13話 旅立ち 2
「ぼたんちゃん! ぼたんちゃん!」
目を開けると千代ちんが必死な顔をしてわたしを揺すっていた。
「だいじょうぶ……だいじょぶよ千代ちん。来てくれて……ホントにありがとう」
わたしが声をかけると千代ちんは安心したのか、わたしの首に手を回し抱きついて泣き出した。
千代ちんの頭を撫でながら辺りを見回す。
まず目に入ったのは雪に突き立った赤木君だ。ありがとう……そして、ごめんなさい。
わたしたちのそばで見上げているのは赤っぽいシンハ、キリちゃんだ。
キリちゃんがふと視線を右へと向ける。
つられて目をやると先ほど大巨人がいた辺りに小さなものが動いているのが見えた。
緑と黄色の子犬? いや、シンハだ!
わたしは立ち上がり、シンハへと歩み寄る。
何かを雪の中から掘り出して一箇所に集めているようだ。そうか文珠だな。
「シンハ!」
「……あぁ、どこまで数えたかわかんなくなったッ……ぼたん! 無事だったッハ!」
「シンハこそ!」
振り返ったシンハはわたしへと向かってかけてくる。わたしは身をかがめ彼を受け止める。勢いに負けて尻もちをつくぐらいにはシンハは回復しているようだ。
「いたい! いたい! いたいッハー!」
「ああ、ごめん……」
うれしさのあまり思わず力を込めすぎてたようで、そっとシンハを地面に下ろす。
シンハは体をほぐすように二、三度回るとブルルと震える。
……しっかし、岩井戸にトリミングされたその姿がおかしくて、
「一人で突っ込むからそんなカッコにされるのよ」
と、いうと
「冗談じゃないッハ! 何で岩井戸を真っ先にしとめようって頭にならないッハ? うまく戦力を分散させる作戦にのせられた人間に言われたくないッハ!」
と、半切れで返された。
「おーいカメちゃん。お取り込み中すまんけどなぁ……」
黄色っぽいシンハが声をかけてきた。おそらくあれがアベちゃんだろう。
「あんたの文珠、何ぼ数えても百と四個しかあらへんねん」
「マジッハ? まだどっかに落ちてないッハ?」
「文珠の反応を探る術を使ってみても文珠の形でこの辺に落ちとるのはこれだけやッハ」
「あ、そういえばわたし一個持ってる」
先ほど赤木君の傷を治した文珠をシンハに差し出す。
「これだけッハ?」
「そうよ、ホワイエで借りたやつ。シンハが持ってた残りの三つはたぶん岩井戸が毛を刈ったときに取り上げてダデーナーにしてるはずよ」
「それじゃぁ、岩井戸は僕が完全体になれないようにしてるってコトだッハね」
シンハが眉根にしわを寄せた。
「あと三つ……とはいえ、このくらいまとまった文珠があればなんとかなるんやないんか」
「自分は智慧の利剣になるからって気楽なもんだッハ」
「何言うとるんや。いっちゃんきついのワシやがな。千代ちんと合体するキリちゃんがうらやましいわ。なんでいっと先にうちに来るよう言っとかんかったんや」
「ずいぶんな煩悩じゃない? ホントにそんなんでだいじょぶなの? ハイこれ如意宝珠」
千代ちんがわたしに如意宝珠を渡しながら会話に参戦する。
「まじめなときはまじめに、そうでないときはそれなりに、せやないとばててしまうがな。それにある程度がっつり遊ばんと悟りなんて開けへんのやで」
「そうなの?」
「せや、お釈迦様やてそうやった。賢者タイム言うてな、遊びつくした後に見えてくるもんがあるねん。ガリ勉が就職するより、元不良が更生した奴の方が使えるみたいなもんやッハ」
「なんだか、わかったようなわかんないような例えね……」
「そんなことより、早よう変化の術式始めんと、奴さん来てまうで」
キリちゃんが指摘するとアベちゃんの顔が急に真剣になった。
「そうだッハ。ただでさえ文珠が足りてないから術式にも少し時間がかかるッハ」
そう言うシンハはいつの間にか以前のような毛並みに戻っていた。
「おま、言うてるそばから文珠無駄遣いするうてどないやねん!」
