第30話 欺く者たち
少年の姿をした同い年の怪物に見下されるのは、かつて資金繰りのため貴族に頭を下げた時よりも、忠実な下僕だったはずの妻が行方をくらました時よりも、遥かに屈辱的だった。
夕刻、本日最後の授業を終えたエドガーは、使い魔共により学院長室――第六魔法空間【秘密の部屋】へと連行された。扉が閉まるとともに、エドガーを追い立てるよう張り付いていた使い魔二人は姿を消す。
生徒たちに隠された部屋といえど、内装は特筆すべき所はない。「見せかけだけなら、こだわる必要すらないので」――以前そう語っていた目元の見えない金髪の少年は、部屋の中心に置かれた椅子に座していた。玉座に座る王が如く肘を付き、華奢な足を優雅に組んだ尊大な振る舞いは、エドガーの心に何度目かわからない嫌悪を呼んだ。
副学院長もまたその場にいた。学院長の座る椅子に、項垂れるように寄りかかっている。窓から差し込む赤が二人を妖しく照らしていた。
エドガーは口内で軽く舌打ちすると、作り笑いを浮かべた。
「……これはこれは、二人ともお揃いで。副学院長殿は変装まで解いているとは……なんと珍しい」
リシュアは何ら動じることなく、欠伸混じりの気怠げな答えを返す。
「相変わらずの減らず口だね、おじいさん」
副学院長、リシュア・ベディヴィエは普段【変身魔法】で老人のふりをしているが、実際は齢三十にも満たない青年だった。単純に興味がないので、何故姿を偽るのか訊いたことはない。
「貴殿が黙しているだけのことだ。ことに学院長殿、私に何か用があるのだろう。ならば丁度良かった、明後日の歓迎会についてだが――」
エドガーは先手を打つべく、極めて抑揚をつけ話を始めたが。
「エドガー・イェルネス」
……凛とした声に遮られた。エドガーは口の中で舌を食む。どうやら自分に発言権はないらしい。清凉じみた声色も、もはや地獄の番人が放つ宣告にしか聞こえなかった。
「ここに連れてこられた理由、数日に及ぶ使い魔の監視。聡い貴方なら、これらの意図がわかるでしょう?」
エドガーは目を尖らせ、無言の刃を構えた。そのことに気づいたのか、少年はさっさと本題に入った。
「レン・マリグィア。貴方が私に推薦してきた少年です。彼は本当に島外へ逃亡したのですか」
「ここ数日、出港した船って漁船以外ないんだよ。じゃあどうやって島を出たんだろうね……?」
予想していた尋問だった。ここで嘘を吐く必要はないので素直に答える。
「勿論、私も島中探した。だが奴は見つからず、島の外へ出たと結論づけた」
学院長は無言だったが、横にいるリシュアはむすっとした顔で少年の首元へと緩やかに抱き着く。
「察しが悪いよね。あんたがなんかしたんじゃないの、って聞いてるの」
「何故教師の私が、自らの推薦枠を無碍にする必要がある。……もし奴が島外に出ていないのであれば。あれは劇団員だった。故に彼らが恋しくなって劇団に戻ったのではないか」
「ああ、彼は確か……【霧雨劇団】の元劇団員という話でしたね」
レンは昔、エドガーがゲルテア州で拾った少年だった。その高い身体能力を見込んでのことだったが、調べるうちにレンにはとある才があることがわかった。だからこそ、エドガーはレンを魔法学院に入れようとした。学院長との接点を作り、彼の懐に潜り込むために。
「まあ、情に厚い人たちっぽいから、恋しくなるのもわかるかも。劇団の子が入学するからって、わざわざ学院に来て歓迎会に出てくれるっていうんだもんねぇ」
実際の所、レンは劇団に戻ってなどいない。どうにか目の前の二人には隠し通しているが、劇団を運営しているのはエドガーである。よってエドガーを捨てて劇団に戻る、という事象はまるで成立しない。
だが、一つだけ予測できることはあった。
『レンは私が探すから心配しないで。貴方はやるべきことをやってください』
日が暮れても、エドガーの元へ戻らない少年の捜索を買って出た女がいた。
