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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第二十五話 二人の鬼を生んだ母

やがて門前で車が停まったとき、最初に感じたのは、我が家へ帰ってきた安堵などではなかった。

頭から冷水を浴びせられたような、鋭い緊張が全身を駆け抜ける。


車の戸が開く前から、確信に近い予感があった。

一度だけ経験した、あの肌を刺すような高圧的な気配を、私はもう知っている。


先に車を降りた朔夜の後を追うようにして、恐る恐る地へ足をつける。

顔を上げると、心臓が凍りつくようにきゅっと縮んだ。


玄関の前。

柔らかな朝光の中に、ひときわ凛とした、威厳に満ちた姿で立っている女性がいた。


濃色の着物を一分の隙もなく着こなし、背筋をまっすぐに伸ばしている。

こちらを逃がすまいとするような怜悧な眼差し。

その場に立っているだけで、空気まで冷えていくようだった。


朔夜のお母様——。


「……お帰りなさい、朔夜さん。無事な帰還、何よりですわ」


声は静かで、鈴を転がすように美しい。

けれどその静寂の奥には、薄氷の下に潜む刃のような、冷徹な響きがあった。


朔夜が半歩前へ出て、私を庇うように立つ。

それに合わせて、私は無意識に彼の背中へと身を寄せた。


彼女の視線が、ゆっくりと、私へ移る。

その視線だけで、昨夜の鬼と対峙したときとはまた別の、骨の髄まで凍りつくような怖気が走った。


「ずいぶんと……大切に、お連れ帰りになったのですね」


言葉は穏やかで、作法に則った丁寧なもの。

なのに、その響きは信じられないほど冷酷に聞こえてくる。


「母上。……本日は、どういったご用件でしょうか」

「梓さん……と仰ったかしら?」

「え、あ、はい……。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。諏訪梓と申します」


問いかけに、少しだけ震える声で頭を下げる。

彼女の意識は朔夜を飛び越え、すべての矛先が私へと注がれている。


「あなた……また朔夜さんに、血を与えましたわね?」


心臓が跳ねた。

なぜ、そのことを。


「ふふ。隠しても無駄ですわ。見ればすぐに分かりますもの」


頭を下げたまま、反射的に、昨夜彼が歯を立てた首筋へ手を当てる。

昨晩の甘い余韻とは違う、罪悪感に近い熱が首筋から沸き上がってきた。


「あなた、初対面の時よりも……ずっと、美しくなっておいでですものね」


美しく?


自分の何が変わったというのか。

鏡を見る余裕もなかった私には、彼女の言っている意味が分からない。

ただ、混乱だけが胸の中で渦を巻く。


「鬼狩りとその番は、互いが互いを狂おしいほどに求め合う……。言葉だけを見れば、ずいぶん美しく、完成された共依存の関係ですわね」


ほとんどの番は、鬼狩りの伴侶だと聞いた。

命を懸けて戦う鬼狩りの傷を癒し、異能を支えるために、自らの血を分け与える。

それは鬼狩りであってもなくても、夫婦として共に歩むなら、相手を支えるという尊い献身に変わりはないはずだ。


少なくとも、私はそう思っている。


「吸血には、時に精神的、そして肉体的な強烈な快楽が伴うそうですわ」

「え……?」

「あら、ご存じありませんでしたの?朔夜さんからの吸血はいかがでしたこと?」


優雅に首を傾げて放たれた問いに、私は言葉を失った。


昨夜、あの暗闇の中で感じた、とろけるような甘い痺れ。

身体の奥底からどうしようもなく沸き上がる、名前のない情動。

彼の腕に縋りつき、離れたくないと願ってしまったこと。


あれはすべて、吸血という行為がもたらした反応に過ぎなかったなんて。


違う……そんなはずない。私には、どうしてもそうは思えない。

首筋に触れた唇の柔らかさも、逃がすまいと抱きすくめられた腕の力強さも、耳に残る掠れた吐息も。

あの時、私は間違いなく……朔夜に必要とされていることに、喜びを感じていたのだ。


けれど、それをこんなふうに言葉にされると、昨夜の記憶そのものを汚されたようで、息が苦しくなる。


「母上。それ以上、彼女を辱めるのが目的でしたら、今すぐお引き取りください」

「まあ、怖いこと。……辱め、ね。そう感じる行いをしている自覚は、おありだったのですね」


お母様の表情は、春の陽だまりのように穏やかなままだった。

その実、極北の氷海のように冷たい。


彼女は一歩、また一歩と、威圧感を纏いながら朔夜の前へと歩み寄ってくる。


バシッ!!