「ちょっとだけだッハ。あんな格好でいるのが耐えられなかったッハ」
「見た目と力とどっちが大事やねん! 不垢不浄やろ、ホンマかなわんッハ」
三人寄れば漫才師って文殊様の使いとしてはどうなんだ……
しかしその後は三匹てきぱきと何かの準備を始めだした。儀式に使うのであろうか法具などを如意宝珠から取り出し並べだす。
「そういえば? 千代ちんと合体ってなんのこと?」
先ほどはスルーしたものの気になったことを聞いてみる。
「如意宝珠で変身しただけじゃ力が足りないからって言ってね、キリちゃんの力も上乗せして戦うのよ。名づけてラクシュミレニィ・フェニックスモード!」
「フェニックス……」
「さっきの巨人もビーム一発でアレよ。浄化能力付だって言うから露払いは任せといて。ね、技の名前、何がイイと思う」
「相変わらずね……なんかホッとするわ」
「なによぉ、なんか馬鹿にされてるみたいじゃない」
千代ちんが可愛らしくくちびるをとがらせる。
「でも……本当にいいの?」
「え?」
「千代ちんがいなくなってからの岩井戸はガチだったわ。何度も死ぬような目にあった」
「いまさらなに言ってんのよ、水臭い」
「でも」
「わらじみこしの話聞いてどんだけ悔しい思いしたと思ってんのよ? あたしがいたら絶対ぼたんちゃんをあんな目にあわせなかったのに、って……それに芋煮会のとき、いろいろ昔のこと話したでしょ。あたしはねぇ、仲間はずれにされるのが一番嫌いなの」
千代ちんはそういって笑顔を作る。
「ありがとう……ほんとに、ありがとう……」
抱きついたわたしの頭を千代ちんがそっと撫でてくれた。
お経の声が聞こえてくる。シンハたちが儀式を始めたようだ。
たしか三鈷杵と言ったと思うが、両端から三本の爪が伸びたような棒をアベちゃんがくわえている。その前にシンハとキリちゃんが座り如意宝珠に手を置いてお経を唱えている。
お経が二周したころ、宝珠から光が放たれ、その光はアベちゃんに注がれ、アベちゃんの体を光の粒子にする。
光の粒子の中に浮かぶ三鈷杵、その片方の真ん中の爪が一段と輝きを増してきている。
その輝きに目を細めていると、背後からゴゴゴゴ……と、不吉な音が聞こえてきた。
振り返ると遠くから真っ黒で巨大な竜巻が近づいてくるのが見えた。
岩井戸がやってきたのだ!
「シンハ! キリちゃん!」
「間にあわへんかったか……」
わたしの呼びかけに答えたのはキリちゃんだった。
「アベちゃんが吹き飛ばされたらかなわんッハ。千代ちん、足止め行くで」
「よし来た!」
そういって千代ちんは胸の前に立てた手の平にこぶしを打ち付けた。
「待って! わたしも!」
「それはアカンねん。カメちゃんまで術を止めたら今までのことは水の泡やッハ」
「でもそれじゃわたしだけ……」
「だいじょうぶよ。これからぼたんちゃんがぼたんちゃんにしか出来ないことをやるように、あたしたちはあたしたちにしかやれないことをやりにいくだけなんだから」
「千代ちん……」
「岩井戸やっつけちゃって出番なくなったらごめんね」
「そないに簡単にはいかんがな」
「へへへ……」
キリちゃんが渡した如意宝珠を千代ちんは高々と掲げた。
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
まばゆい光に包まれて現れたミレニィにキリちゃんが跳び付く。
すると、ミレニィの体がオレンジ色に輝き背中の翼が一段と大きく開いた。
それに伴い衣装もオレンジに変化する。そしてスカートの後ろから尾羽を模したような涙滴型が並んだようなビラビラが何本も生えて出た。
「ラクシュミレニィは何度でも蘇える! フェニックスモードいっきまーす!」
おどけたようにそう言うと、ミレニィは竜巻へと向かって飛んでいった。
次回、千代ちん視点の一人称




