなった。

私自身も、日々の家事と幼い弟妹の世話に追われ、とうに忘れていた。


「その血の力が、結界に作用した……ということでしょうか?」

「恐らくな。お前はただの番ではない。守られるだけの存在ではなく、自らを守り、場を清める素質をその身に宿している」


私自身、今まで神事に関わったことなど一度もない。

けれど、もし本当にそんな力が私に宿るのなら。


私は自分の両手と、隣を歩く朔夜の横顔を交互に見つめた。

この手が、誰かを守れるのだろうか。

いつか、この人が帰る場所を、ただ待つだけではなく、自分の力で守ることもできるのだろうか。

そう思うだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「……ふふ」

「何だ?」

「いえ。……いつか、朔夜の本当の役に立てたらいいな、って思っただけです」

「……俺の番には、一生敵いそうにないな」


敵わないのは、私の方なのに。

私が生きる意味も、今この腕の中に抱きしめられる幸せも、すべて朔夜が守り、与えてくれたものだ。


「おねーちゃーーん!!あめたべたい!」

「こともー!」

「えっ!?さっき、人形焼を食べたばかりでしょう?」

「今日くらい、構わないだろう」


困り顔の私を余所に、朔夜は二人の元へ歩み寄り、楽しげに飴を選び始めた。

りんごやイチゴを艶やかに彩る飴細工が、街灯の下で宝石のように輝いている。


「こと、いちごがすきー」

「ぼくは、こっちのおっきなりんご!」

「……お前は?」

「え?」

「梓も、好きなのを選べ」


名前を呼ばれただけで、心臓が大きく跳ねたのが分かった。

あの夜以来、彼に名前を呼ばれるのはこれが初めてのこと。

顔を見ると、募る思いのすべてが見透かされそうで、なるべく視線を逸らしながら小さな姫りんごの飴を指差す。


この人は、国を守る最強の鬼狩り。

私は、その鬼狩りに血を分かつ番。

その関係は、きっとこの先も一生変わらないのだろう。


けれど。

こっそりと横目で朔夜を見上げると、ふいに視線が重なった。


この人は、あの日の夜のことをどう思っているのだろう。

朔夜は好きだと言ってくれた。

それなのに翌朝からの態度は、以前と何も変わらない。


あの言葉は、番に対しての情愛なのか。

それとも、一人の男としての恋慕なのか。

私の気持ちはもう答えが出ているけれど、彼の本心にだけは、まだ確信が持てないまま。


大切にされているのかもしれないけれど。

私ばかりが浮き立っているような気がして、彼の余裕そうな横顔が無性に腹立たしくなる。


その表情を、ほんの少しでも崩してみたい。

私は、少し意地悪な気持ちで、口をつけていた姫りんご飴を彼の方へ向けた。


「……朔夜も、食べますか?」

「要らない」


あの時は、あんなに熱く私を求めてきたくせに。

たった一回の口づけ。

あれ以降、朔夜が私に触れてくることはない。


もちろん、永太と琴がいるからだと分かっている。

分かっているのに、分かっているからこそ、ほんの少しだけ物足りなく思ってしまうのは、どうしたらいいんだろう。


「……意外と、意気地なしなんですね」


小さな声で毒づいた、その瞬間だった。

視界を大きな影が横切り、りんご飴を持つ私の手ごと、彼に奪われた。


「あっ……!」


りんご飴を目で追うように顔を上げると、目の前の視界が彼の端正な容貌で埋め尽くされる。


唇に、柔らかく、熱い感触が重なった。


僅かな水音。

喉の奥を焼くような熱。

飴の甘さと、彼の吐息。


それだけを残して離れていった朔夜の顔を、私は頭の中が真っ白になったまま、ただ見つめていた。

飴を持つ二人の手が、不自然に重なっている。


「……甘いな」


飴を持つ手は離れた。

けれど気が付けば、反対の手は、彼に強く繋ぎ止められていた。


何事もなかったかのように歩き出したその歩幅は、子どもたちに合わせるようにとても穏やかで。

手のひらから伝わる確かな鼓動が、私の心臓を激しく揺さぶる。


「……ぷっ。顔が、りんご飴より赤いぞ」

「なっ……!誰のせいだと思っているんですか!」

「お前が煽ったからだろ」


低く返された声に、今度こそ言葉を失った。

揶揄うように口角を上げるその表情は、今まで見たどの顔よりも優しくて柔らかくて穏やかで……


ひょっとして……

いや、でも。


「……もしかして、朔夜って、私が想像している以上に私のことが好きだったりしますか?」

「……」

「なーんて、自惚れすぎですよね。忘れてくださ……」

「……そんなの、今更すぎるだろう」


ボソリと呟いた朔夜の耳が、顔が、そして首筋までがみるみるうちに紅く染まっていく。

釣られて自分自身の体温まで跳ね上がるのを感じて、誤魔化すようにりんご飴を齧った。


口の中に広がる、姫りんごの爽やかな酸味と飴の甘さ。

まだ、唇には彼の熱い感触が残っている。

それは間違いなく、生まれて初めて知る恋の味だった。


きっと、この先この人は、私と繋いだこの手で、最強の鬼狩りという宿命を背負い、鬼を斬り伏せ続けるだろう。

傷を負うことも、厭わないだろう。

耐え難い悲しみも、孤独も、きっとある。


私のことを、血を供給するだけの生贄だと嘲笑う人もいる。

番という名に縛られた、ただの役目だと見る人もいるだろう。


でも、私だけは、人間として朔夜が帰る場所であり続けたい。

彼が道に迷わないように、いつだって手を伸ばして、そのすべてを抱き締める。


この気持ちは、宿命づけられた番だからじゃない。

私がこの人を選び、彼が私を選んでくれたから。


初めて出会ったあの夜。

月明かりの下、鬼を斬り伏せたその背中を、美しいと思った。

あの夜から、私はきっと惹かれていたのだ。


そして今。

繋いだ手の温もりと、唇に残る甘さの中で、ようやくはっきりと分かった。


私はあの夜、鬼を斬り伏せたこの人に、恋をしたのだ。

番としてではなく、ただ一人の女として。

最後までお付き合いありがとうございました。

鬼狩りと番としての始まった二人の関係が今後どう変わっていくか……

もし気になるようでしたら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
続きを!! どうか続きをお願いします!! 甘々を!! ある人達に、ざまぁを!!
鬼狩りと血を供給する番というのがすでに切ない力関係です。 りんご飴をモチーフとして積み重ねられていく甘さがたまりませんね。 りんご飴飴を追うように〜からの流れが好きです。 そして鬼狩りの孤独さや、斬…
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