瞬きをするほどの、ほんの一瞬だった。

風を切るような鋭い音を立てて、お母様の手が朔夜の頬へと振り下ろされた。


「っ、朔夜!」

「……大丈夫だ。動くな」

「だって、また……!」


驚愕して声を上げた私の前に、朔夜が制するように腕を出した。

会うたびに彼女は彼に手を上げている。

その事実が、胸が張り裂けそうなほどに辛かった。


「ただでさえ、一人だけでも悪夢だというのに……!お前まで完全に鬼へと堕ちれば、わたくしは『二人も』鬼を生み出した母親になってしまうのよ!!」


先ほどまでの優雅さがどこかにいったように、彼女の顔は興奮で真っ赤に染まっていた。

呼吸は激しく乱れ、指先は小刻みに震えている。


一瞬にして露わになった、剥き出しの憎悪と恐怖。

そして、今彼女は何と言ったのか。


鬼を……二人も?


「これ以上、京極(きょうごく)の名を穢すような真似は、決して許しませんわ」


吐き捨てるように言うと、彼女は土間に置かれた草履を乱暴に履き、門へと向かった。


「……それから、本宅へは足を踏み入れぬこと。特に朔聡(さくと)さんには、決して近づかないように」


その名だけを冷たく残すと、彼女は一度もこちらと目を合わせることも、振り返ることもなく、門の向こう側へと消えていった。


門の外で車輪の音が遠ざかっていく。

その音が完全に消えても、玄関に残された冷たさは消えなかった。

朝の光は明るいのに、どこか息苦しい。

彼女が去ったはずの門の向こうを、朔夜はしばらく見つめていた。

その横顔は怒っているようにも、諦めているようにも見える。

私はその横で、ただ黙っていることしかできなかった。


張り詰めていた空気が、ようやくほどけると、緊張の糸が切れたのか、朔夜がドサッと玄関の式台に腰を下ろした。

私はたまらず彼のそばへ駆け寄る。


「大丈夫ですか?氷を持ってきます、それとも……」


目の前に膝をつき、彼の顔にそっと手を添える。

けれど、半人半鬼としての強靭な再生能力のおかげか。

すでに赤く腫れていたはずの頬も、爪でつけられた細かな傷も、跡形もなく消え去っていた。


なのに、痛みが消えたようには見えなかった。


「……お前には、いつも無様なところばかり見せてしまうな」


外に見える傷など、彼にとっては問題ですらないのだろう。

ただ、その瞳に宿る、深い絶望を押し殺したような苦しげな色が、私の胸を抉る。


どんな言葉をかければ、彼の孤独を埋めることができるのか。

今の私には、何も見つけられない。


それに——先ほど彼女が口にした「鬼を二人生み出した」という言葉。

そして、去り際に残された『朔聡』という名。

それが、あまりにも重く私の心に圧しかかっていた。


「……気になるか。母の放った、あの言葉が」


心の中を完璧に見透かされたようで、ハッとして肩を揺らした。


知らなければならないことなのだと、直感が告げている。

けれど、先ほどのお母様の豹変ぶりと朔夜の沈黙から、それが決して穏やかな話ではないことは容易に想像がついた。


「……まず、風呂を浴びて着替えを済ませよう。話はその後だ」

「わかり、ました」


それはきっと、朔夜にとっても、簡単に言葉にできる記憶ではないのだろう。


彼が心の準備を整えるまでの時間。

私もまた、自分が何を耳にすることになるのか、覚悟を決める必要があるのかもしれない。


私はそっと、彼の頬に添えていた手を下ろす。

けれど、その手のひらには、傷など残っていないはずの彼の痛みだけが、いつまでも熱のように残っていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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