4話 不幸のはじまり1日目
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引き続き、楽しんでいただけますように励んで参ります。
「待ちなさいよ」とその一言と同時に、身を引きとめらる感覚がした。
「なにしてるんだ、おまえ」
魔女はかかんで、俺の短剣の柄に紐付けられた水晶を見つめていた。
じろりと睨んでも、魔女はひるまない。
「これ、いい石ね。やさしい思いが籠っている」
「金になるのか?」
「観る人が観ればね」
観る人が観れば。条件付きということだ。
こいつは鑑定の目がいいらしい。
ということは、無能な人が観れば無価値だということだ。
「おまえが買い取ってくれよ。見るからに金持ってるだろ」
この魔女の身なりはいい。上質な布。無駄に布生地が多い服を着ている。布にもなにか模様がある。アクセサリーを首、腕、指と成金のように装飾している。
「お金ないわ。借金生活なの」
だから、ここに宝石を売りにきたのよ、と続けた。
この女は嘘をつけない。つけない以前に、その概念がない。
駆け引きという概念がない。正直に話す事で、自分が不利になっているという現状に思考が及ばないのだ。
だから解せない。なんでおまえが借金生活なんだよ、ということだ。
「あなたの宝石の呪詛。解いてあげるから、この石、頂戴」
「理由がない。石に呪詛はない。持ち物でも身体でも売って、金にするんだな」
売れるとは思わないが。
「忠告よ。その石の呪詛を説かないと、あなた、死にかけ続けるわよ」
意味がわからん。
やさしさの欠片すらない横暴な口ぶりで、俺に命の忠告をした。
当然、俺は受け付けない。
精霊主義やらダンジョン主義、権力主義。この世界にはありとあらゆる忠告が溢れている。
俺の母親は精霊主義だった。ちょうどこんな変な石で身を滅ぼしたほどの阿呆だった。
「悪いな。少なくともお前には殺されない。じゃあな、”魔女”」
眼下の魔女を睨みつける。
こうして上から見下ろすと、魔女は案外、小さい。
かがんだ魔女は俺の腰より低い位置にある。
蹴りやすそうだ。
魔女というからには、特殊な呪術でも使えるのだろう。
下手に手を出さないほうが無難だ。蹴りたかったら、そういう店は沢山あるし、そんな人間も沢山いるのだ。
俺はさっさと鉄の閂を引いて、この店をあとにした。
この横暴で、元主人に似た女と二度と関わることはないと思いながら。
前言撤回。
世界樹の鐘が7エディオン鳴った頃、俺の心身は消耗仕切っていた。
どうやら、あの”魔女”の言った事は本当だったようだ。
俺は何回も死にかけた。死を回避できたのは、俺の才のおかげだ。並みの凡人だったら死んでいただろう。
「あなたって器用よね」
俺は手元の針と糸に固定していた焦点を、声の主のほうに向けた。
眼前には魔女がいる。あの横暴で自尊心の塊。自己中な姿勢。
美しく光を反射する金色の髪とエムラルドの美しいばかりの双眸。それは元主人を思わせて苛立つ。
「これで死なないんだもの。あなた、世界から愛されているわね」
逆だ。世界から嫌われ、疎まれている。
”世界から愛されている”は精霊から愛され、祝福されている。その意味で使われる。
「俺は”祝福”なんてない」
「才能はあるでしょ」
「…」
才と祝福では質が違う。それも比べ物にならないくらいに。
「それに…わたしと出会えた事が奇跡よ」
いやいやいや。不幸のはじまりだ。この女と出会うために不運はあったといえる。
この女が嫌いなばかりに、変な運命論を考えてしまった。
この7日間、酷いものだった。
あの店を出た、その日。
まずは適当な宿兼仕事場を探そうとした。余裕があれば、比較的まともな人に、まだまともな仕事場を斡旋してもらう。だが、偶然にも知り合いには出会えない。
精霊の結びというものが世の中にはあるらしいが、俺にはとんと結びなんてない。
俺と関わったものは、二度と会いたくもない程に禄でもない奴か、不運にも死ぬからだ。
ギルドの斡旋所に入る。適当なその日仕事がもらえる場だ。
基本的に、こんなところにお世話になるのは嫌悪で不快だ。俺は胸に這い上がってくる苛立ちを押し殺すために、無駄に下卑た笑みを作り、半開きのドアを押した。
外でも聞こえていた怒号が直に耳に刺さる。
こんなところはまともではない。普通がなにかはわからない。まともがなにかはわからない。
けれど俺の感覚は受け付けない。
なんで職員、労働者ともに揃って、ともに馬鹿ばかりだ。家で小麦でも耕していればいいものを。
ダンジョンという悪魔みたいな恩恵ができてから、この町もおかしくなった。
地主にこき使われて、畑を耕し、小麦を収穫する日々。
それがダンジョンという一攫千金の機会が現れ、変革した。
