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英傑物語  作者: しろ組


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九六、剛拳 対 下衆魔犬

九六、剛拳 対 下衆魔犬


 蜥蜴(とかげ)族の戦士は、ティーサの酒場の天井裏の屋根裏部屋に在る天窓から、屋根の上へ出た。そして、足音を忍ばせながら、速やかに移動した。下衆魔犬達に気付かれて、逃げ道を塞がれたくないからだ。しばらく、散歩をするかのように、周囲の屋根の上を歩き回った。幸いな事に、下衆魔犬が、動かなかった。やがて、倉庫街の端の家へ辿り着いた。

 その途端、商業区の方が、ざわついた。

「まさか、気付かれたのか?」と、蜥蜴族の戦士は、表情を強張らせた。気付かれたとなると、落ち着くまで、身動きが取れないからだ。

「ウガーッ!!」と、(けもの)咆哮(ほうこう)が、聞こえた。

「下衆魔犬の鳴き声じゃないな」と、蜥蜴族の戦士は、眉間に皺を寄せた。そして、はっとなり、「あのオッサンの連れて居た日輪大熊猫(パンダ)か…?」と、口にした。ウホホ族の自称修行僧のオギャワが、戻って来たのかも知れないからだ。その直後、騒動している方向へ向かった。間も無く、路地裏の建物の屋根へ着くなり、見下ろした。程無くして、ウホホ族の修行僧と胸に日輪の模様の在る大熊猫が、下衆魔犬の群れに取り囲まれているのを視認した。

「ウガーッ!」と、日輪大熊猫が、後ろ足で、直立しながら、威嚇した。

「お前ら、わしらをなめちょるんか?」と、オギャワが、両手の指の関節を鳴らしながら、凄んだ。

「おいおい。エ・グリン邸の時とは、違うんだぞ…」と、蜥蜴族の戦士が、苦笑した。エ・グリンの手下の持っていた(なまく)ら剣と下衆魔犬の歯とは、明らかに、鋭さが違うからだ。

「どうやら、殺る気満々みたいじゃな」と、オギャワが、嬉々とした。

「ウガガァー!」と、日輪大熊猫も、闘志を剥き出しにした。

「マジかよ…」と、蜥蜴族の戦士は、驚愕した。人を噛み砕く下衆魔犬と素手で戦うのは、正気の沙汰ではないからだ。

「今から、ヤキ入れちゃうから、覚悟しちょれよ!」と、オギャワが、啖呵を切った。

「ウガウガァー!!」と、日輪大熊猫も、相槌を打った。

「ほう。こんな所にも、気骨の在る奴が居るとは、思わんかったな」と、ティーサの酒場の通りの方から、声がした。

「何っ…!」と、蜥蜴族の戦士は、息を呑んだ。口が利ける下衆魔犬の存在には、気が付かなかったからだ。

 間も無く、商業区側の通路に居る下衆魔犬達が、道を譲るように左右へ分かれて、オギャワ達への道を作った。

 その通路の間を、二足歩行で進む獣が居た。間も無く、月明かりが差した。その直後、つるっパゲの男の頭部と体が、下衆魔犬と同じ紫掛かった毛色の者を照らし出した。

「お前、何(もん)じゃ?」と、オギャワが、睨みを利かせながら、凄んだ。

「は? ウホホ風情が、何を気安く、口を利いて居るんだ?」と、人面下衆魔犬が、薄ら笑いを浮かべた。そして、「俺は、人間の知能と下衆魔犬の戦闘力を持った上位種だぞ! コラァ!」と、怒鳴った。

「はっはっは! 半端(はんぱ)者が、(いき)がってんじゃねえ! 犬か人か、どっちかにせえ!」と、オギャワが、一笑に付した。

「てめえこそ、半端者やろうが! 俺には、仲間が、これだけ居る! 人望が無いから、そこの日輪大熊猫が、唯一の手下なんだろ?」と、人面下衆魔犬が、半笑いで、皮肉った。

