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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
序章 ルーネリアと魔法の石

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第1話 ルーネリアと魔法の石

 むかしむかし。

 とある山に、ルーネリアという男がいました。

 ルーネリアは元々、山の麓にある町に住んでいましたが、嘘をついては町の人たちを困らせていたので、追い出されてしまったのです。だから、誰も来ない山の中で、ずっと一人ぼっちで暮らしていました。

 そんな彼が、湖で水浴びをしていた時のこと。湖の底で、赤く輝く不思議な石を見つけます。石はつるつると滑りましたが、なんとか拾い上げることができました。


「これは何だろう、何か書いてあるぞ」


 夕焼けよりも赤いその石には、へんてこな文字が彫られていました。


『■■■■ ■ ■■■■■ ■■』


 ルーネリアが悩んでいると、下に読み方があるのに気づきます。

 その通りに唱えてみると、不思議なことが起こりました。

 目の前に、きらきら光る金の塊が現れたのです。


「すごい、これは【魔法】の石だ!」


 ルーネリアはさっそく、金の塊を持って麓の町に向かいました。


「ルーネリア、今更何をしに来たんだ。もう二度と町に来るなと言っただろう!」


 町の広場に、続々と人が集まってきました。彼らを見渡しながら、ルーネリアは得意げにこう言いました。


「買い物をしに来たのさ。お金ならここにあるよ」


 町の人たちは鼻で笑い飛ばしましたが、ルーネリアが金の塊を見せると、途端に目の色を変えました。


「なんだこの、大きな金は!」


 彼は買いたかったものを、金の塊と交換していきます。あまりにもたくさんものを買っていくルーネリアに、町の人たちは首を傾げました。


「おいお前、これをどこで手に入れたんだ?」


 ルーネリアはにんまりと笑い、答えました。


「魔法の石のおかげだよ」


 ルーネリアは石を掲げ、もう一度呪文を唱えました。

 するとどうでしょう。町の人たちが瞬きをしている間に、藁のように積まれた金の塊が現れたではありませんか!


「どうだ。すごいだろう」


 たちまち噂は広がって、皆金の塊のことをルーネリアに聞きたがります。人と話すことが久しぶりで、嬉しくて。魔法で金の塊を作っては、町の人たちに渡すようになりました。


「ありがとう、ルーネリアさん。お礼になんでもしてあげるよ」

「お礼なんて。僕にはもったいないよ」

「そんなこと言わずに。なんでもいいんだよ」


 ルーネリアは少し考えて、思いつきます。


「なら、僕と友達になってほしい」


 人々は驚き、そんなことで金の塊が貰えるのならと、皆ルーネリアと友達になると言いました。



 それから、しばらく経ったある日のことでした。

 ――悲劇は、起こりました。

 月のない、静かな夜でした。辺りは真っ暗だというのに、数人の男たちがルーネリアの家を訪ねてきたのです。

 ルーネリアは彼らを笑顔で迎え入れましたが――いきなり殴られてしまいます。


「な、なにをするんだ」

「お前、嘘をついたな?」

「何の話だい?」


 先ほどとは別の男が、またルーネリアに襲いかかります。彼は冷たい床に倒れてしまいました。


「商人に金塊を売り渡した後、文句を言われたぞ。『溶かそうとしたら、いつの間にか消えちまった』って怒っていたぞ」

「よくもあんなものを渡してきたな」

「この大嘘つきめ」


 ルーネリアは男たちの顔を見て、そして気づきました。彼らは、よく金の塊を貰いに来ていたので、ルーネリアが親友だと思っていた男たちでした。


「仲良くしよう。暴力はいけないよ。僕たちは、友達だろう?」


 それを聞いて、男たちはヘッと笑いました。


「友達だなんて、笑わせてくれる」

「俺たちは金が欲しかっただけだ」

「誰がお前と友達になんかなるもんか、嘘つきルーネリアめ」

「お前は、これからもずっと一人ぼっちだ」


 男たちは大声で叫びながらルーネリアをいじめました。やめてくれ、とルーネリアが言っても、止まりませんでした。

 散々ルーネリアを蹴った後、一人の男がとあることを閃きました。


「あの偽物の金塊を生み出したっていう石を探せ。本物ではなくとも、商人を騙すのに使える」

「それがいいな」

「石はどこにあるんだ? どうせどこかに隠してあるんだろう!」

「探せ! これで俺たちも大金持ちだ!」


 痛い。痛い、痛い。……哀しい。

 家の中を探し回った男たちは、結局何も見つけられずに、やけになってルーネリアの家に火を放ちました。



 燃え盛る炎の中、ルーネリアはぽたぽたと涙をこぼしました。

 どうして、どうしてと皆に、自分に問い続けました。



 ……ルーネリアは、一人でいることが嫌いでした。嘘をついていたのも、皆の気を惹きたかったのです。

 友達が欲しかった。

 本当に、それだけだったのです。


          *


 レアリィーオ大陸に伝わる童話の一つである【ルーネリアと魔法の石】は、ルヴェーラ州に位置するグベルナーレ島の、とある男の話を脚色したものである。

 その男――アルバート・ルーネリアは、嘘をつき続けた結果、町の人々から【嘘つきルーネリア】と呼ばれ、忌み嫌われていた。彼は町を追い出され、山奥でひっそりと暮らしていたが、ある時「魔法の石を見つけた」と人里に降りてきて、金塊をやるから友達になってくれと言い回ったという。