ダンジョンで遺物を見つければ、一生、働いても得られない資金が一瞬で手に入る。富も幸福も快楽も。自由も。
ダンジョンには一攫千金を狙う小姑ばかりだ。
ダンジョンはそういった荒くれ者の場と化していた。
今の生活が嫌で逃げてきた小作人、貴族学校に馴染めなかった元上級国民。
(まぁ、俺も似たようなものだけど)
鬱憤とした生活。希望のない生活。すべてに嫌気が刺して、地主を刺した。
あの横暴で嫌気が刺す口と手に切り裂いたとき、快楽だった。
それから俺は闇に落ちて行った。その世界はもっと退屈と鬱憤以上に、吐き気がした。
(だから まっとうに働こうと思っているけど、上手くいかないんだよなぁ)
ギルドの斡旋所は怒号に交わされている。
それは脅しを伴う交渉だったり、それはくだらないほどの私怨。衝動・怒りだったり。
無差別に飛んできたナイフやガラスを颯爽とよけた。
上から下、右から左まで、丁寧に見渡す。
首に当たったら死に至るほどだ。殺意がなければ許されるものではないが、いちいち構っていられるものでもない。こういうのは当たり前だからだ。冒険者になるということは常に死と隣り合わせなのだ。それがドラゴンか人かの違いはあれど。
ダンジョン内だったらモンスターによって、ダンジョン外だったら人によって。
もちろん、ダンジョン内で死闘が起こる事もある。
ダンジョンにロマンはある。その前には死闘がある。
俺は常々、思う。自分が恵まれた身分だったならば、こんな血生臭い場所にはいないのに、と。
ロマンや夢や希望なんて要らないから、屋根の下で本を読み、楽器を奏でる貴族のような生活をしたい。
強いていうなら、それが夢だ。貴族の暮らしそのものなので、庶民にとっては夢だ。
だが。ここは金が入ったらギャンブルでもっと金を増やす者たちの溜まり場だった。
だから俺はソロプレイヤーになった。
感覚が合わないのだ。俺が高尚なのではない。周りが壊れているのだ。
ダンジョンの過酷な性質上、まともな奴は狂っていく。狂いと正常の境がわからない者だけが残った。
俺はカウンターに歩を進める。投げつけられた包丁を軽く手で弄んだ。安物とはいえ立派な武器。捨てるのは惜しい。
仕事を貰うのには金が要る。
幸せになるための教本に金を払うのと同じだ。
冒険者の貨幣は、独特だ。町で使える金とは異なる文様だ。
どこかの貴族が、冒険者の金は血で汚れている、といったのが始まりだ。
金を多めに出す。そして受付嬢には金でない対価を出す。それは笑顔だったり、それは宝石の欠片だったり。
俺は笑顔が絶望的に下手なので、もので出すことにしている。小さな宝石の欠片を差し出すと、女の人は考え込むような訝し気になった。宝石は価値を測るのが難しい品だ。冒険者の中ではゴブリンの卵とドラゴンの卵と呼ばれる。価値は時間が経たないとわからない。価値には途方もない差がある。の暗喩だ。
「いい案件がありますよ」とご機嫌な笑顔で紹介されたのは、金額だけはいい難しい案件だった。
強盗の追跡、稀少ドラゴンの卵の入手。強盗の追跡は勘弁。俺が殺されかねない。ただのごろつきであればいいが、組織だったものだと俺がいつか帰りうちになりかねない。
稀少ドラゴンの卵。ドラゴン趣味の金持ちだろう。家畜や食料として生き物を飼うのはわかるが、道楽として飼うのは理解できない。それは俺が貧乏人だからだ。
元主人の坊ちゃんもドラゴンやらゴブリン、エレール、スピナ、メランコリー…意味のわからない生物を飼っていた。自分では世話をしなかったが。
金を持っていると、君の悪い娯楽まで手が伸びるのだろう。俺にはわからない。娯楽の楽しさ、世界の美しさなんてものを感じる感性はない。痛みと愉悦。それ以外の感覚はとんと疎い。
受付嬢の視線を感じた。これは値踏みだ。
一泊の間をもって、受付嬢はそっとカウンターの上になにかを滑らせた。決して滑らかな動きとはいえず、途中で木のささくれに引っかかっていた。
(これは…)
一見して、わからなかったが、すぐにピンときた。
裏だ。
ギルドにも表には出せない案件はある。
表には出せない分、リスクも高いだろう。それでもドラゴンの卵や強盗退治よりずっと楽で稼げるものもある。
俺は自然な動作で、瞬きをするような自然さで手の中にそれを滑りこませた。
「もっと優しい案件でお願いします。草むしりとか」
この世界に定価なんてものはないので、交渉は必須ですね。
営業も交渉に苦労してますよね。草むしりはちいかわの影響。最近、物語を見始めました。
草むしり検定。わたしもいつか、庭師の検定や資格を目指そうかな。(オリエンタルランドの求人でありましたね)
といいながら、庭や草とはご縁がなく、電気関係の勉強をしています。数字大好き。