「ふん。数じゃないわ! こいつは、わしの親友(マブダチ)じゃ! 弱い奴らの上に立って、わしを見下して居るつもりぢゃろうが、喧嘩は、数じゃないぞ!」と、オギャワが、熱っぽく語った。

「喧嘩? 俺は、そんな気なんて、更々無いぜ。戦争をやりに来て居るんだからよ!」と、人面下衆魔犬が、頭を振っ振った。

 そこへ、「ちょっと、待てよ!」と、豚状の膜に覆われて、透けた骸骨が、人面下衆魔犬の左側に、現れた。そして、「喧嘩ってんなら、俺も入って、二対二じゃねぇのか?」と、告げた。

「そうじゃのう。でも、そいつは、“喧嘩”じゃないと言うちょるから、お前が入っても、喧嘩にはならんぞ」と、オギャワが、溜め息を吐いた。

「いや。もう一人、屋根の上から、見ている者が、居るぞ」と、人面下衆魔犬が、指摘した。そして、「下りて来い!」と、呼び掛けて来た。

「ちっ!」と、蜥蜴族の戦士は、舌打ちをした。巻き込まれる形となったからだ。そして、屋根から飛び下りるなり、足早に、オギャワの所まで、歩を進めた。

「おう。エ・グリン邸の時には、世話になったのう」と、オギャワが、陽気に、礼を述べた。

「へ、俺は、何もしちゃあ居ないぜ」と、蜥蜴族の戦士は、淡々と返答した。乗り込んだ時には、ほとんど、片が付いていたからだ。そして、「まさか、俺の存在に気付いて居たとはな…」と、ぼやいた。(すで)に、探知されていたと考えるべきだからだ。

「おい! どういう風に、やるんぢゃ?」と、オギャワが、問うた。

「ウガガァ!」と、日輪大熊猫も、()えた。

 その直後、一匹の下衆魔犬が、日輪大熊猫へ、飛び掛かった。

 次の瞬間、日輪大熊猫が、右の前足で、叩き落とした。

「ほう。やるねぇ〜」と、人面下衆魔犬が、不敵な笑みを浮かべた。そして、「そこの獣には、下衆魔犬達に、相手をして貰おうかねぇ」と、含み笑いをした。

「よっしゃあ! しかし、こいつは、手加減を知らんから、命の保証はせんぞ!」と、オギャワも、同意した。

「うちの下衆魔犬も、容赦無く噛み砕くからな。肉片になっても、知らんぞ」と、人面下衆魔犬も、しれっと言い返した。

「おい! 肉片になったら、わしが、制裁(ヤキ)入れるからのう! しっかりやれよ!」と、オギャワが、威圧した。

「ガ、ガウ…」と、日輪大熊猫が、気後れした。

「言っている事が、滅茶苦茶だな…」と、蜥蜴族の戦士は、苦笑した。肉片に、制裁(ヤキ)を入れたところで、死者に、(むち)を打つようなものだからだ。

「がははは! そこのウホホ族の野郎は、面白い事を言うなあ!」と、豚膜の透けた骸骨が、笑い声を発した。そして、「人面下衆魔犬、ウホホ族の野郎と戦わせて貰えないか?」と、申し出た。

「あんたが、そう言うのなら、私は蜥蜴の方にしようかねぇ〜」と、人面下衆魔犬が、応えた。

「ちっ! 偵察のつもりだったが、()けられそうもないな…」と、蜥蜴族の戦士は、溜め息を吐いた。あまり、相手にはしたくない感じだからだ。

「さあて、そろそろ始めましょうかねぇ〜」と、人面下衆魔犬が、口元を綻ばせた。

「そうだな。どうやら、あんたの相手をしない事には、無事では済みそうもないからな」と、蜥蜴族の戦士も、冴えない表情で、応答した。殺られる気など、毛頭無いからだ。そして、商業区へ向かって、駆け出した。