 金塊が手に入るとわかるや否や、人々は手のひらを返してアルバートを受け入れた。

 しかし、その石が生み出した金塊は、加工した途端に跡形もなく消え去ってしまうものだった。

 金塊は偽物だった、あの【嘘つきルーネリア】がまた嘘をついた、と町の人々は憤った。そして彼らはついに、アルバートの家を焼くという暴挙に出た。

 結局この話は、嘘つきは罰せられる、という教訓を謳う童話となったのだ。


 ――けれどこの話には、誰も知らない続きがあった。


          *


 新月の夜。暗闇に染まった森で、その家はただ赤く燃え上がっていた。

 木の柱が崩れる。下敷きになりそうな少年を咄嗟に庇ったアルバートは、背中に炎を受けて少年ごと倒れ込んだ。

 少年の耳に聞こえるのは、アルバートの荒々しい息遣いと、ごうごうと木が燃える叫び声だけだった。少年自身も呼吸が苦しくなってきた。


 ――早く、逃げなきゃ……!


 そう思っても身体が動かない。家はどんどん炎に侵食され、今にも崩れそうだ。

 耐えかねた少年は、とうとう泣き始めた。そんな少年を慰めるように、アルバートが力強く彼を抱き締める。


「大丈夫、だから。おまえだけは……おれが、守るから」


 そう言うと、アルバートはあの石を取り出した。

 金塊を、いや……呪文次第で全てを生み出すことのできる、赤い魔法の石。


「……〈水よ、出現せよ〉」


 その瞬間――石から濁流の如く水が溢れ出た。絶え間なく流れ続けるそれが、橙色を塗り潰していく。

 アルバートと少年も水に呑まれ、二人は引き離される。水の中で少年は、意識を手放した。

 次に目を開けた時には、水も、そして火も消えていた。気づけば東の空が明るくなり始めていて、そのせいで少年は、後に残されたものをまざまざと両目に焼き付けることとなった。

 黒焦げになった家と、そして。


 ――父さん!


 少年は駆け寄った。倒れた男の背中には、自分を庇った時に出来たであろう大きな火傷があった。


「……無事、だったか。…………ああ、良かった」


 いつもの元気はどこに行ったのか、というほど、アルバートの声は弱々しかった。少年がアルバートを起こそうとした時、アルバートは少年の胸に倒れ込んだ。なんとかアルバートを支えた少年の耳に、静かな――しかし、芯のある語りかけが降ってきた。

 アルバートは少年に石を握らせた。


「これは……おまえが持っていろ」


 一人ぼっちが寂しくて、人の気を引きたくて嘘をつき続けた男が、最後に掴んだ本当のこと。

 少年は両手で石を強く握りしめながら……もう枯れてしまった声を絞り出し尋ねた。


 ――どうして、僕なんかに?


 少年は徐々に悟りつつあった。アルバートはもう、自分の命がもうすぐ尽きると察しているのだと。


「おれを父さんと呼んでくれた、おまえだから」


 そう言われた瞬間、抑えていた想いが溢れ出した。


 ――こうなったのは、僕のせいでしょう? 僕が言い出さなければ、こんなことにはならなかった!


 全ての感情を吐露する。まだ灰の匂いが残る胸の内に、焦燥と憤り……そして、己の不甲斐なさが突風の如く駆け巡った。

 自分のせいだ、と少年は思う。報いを受けなければならないのは、他の誰でもない自分だとも。

 なのに何故、アルバートは亡くなろうとしていて、自分はあまつさえ生き長らえようとしているのだろう?

 アルバートは笑った。まるで駄々をこねる息子を宥めるとでもいうように、苦く微笑んだ。


「おまえのせいなわけない。遅かれ早かれ、魔法で生み出したものは本物じゃないって、気づかれたよ」

 ――でも……!

「そ、れよりもさ。お願いが、あるんだ」


 ぎゅうっと抱き締められる。幾度となくしてもらった抱擁なのに、初めて心から愛されたような気がして……流したくもない涙が、焦げた木片に落ちる。


「どうか……おれの、おれたちの夢を、叶えてほしい。世界に証明するんだ、魔法は確かにあるって」


 魔法の石を前に、アルバートと語ったことが脳裏に蘇る。

 魔女は恐ろしいものであり、魔法などもう存在しないとされている世の中で……魔法を披露して、皆を喜ばせようと言い合ったあの日。少年は確かにそのことを覚えていた。

 ああ、見てみたい、と思った。

 こんなことになっても、自分はまだ魔法に焦がれている。あの夢のような力を、このまま燻らせるわけにはいかないと。

 少年は決意した。何度も、何度も頷いた。


「……ありが、とう」


 アルバートの身体から力が抜ける。

 けれど少年は避けなかった。彼の身体と、そしてその想いごと受け取って、彼は憧憬を抱く。


 魔法を手にしてみせるという、確かな願いと共に。

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