13話 旅立ち 4
「か、関西弁講座?」
助け上げたミレニィはだいぶくたびれているようだ。無理させないほうがいいのかもしれない。
とりあえず無事地面に下ろそうと、脇を抑え高度を下げる。
高度約二メートル。このくらいならだいじょうぶだろう。
「離すよ」
ふうわりと地面に降り立ったミレニィは、タタッと助走を付け、再び飛び上がりわたしに並んだ。
「だいじょうぶなの?」
「言ったでしょ、何度でも蘇るって」
爆炎の中をくぐり抜けてススだらけになった顔でミレニィは笑って見せた。が、ほおを伝った涙のあとが生易しい戦いではなかったことを物語っていた。
「岩井戸の攻撃は、圧縮空気の気弾と真空波よ。ブーメランみたいな使い方もしたわ」
「ありがとう、大変だったでしょ」
「かませ犬は慣れっこよ。今日もおいしいトコはとっといてあげたからね。あそこよ」
ミレニィの指差す先に、いた、岩井戸が腕を組んでこちらを見ている。
わたしたちは彼女の二十メートルほど前の空中に止まった。
「あらぼたんちゃん。持ってきてくれたの、如意宝珠?」
「そんなわけないでしょ! あなたのその煩悩と執着を断ち切りに来たのよ!」
「あくまでも弥彦と弥三郎の復活を邪魔する……そういうつもりなのね……」
岩井戸の顔が醜くゆがんだ。
「確かに愛する人と別れるのはつらいわ……でも、そのために関係ない人の命を巻き込むのは間違ってる! そんなふうに生き返ったとして弥彦君も弥三郎も喜びなどしないわ!」
「知ったような口を!」
岩井戸が真空波を放つ。
とっさに出したパリッチャで受け止める。
「そんな攻撃でパワーアップしたわたしを傷つけることは出来ないわよ」
「なるほど、クシャトリヤモードね。どうやら巨人を倒して文珠を全て手に入れたのね……」
「文珠を全て……そうね、これであなたもお終いよ……」
たしか三個足りないはずだが、余計なことを言うとつけこまれそうなので虚勢を張った。
「そうよ、見せてやってピオニィ! あいつに引導を渡す伝家の宝刀『智慧の利剣』ってやつを!」
ちょ、うわぁ~ミレニィ……その振りは……痛い……
「へぇ……文殊菩薩の智慧の利剣ね……それならこちらも刀でお相手しましょうか……」
そういうと岩井戸は、如意宝珠を眼前に浮かべその中から大振りの日本刀を取り出した。
「弥三郎の刀で切り刻んであげる……」
「さぁ早く! こっちも!」
ミレニィの声に仕方なくこちらも智慧の利剣を取り出す。
「え?」
案の定ミレニィが固まった。
「ハハハハハ、そんなおもちゃでなにする気なの?」
岩井戸が笑うのも当然だ。三鈷杵の柄からのびる智慧の利剣の刀身は二十センチ足らず。まるでリコーダーのような頼りないサイズだ。
本来はもっと長いが、キリちゃんからのSOSを受けて術式を切り上げたためこの長さになったのだ。
とはいえこんなことをミレニィの前で暴露したらえらく落ち込むだろう、だから
「クシャトリアモードになった今、あなたなんかこれで充分よ」
そう言い放ち、あえてニヤリと口角を上げた。
「そう……それならその言葉……地獄で後悔するがいいわ!」
言葉と同時に岩井戸が刀で空を切る。
そこから発生した真空波をパリッチャで受け止める。
真空波と同時に飛び掛ってきた岩井戸がパリッチャの反対方向から刀で切りつけてきた。
そこに浴びせられるミレニィの火炎弾。
岩井戸がひるんだおかげで刀を智慧の利剣で受け止めることが出来たが、もしもそのまま打ち込まれていたら、利剣は跳ね飛ばされてわたしもただではすまなかっただろう。
ともかく反撃のチャンス!
合わさっている剣を軸に体を回転させ、岩井戸の首筋めがけて回し蹴りを叩き込む。
岩井戸は下を向いて数十メートル降下する。
一気に決める!