「おい! 逃げるのかっ!」と、人面下衆魔犬も、すかさず追い掛けて来た。そして、「怖じ気付いたのか?」と、嘲笑した。

 蜥蜴族の戦士は、路地裏裏を駆け抜けた。乱戦になると、オギャワや日輪大熊猫の攻撃を食らう事になりかねないからだ。そして、有利な場所へ向かった。下衆魔犬達が、オギャワ達へ向かった事により、手薄になったと考えられるからだ。しばらくして、ティーサの酒場の正面へ出た。その瞬間、振り返りながら、立ち止まった。

 少し後れて、人面下衆魔犬も、路地裏を出た。そして、「何か、嫌な臭いね。気分が悪い!」と、右の前足で、鼻を押さえた。

「さあて、始めようか?」と、蜥蜴族の戦士は、含み笑いをした。ここならば、路地裏で戦うよりかは、動き易いからだ。

「ほう。私の嗅覚を潰す為に、ここまで案内したというのか…」と、人面下衆魔犬が、口にした。

「俺も、そこまでは計算していないのだが…」と、蜥蜴族の戦士は、否定した。嗅覚の事など、頭に無かったからだ。

「まあ良い! 嗅覚を封じられたところで、特に、影響は無いからな!」と、人面下衆魔犬が、殺気立った。そして、エ・グリン候爵様の為に、お前らのような奴らを、排除(はいじょ)しなければならない!」と、意気込んだ。

「なるほど。お前は、エ・グリンの飼い犬って事か…」と、蜥蜴族の戦士は、納得した。だから、エ・グリン邸が襲われなかった事を理解したからだ。

 そこへ、「そいつは、聞き捨てならねぇな!」と、酒場の入口から、ゲラーナの声が聞こえた。

「む…! 仲間が居たかっ!」と、人面下衆魔犬が、面食らった顔をした。そして、「おのれっ! 二対一とは、卑怯だぞ!!」と、怒鳴った。

「は? お前には、言われたくないぜ! さっき、数が全てとか抜かして居たじゃないかよ!」と、蜥蜴族の戦士は、指摘した。そして、「同じ事をするまでよ!」と、言葉を続けた。そもそも、一対一の対決など、する気は無いからだ。

「お、おのれぇ~! (たばか)ったな!」と、人面下衆魔犬が、憤慨した。

「おい。そいつが、下衆魔犬共の親玉か?」と、ゲラーナが、問うた。

「ああ」と、蜥蜴族の戦士は、人面下衆魔犬を見据えながら、頷いた。そして、「こいつは、嗅覚が無効(ダメ)になったから、あんたの存在には気が付かなかったみたいだぜ」と、補足した。ゲラーナの介入に、狼狽えているからだ。

「まさか、こんな廃屋(はいおく)に、誘導させられるとはな…」と、人面下衆魔犬が、虚勢を張った。

「そろそろ始めようぜ! お前のやりたい事をよ!」と、蜥蜴族は、煽った。喧嘩じゃないと抜かしたのは、人面魔犬の方だからだ。

「おい。こ、これは、ウホホ族の奴の言ってた喧嘩だろ?」と、人面下衆魔犬が、確認を求めた。

「は? あいつが、喧嘩だと思っているだけで、お前は、“戦争”だとか言ってたよな?」と、蜥蜴族の戦士は、半笑いで、指摘した。人面下衆魔犬の口からは、喧嘩とは聞いて居ないからだ。

「そ、そんな事は、言ってないぞ!」と、人面下衆魔犬が、必死の形相で、否定した。

「どうなっているんだ?」と、ゲラーナが、困惑した。

「て、てめえ! でたらめ抜かしてんじゃねぇぞ! コラァ!」と、人面下衆魔犬が、逆ギレした。

「あっそう。まあ、何を言っても、手後れだけどな」と、蜥蜴族の戦士は、素っ気無く言った。人面下衆魔犬の背後に、片手鍋(フライパン)を、両手で振り上げて居るティーサの姿が、視認出来たからだ。

