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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第十九話 行ってらっしゃい、必ず

「くしゅんっ!」


 暦の上では夏も間近だというのに、深い山中で迎える夜明けが、これほどまでに肌寒いものだとは思わなかった。

 湿り気を帯びた空気と、夜の残滓のような冷気が、薄い天幕を容赦なく通り抜けてくる。

 鼻の奥がつんと冷えて、思わず肩をすくめた。


「……大丈夫か?」

「お、おはようございます!大丈夫です、全然平気ですから!」


 衝立の向こう側から聞こえた声に慌てて答え、肩まで引き上げていた夜着を大急ぎで整える。

 寝起きの乱れた姿を見られたわけでもないのに、なぜだか頬が熱くなった。


 天幕の外では、すでに準備が着々と進んでいるようだった。

 押し殺したような話し声。

 絶え間なく土を踏みしめる軍靴の足音。

 時折、金具が触れ合う硬い音が混じり、布一枚越しに地響きのように伝わってくる。

 まるで、嵐の前触れを察するような、誰もが声を潜めながら、それぞれの持ち場へ向かっていた。


「朝餉も届いている。着替えが済んだら食べよう」


 今朝の朔夜は、いつも通りの峻厳な無愛想を貫き、いつも通りの静かな声音をしていた。

 これから命懸けの戦地へ赴くというのに、その横顔には微塵の揺らぎもない。

 私だけが、行き場のない不安で胸の奥をそわそわとかき回されているよう。


 着替えを済ませて衝立の外へ出ると、小さな簡易卓の上には質素ながらも温かな朝餉が並べられていた。

 いつもと同じ、一対の席。

 私たちは無言で向かい合う。


 用意されていたのは、普通のお握り。

 集落では滅多に口にできなかった、上質な焼き鮭や昆布が具材として詰められた、握りたての三角形。

 湯気を立てるお味噌汁に、ほんの少しの漬物。

 決して豪勢なわけではない。

 けれど、冷え切った身体には、それは十分すぎるほどに温かく感じる食事。


「いただきます」


 向かいに座る朔夜も、短く同じ言葉を口にする。


 無骨な物言いをするくせに、箸の取り方も、汁椀の持ち上げ方も、やはり驚くほど静かで洗練されている。

 あんなにも恐ろしい鬼と戦い、血と土にまみれて刀を振るう人と同じとは思えない。

 こうした些細な仕草の端々に、この人が名家の生まれなのだという事実を、否応なく思い知らされる。


 それでも、今はその整った所作が、少しだけ私を落ち着かせてくれた。

 この人がいつも通りでいてくれる。

 それだけで、私も呼吸の仕方を思い出せる気がした。


「……見すぎだ」

「えっ、あ、すみません……」

「飯が冷める。さっさと口に運べ」


 むっとしたように視線を外して言われたけれど、その口元がほんのわずかに、氷が解けるように緩んだように見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。

 確かめる勇気はなくて、私は慌ててお握りを口にした。


「今日の掃討は、長引けば昼を過ぎる。日没までには片を付ける」

「……はい」

「お前は他の番たちと共に、結界の外縁で待機していろ。……いいか、呼ばれるまで、絶対に勝手に動くな」

「呼ばれたら……どうすればよいですか?」

「走れ。俺のもとまで」

「わ、かりやすいですね……」


 朔夜は答えず、握り飯を一口食べた。

 私はお味噌汁の湯気越しに、彼の端正な顔をそっと盗み見る。


『勝手に動くな』と言われるたびに、また足手まといになってしまうのではないかと、足元が竦むような恐怖を感じる。

 けれど同時に、そう命じられること自体が、彼に守られている証のようにも思えてしまう自分がいた。

 戦場に立つ覚悟も知識も足りない私に、今できること。

 それは、彼の言葉を信じて待つことだけなのかもしれない。


 食事を終えると、朔夜は迷いのない動作で刀を取った。

 鞘を帯に差し、鯉口を確かめる一連の動き。

 静かで、研ぎ澄まされていて——それだけで天幕の中の空気が、ピンと張り詰めたように変わる。

 一挙手一投足が無駄なく研ぎ澄まされていく様は、刃が鞘の内で静かに澄んでいくようで、思わず息を呑んだ。


「……行ってくる」

「はい。……いってらっしゃい。気をつけて」

「気をつけるのはお前の方だ。番となったお前に、俺が最初に言った言葉は覚えているか?」


 最初に言われた言葉。


『お前の命は俺のものだ。俺の知らぬところで、傷つくことも、死ぬことも断じて許さん』


 もちろん、忘れたことはない。

 あの時は乱暴で傲慢な言葉だと思った。

 けれど今は、私を必ず守るという、彼なりの誓いだったのだと分かる。


「それだけ覚えていればいい」


 短くそう言い捨てて、朔夜は天幕の外へと消えていく。

 入口の布の揺れが収まり、静寂が戻る。


 空間に残されたのは、お味噌汁の湯気と、彼が纏っていたお香のかすかな残り香だけだった。

 そして、胸の奥に残る、重くて温かな言葉。


 その場に立ち尽くし、彼が消えた幕の向こうを見つめ続ける。

 待つ。

 それが今の私にできる、たった一つの役目なら。


 ちゃんと待っていよう。

 彼が帰ってくる、その時まで。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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