わたしも追って降下する。
しかし、岩井戸まであと少しというところで横から強い衝撃を受ける。
ミレニィがわたしの服を引っ張って軌道を修正したのだ。
岩井戸は、あのまま進んでいたらわたしの居たであろう辺りを刀でなぎ払った。
「刀、鏡にしてた」
そういうとミレニィはわたしを離して岩井戸に牽制の火炎弾を数発撃った。
刀で火炎弾を打ち払い体勢を崩した岩井戸に、隙無くパリッチャを構えて突撃する。
岩井戸はこちらに足を向けるとパリッチャを蹴って間合いを取った。
が、間髪を入れずにミレニィが火炎弾を叩き込む。
一対二の不利を感じたのか岩井戸は地上へと向かった。
いくらかでも遮蔽物があるほうが良いだろうと判断したのだろう。
高速道路の側道をつなぐトンネルをくぐったり、木の間を蛇行したりしながら米沢南陽道路沿いに南下していく。
「援護よろしく!」
時折真空波を撃ち牽制してくる岩井戸に立ち向かえるのはパリッチャを使えるわたしだけ。
「ちょい待ち! 炙り出す! ミレニィ・レッド・カーペット!」
「レッドカーペット?」
不思議な技のネーミングにミレニィのほうを向くと無数の火炎弾が行儀よく整列していた。
「行っけぇ!」
の、号令一下、火炎弾は岩井戸が隠れていると思しきエリアにまさにカーペットを敷くように覆いかぶさり次々爆発炎上した。
「ぎゃあぁあぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁあああぁっ!」
悲鳴とともに飛び出してきた岩井戸に向って智慧の利剣をかざし切り付ける。
しかし、がむしゃらに振り回してきた長刀の間合いに入れず有効な攻撃とはならなかった。
地上から約五十メートル。
相手までの距離三十メートル。
岩井戸は肩で荒い息をしている。
振り返ればミレニィも同じだ。
ミレニィの援護が無ければこの短い刀で有効打を叩き込むチャンスは無い。歯がゆいが回復を待たねば。
「……どうやら……本気で怒らせてくれたようね……」
岩井戸が腕を突き出した。その手の平の中には如意宝珠。
「弥三郎と弥彦、復活のために集めたエネルギーを使えば……お前たちをひねりつぶす事など造作も無い……」
如意宝珠がまぶしく輝く。
如意宝珠が放っているのは光だけではない。大半を岩井戸が取り込んでいるとはいえその巨大なエネルギーは、そこからもれる余波を浴びるだけで身震いするほどだ。
「はははははは……最初からこうすればよかったのだ……」
「ああああああああぁ…………」
高笑いする岩井戸にミレニィが火炎弾を放った。
が、気力の壁のせいで岩井戸の二メートルほど手前で四散する。
「うるさいハエだ!」
岩井戸はミレニィにむかって如意宝珠を握った腕をブンと回転させながら突き出した。
その回転で横を向いた小ぶりの竜巻が生み出されミレニィに迫る。
ミレニィは回避しようと試みるが、竜巻の勢いに引き寄せられ、巻き込まれ、ぐるぐると回転しながら米南道路の土手の法面に叩きつけられた。
「ミレニィ!」
わたしの声にミレニィは何とか手を上げようとするが、かなわずその手は地に落ちた。
「人の心配をしている場合かい?」
見ると岩井戸が大太刀を振りかぶってわたしへと迫ってきた。
反射的にパリッチャで受ける。が、
「ヒビが!」
パリッチャに走る。
「うがぁっ!」
にやりと笑い刀に力をこめる岩井戸。
甲高い音を立ててパリッチャが粉々に砕け散り、岩井戸の腕が足元まで振り下ろされた……けど……生きてる……
「ふん! なまくらめ!」
どうやら刀のほうも折れてしまったようだ。
とりあえず間合いを取るもこれはチャンス!
岩井戸のほうでも智慧の利剣を受けるすべは無くなった。
「うあぁあぁぁぁあぁあああぁあああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ…………」
わたしは智慧の利剣を構えて岩井戸へと向かって迫る!
「さぁせぇるかぁっ!」
真空波かと思いきや衝撃は横から来た!
これは……竜巻に飲み込まれたのか……
ぐるんぐりんと洗濯機に放り込まれたように体中を回されて平衡感覚を失う中、巻き上げられた瓦礫が体中を撃つ。
利剣だけは放しちゃ駄目だ!
それだけを念じて右手に力をこめ、ぎゅっと胸の中に抱きしめる。
いったいどれくらいの間回っていたのだろうか、不意に竜巻の力が弱まった。
はっきりしない意識の中、岩井戸が大きく腕を振りかぶっている姿が見えた。
「これでとどめだあぁっ!」
特大の真空波がわたしにむかって放たれた。
羽はぼろぼろで回避できない……これまでか……
目の前が真っ赤に染まった…………
が、その赤はどす黒いような血の赤ではなく、明るく鮮やかなポスターカラーの赤だった。
新聞紙やウレタンなどを撒き散らし粉々になる、赤木君だった赤鬼の張りぼて。
たまたま巻き上げられたものが降ってきただけなのかもしれない。
しかしわたしには、最後の力で助けに来てくれたように感じられた。
なぜなら残骸の中に輝きながら浮かぶ三つの文珠……赤木君の最後の意地……
その文珠を左手でつかむ。
吸い上げようと思うより早く文珠から力が流れ込んできた。
その力は体中を駆け巡り、右手の智慧の利剣へと流れ込む。
利剣の刀身が先ほど岩井戸が振るっていた刀と同じくらいに伸び、輝きを放つ。
「これで最後だあぁっ!」
落下の軌道を岩井戸に合わせる。
「バカめ! どの道真っ二つだ!」
岩井戸が真空波を放つ!
自由落下のせいでかわせない!
ドッ、と体に鈍い衝撃が響く。
横をものすごい風きり音が通り過ぎていく。
かわせた! ミレニィが引っ張ってくれたおかげで!
「あたしがつばさになるわ! 二人の力でやっつけるのよ!」
「ちがうわ! 三人よ!」
次々と放たれる岩井戸の真空波を、ミレニィは紙一重でかわして迫る、迫る!
「はああぁああぁぁああぁぁぁあああぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁあっ!」
気迫とともに振るわれた智慧の利剣が遂に岩井戸の胴をとらえた。
そのとたん刀身が光を放ちわたしたちはその光に包まれた……




