九七、アフォーリー隊への潜入3
九七、アフォーリー隊への潜入3
ぢゃぢゃ丸達は、林道から土手へ突き当たった。そして、右へ曲がり、緩やかな坂道を下り始めた。
その瞬間、「痛っ!」と、ぢゃぢゃ丸は、顔を顰めた。先刻、捻った右足首が、痛んで来たからだ。
「おい、足を挫いているのか?」と、椪が、心配した。
「ったく! 無理はするもんじゃねえ!」と、夏絽悶も、口添えした。
「ちょ、ちょっと、着地に失敗して捻っただけでごぢゃる」と、ぢゃぢゃ丸は、痩せ我慢をした。ここまで来ら、引き返せないからだ。
「しかしだな…」と、夏絽悶が、逡巡した。
「見す見す、お前を見殺しには出来ん。気付かれる前に、引き返そうぜ」と、椪も、口添えした。
「う…」と、ぢゃぢゃ丸は、歯嚙みした。ここに来て、足首が痛み出したのが、悔しいからだ。
そこへ、松明を右手に持った面長で、縮れ頭の兵士が、坂道を上って来た。そして、「お前ら、そこで、何をしている!」と、身構えた。
「この不審者を、この隊のお偉いさんの前へ、突き出そうと思いまして…」と、椪が、咄嗟に、口にした。
「確かに、茶ずくめの盗賊のようだな」と、面長で、縮れ頭の兵士が、見解を述べた。
少し後れて、色黒で、小太りの兵士が、来るなり、「シキヂ、どうした?」と、尋ねた。
シキヂが、振り返り、「不審者を連れて来たって、言っているんだがよ」と、返答した。
「確かに、その格好は、不審者だな」と、色黒の小太りの兵士も、理解を示した。
「拙者は、見世物ではないでごぢゃる!」と、ぢゃぢゃ丸は、語気を荒らげた。一応、忍者の端くれだからだ。
「どうする? 交代に遅れたら、あいつら、うるさいからな」と、色黒の小太りの兵士が、ぼやいた。
「どうせ、突っ立って居るだけだろ。遅れたところで、構やしないさ」と、シキヂが、あっけらかんと言った。
「何処へ行けば宜しいか、教えて頂ければ、我々で、何とかしますよ」と、夏絽悶が、申し出た。
「そうして貰うか。アフォーリー様は、時間と規則にはうるさいからな」と、色黒の小太りの兵士が、同意した。そして、「この坂を下ると、天幕を張ってる場所が在るから、その中に、アフォーリー様が居るよ」と、語った。
「承知しました」と、夏絽悶が、聞き入れた。
間も無く、二人が、坂を上って行った。やがて、闇に消えた。
「ちっ! これで、後戻りも出来なくなっちまったな…」と、椪が、溜め息を吐いた。
「こんな事なら、加速手押し車にでも、乗って来るべきだったな」と、夏絽悶が、ぼやいた。
「すまぬでごぢゃる…」と、ぢゃぢゃ丸は、陳謝した。二人を巻き込んでしまったからだ。
三人は、坂を下り始めた。しばらくして、数人が入れる天幕を視認した。
「あれが、アフォーリーとか申す奴の居る天幕のようだな」と、夏絽悶が、口にした。
「二人は、引き返すでごぢゃる。天幕に入れば、抜け出せないかも知れないでごぢゃるよ」と、ぢゃぢゃ丸は、促した。天幕へ入れば、逃げられないかも知れないからだ。
「む…」と、夏絽悶が、黙した。
「お前こそ、独りじゃあ、間違い無く殺られるぞ!」と、椪が、語気を荒らげた。
「しかし…」と、ぢゃぢゃ丸は、表情を曇らせた。逃げられなくとも、刺し違える腹づもりだからだ。
「困った奴じゃな。お前は、“茶濫太夫を倒すまでは、死なん”と、ほざいて居ったのに、こんな所で、くたばる気満々だな」と、夏絽悶が、淡々と言った。そして、「アフォーリーと刺し違える気じゃったとしても、無駄死にじゃ」と、言葉を続けた。
「そうだな。どうせ、お前は、失敗が取り柄なんだから、かっこつけんじゃないぜ」と、椪も、口添えした。
「くっ…そ、そうでごぢゃるな…」と、ぢゃぢゃ丸は、頷いた。二人の言うように、成功率の低い任務を遂行するよりも、身を引いた方が、賢明だからだ。
突然、兵士達が、ざわつき始めた。
「昼間の魔物が、出たぞーっ!!」と、河川敷の方から、叫び声がした。
「数では、こっちが上だ! やっちまえーっ!」と、威勢の良い声が、上がった。
「一先ず、繁みの中へ、隠れるでごぢゃる!」と、ぢゃぢゃ丸は、指示した。ここに突っ立って居ると、騒動に巻き込まれてしまいそうだからだ。
間も無く、三人は、右の脇道の繁みへ入るなり、身を低くした。そして、様子を窺った。
「チャブリン共が、お礼参りにでも来たのかな?」と、椪が、口にした。
「しかし、昼間とか抜かしとるから、多分、別の奴じゃないか?」と、夏絽悶が、異を唱えた。
「確かに、俺ら、さっき、来たばかりだからな」と、椪も、同調した。
「ここでやり過ごして、頃合いを見てから、加速手押し車の所まで、戻った方が良さそうだな」と、夏絽悶が、見解を述べた。
「そうでごぢゃるな。とばっちりを食らわない内に、退散した方が、良さそうでごぢゃるな」と、ぢゃぢゃ丸も、賛同した。これで、踏ん切りが付いたからだ。
「そうとなれば、さっさとおさらばしようじゃないか」と、椪が、提言した。
「そうだな。場が落ち着く前に、離脱した方が、良いかも知れんな」と、夏絽悶も、賛同した。
「ぢゃぢゃ丸。俺の背中に乗れ!」と、椪が、促した。
「かたじけないでごぢゃる!」と、ぢゃぢゃ丸は、椪の背中に乗った。不甲斐無さが、申し訳ないからだ。
「今だ!」と、夏絽悶が、掛け声を発した。
間も無く、三人は、繁みから飛び出すなり、坂道を駆け上るのだった。