イレーナ・ミリシエル――霧雨劇団の看板女優。歌と踊りに優れた彼女の本性は、生を諦めたようにさめざめとしているが、弟分ともいえるレンだけは心底可愛がっていることを、エドガーは知っていた。
(どうせ今更計画に怖気づいて、あいつだけは巻き込まいとどこかに匿っているのだろう。相変わらず、情に流されやすい女だ)
イレーナもレンも、計画のためにエドガーが用意した駒。レンはともかく、イレーナは充分に役割を果たした。準備が整った今、彼らの役目は終わったのだ。
気の昂りを肌で感じる。速まる呼吸を抑えるよう、胸に手を当て高らかに話し始める。
「故に、私から劇団長に話をつけ――」
がしかし、エドガーの話は再び遮られた。地面に落ちた、一枚の金貨によって。それを目で追ったエドガーは息を呑んだ。
その金貨は、魔法で作られた偽物だった。
「少年の行方については承知しました。
ではもう一つ質問です。貴方……その少年に【金貨を作る魔法】を教え、使用させましたね?」
心臓が重く跳ね上がった。言葉に詰まってはいけない、すぐに返事をするべきだとわかっているのに、焦燥は瞬く間に全身を駆け巡る。
(何故、何故だ。一度しか使わせていないはずだぞ……!)
確かにエドガーはレンに魔法を教えた。今後の資金繰りのため、人を騙せる金貨を作ることが目的だった。それに一番適していたのはレンだったのだ。
エドガーの目論見は成功し、レンは見事本物と忖度のない金貨を作り上げた。試しに一人だけ老人に渡したが、その後もレンには「無闇矢鱈に使うな」と強く言い含めたはずなのに。
エドガーは片眼鏡を押し上げながら咳払いをする。
「……何のことだか」
「貴方しかいないでしょう、私の魔術指示文を書き換えられる人物は」
「大量に作って、島のおじいちゃんおばあちゃんにばらまいたんだって? 短期間でやったらそりゃ気づかれるよ、エドガー」
「……!」
そこでようやく合点がいった。
レンはエドガーの言いつけを破り、偽金貨を作って島に広めようとしていたのだ、と。
(ああ……だから、イレーナはレンを隠したのだな。私からも、こいつからも――)
理解不能から解放された心の赴くままに、エドガーは胡乱な瞳を学院長へと向けてしまった。
「おや、心当たりがあるという顔ですね」
「黒でしょ、黒。真っ黒だよ。先生、やっぱ拘束しよう。他にも何か企んでるに違いないよ」
静かに、しかし畳み掛けるように進言するリシュアに学院長は頷くと、徐に左手を掲げた。
彼の目元は常に隠されている。故に思う。今彼は、どんな表情で自分を見つめているのだろうと。
「エドガー。実の所、私はまだ貴方を信じているんですよ。確定的な証拠がありませんからね」
エドガーの首元に着けられていたブローチが剥がされ、学院長へと還って行く。
「ですが……私も学院を預かる身として、生徒に危害を加える可能性を無視できません。
よって暫くの間。使い魔による監視の継続、及び【予備魔力】含め、授業外での魔法行使の禁止を命じます。……リシュア、貴方も随時監視を」
「はーい」
項垂れたエドガーにリシュアが近づく間も、片眼鏡の奥の青い瞳には痛いほどに力が込められていく。
(……もう、遅い)
「授業での魔力は俺が貸してあげる。大人しくしてようね、おじいさん」
(もう遅いのだよ、リシュア・ベディヴィエ。
もう魔法は――発動している)
先程は動揺を突かれたが、これだけは何としても気づかれてはならない。
計画は止まらない。エドガーの憧憬は、明後日の【新入生歓迎会】をもってようやく始まるのだ。
(今に見ていろ、ルーネリア。私は必ずあれを見つけ出す。そして……お前を殺す)
――この場にいる誰もが皆、目的を持って誰かを欺いている。
そういう点では、自分たちは魔法学院の教師に相応しいと、エドガーは思うのだった。
第3章 沈黙より踏み出して 完
第4章は2026年7月頃を予定しています