 間も無く、「廃屋で、悪かったさね!」と、ティーサが、人面下衆魔犬の脳天へ、片手鍋を振り下ろした。そして、甲高い金属音を響かせた。

 程無くして、人面下衆魔犬が、卒倒するなり、衝撃の余韻を残すかのように、全身を震わせた。間も無く、気絶した。

「腰が悪くなければ、頭をかち割っているところさね」と、ティーサが、口にした。

「ははは…」と、蜥蜴族の戦士は、苦笑した。片手鍋の一撃が、全てを物語っているからだ。

 そこへ、鱗鎧の傭兵が、酒場より、縄を持参しながら現れた。そして、「この魔物が、下衆魔犬の親分(ボス)ってか?」と、眉を顰めた。

「そうだ」と、蜥蜴族の戦士は、即答した。そして、経緯を語った。

 しばらくして、「あの脳筋野郎達は、路地裏で暴れて居るってか!」と、ゲラーナが、素っ頓狂な声を発した。

「いくら、ウホホ族でも、あの下衆魔犬の噛み砕く力に、素手でやり合うのは、無謀だぞ!」と、鱗鎧の傭兵も、驚愕した。

「取り敢えず、あたいらは、この何だか判らない奴を拘束するから、二人は、路地裏へ加勢しな!」と、ティーサが、促した。

「そうだな。どうなっているか、判らんしな」と、蜥蜴族の戦士は、頷いた。数で押し切られると、すでに、肉片と化しているかも知れないからだ。

「確かに、あの脳筋は、少々、力技に頼り過ぎているからなぁ〜」と、ゲラーナも、ぼやいた。

 間も無く、蜥蜴族の戦士とゲラーナは、路地裏へ進入した。しばらくして、戻るなり、オギャワと豚膜の透けた骸骨が、殴り合いをしているのを視認した。そして、オギャワの背後に、日輪大熊猫が、満身創痍(そうい)で、立って居た。その周辺では、下衆魔犬達が、伸びて居た。

「お前! ぬるぬるしてて、イラつくんじゃ!」と、オギャワが、語気を荒らげた。

「どうやら、これで、お終いだな」と、豚膜の透けた骸骨が、告げた。

「逃げるんか?」と、オギャワが、つっけんどんに、問うた。

「いや。あいつの手下が、全部伸されたんで、決着が付いたからな。それに、助っ人を連れて来られちゃあ、勝ち目も無いしな」と、豚膜の透けた骸骨が、理由を述べた。

「なるほどな」と、オギャワも、納得した。そして、「今日のところは、わしらの勝ちで、ええんじゃな?」と、確認した。

「ああ。お前の言う通り、俺らの負けだ」と、豚膜の透けた骸骨が、認めた。

「そうか、そうか」と、オギャワが、満面の笑みを浮かべながら、頷いた。

 間も無く、「俺は、そろそろ、帰らせて貰うぜ」と、豚膜の透けた骸骨が、告げた。

「ちょっと、待て!」と、オギャワが、呼び止めた。

「何だ?」と、豚膜の透けた骸骨が、問うた。

「わしは、一応、喧嘩相手の名前を聞きよるんじゃ。わしは、オギャワじゃ! お前は?」と、オギャワが、尋ねた。

「俺は、豚足(とんそく)から錬成された“スケル(トン)”だ」と、スケル豚が、回答した。

「なるほど。じゃから、ヌルヌルしちょる訳ぢゃ」と、オギャワが、理解を示した。

「じゃあな」と、スケル豚が、闇に消えた。

 その直後、日輪大熊猫が、くずおれた。

 オギャワが、振り返り、「根性見せたのう…」と、目を細めた。

 その間に、二人は、オギャワの所へ歩み寄った。

「日輪大熊猫が、ヤバそうだぜ」と、ゲラーナが、指摘した。

「そうじゃのう」と、オギャワも、頷くのだった。

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